22話 夕日と海と告白と
ガタンッッ!
フェルはテーブルの下の木で強か膝を打ち目を覚ました。
実に気持ち良くない目覚めである。
「おお…起きたか。…それにしてもいきなり大きな音立てるからびっくりしたぞ。大丈夫か?」
「いや…痛いよ…あ、あれ…ブドウは?」
「お前が寝ている間に作業は全部終ったよ」
「ええっ…ご、ごめん…」
フェルは申し訳ない気持ちでいっぱいでシュンとうなだれた。
ソロンはフェルの金髪を優しく何度か撫でた。
「かまわないさ。今日はそんなに量は多くなかったからな。
それにしてもフェルにはお酒は飲ませられないな。少し飲んだだけで見事にぶっ倒れたぞ」
「…まぁ…記憶が…ワインを飲んだ辺りから…無いなぁ…」
腕組をして眉間にしわを寄せながら思いだそうとするが、
寝ていたのだから思いだせるはずもない。
「さて…もうそろそろ夕方かな」
「あ、帰るの?」
フェルは難しい顔をやめて腕組をほどき、
麦わら帽子をかぶりながらソロンの方へ寄って行った。
「いや、まだだ。連れていきたいとこがある」
+ + +
辺りはすっかりオレンジ色に染まっている。
静かに波が打ち寄せては返し、波の音が子守唄のように優しく鼓膜に響く。
向こうの方に見える島や風車はシルエットのように黒い。
沈みかけた夕日が1日の最後を優しく見守り、
全てを包み込むような静かな水面には、キラキラと輝くオレンジ色の道が真っ直ぐに伸びている。
その光景は息をのむほど美しい。
「きれい…」
フェルは目を瞠り呟いて、波打ち際にそっと歩いていく。
「海っていうんだ。お前今日ずっと海の方気にしてたからな、連れてきたかったのさ」
「はは、ソロンさんには何でもばれちゃうね」
「おや、俺に分らない事など無いぞ。」
ソロンが冗談っぽく笑った。
フェルは隣まで歩いてきたソロンを見る。
「綺麗だろう?ここが俺の好きな場所…思い出の場所さ」
「思い出の…」
思い出場所。何度だって行きたくなる。
――思い出のー…
フェルの脳裏にあの崖が浮かぶ。
毎日のようにそこに行っては天界を眺めていた。
そこは母とよく行った場所であり、母の墓がある場所。
そうだ…早く助けにいかなきゃ。
でも帰り方がわからないから…今は此処に居るしかない。
――僕が半堕天使だということをソロンさんは知らないのに…
ソロンはしゃがんで打ち寄せた海水を手にすくった。
指の間から海水が零れ手の中から消えていく。
立ち上がって波打ち際をゆっくりと歩いていく。
砂浜にできた足跡が波にかき消された。
「どうだ?今日のブドウ摘みは楽しかったか?まぁ手伝わせてしまったがな、ははは」
「うん、楽しかった…」
確かに今日のブドウ摘みは本当に楽しかった。
はじめての事でわくわくした。
――言わなきゃ。
「多分ブドウ摘みとかした事無かったんじゃないのか?ほら、この海だって…初めて見ただろう?」
「うん…」
言わなきゃ。自分の本当の姿のことを。
ソロンは何処から来たのか何者なのかも分らない自分に此処まで優しくしてくれているのだ。
何故わざわざそこまでしてくれるのかは分らない。
だが自分は何も話さないままで、隠したままでいいのか。
そんなの…
フェルは麦わら帽子を取り、ソロンの方に向き直った。
「ソロンさん…」
「ん、なんだ?」
「僕は……天界、人間が天国と呼ぶところから来たんだ。
…この景色みたいにきらきら輝いて美しいところだよ…」
ソロンは黙って聞いている。
今聞えるのはフェルの声と打ち寄せる波の音だけ。
言ってしまったらこのささやかな居場所さえも消え去ってしまいそうだ。
出来れば言いたくない。
でも…
「僕は…半堕天使なんだ。…半分天使で、半分悪魔…逆に言えば天使でもないし悪魔でもない…」
「半堕天使…」
ソロンの呟きに、フェルはびくりと肩を震わした。
波の音が聞える。
嫌だ、拒絶されたくない。
唇をかみしめる。
「僕は近いうちに堕天するはずだった…でも僕が小さい頃に死んだはずのお母さんが生きているって…
堕天して魔界にいるって聞いて、天界を抜け出してきた…」
「堕天…して…?」
僅かにソロンの目が見開かれる。
「悪いのは半堕天使の僕!!お母さんは何も悪くないのに!…なんで堕天して…っ
だから、僕が堕天する前に…お母さんを助けたくて魔界に行こうとしてたんだけど、死神に人間界に落されて…」
「そうだったのか…お母さんを助けに…」
「うん…でも…帰り方が分らない…死神は、必ず迎えに行くから、って…でも…」
「そうだな、早く助けたいのに帰り方が分らないとなると焦るよな。
でも彼は迎えに行くと言ったのだろう?じゃあそれまでずっと俺の家にいるといい」
フェルははっとしてソロンの方を振り向いた。
夕日の光を受けて、十字架ピアスに埋め込まれたルビーがきらりと輝く。
「え…今なんて…」
「ん?俺の家にいるといい、と言ったんだが…」
フェルは大きく目を見開き、きょとんとした顔をした。
「拒絶しないの…?僕堕天使だよ?!もっと…こう…」
「ん?お前何分んない事言ってるんだ?半堕天使だとしても、フェルはフェルだ。
こんなに良い子が堕天するなんて…何か理由が、あるはずさ。
それに俺の家にいたらいいと初めから言ってるだろう?」
ソロンは腰に手を当て、フェルの態度を少し諌めるかのように言った。
何となくいたたまれなくなってフェルは顔を背けた。
自分が半堕天使だと知ってもなお、受け入れてくれるのか。
てっきり天界のもののような異質なものを見るような目で見られるのかとばかり思っていた。
「話してくれて、ありがとう、フェル」
「あ…」
ありがとうという単語に吃驚してフェルは顔をあげた。
ソロンが屈託のない笑顔を浮かべている。
そしてふと目を細め、切ない笑みを浮かべた。
「俺も…話さなければならない事がある。」
波の音が聞える。
木の陰の人影がじっと様子を見ている。
くすりと笑い、その場を立ち去って行った。
波の音が響いている。
静かすぎるそれは、どこか不気味に胸の内に響いた。




