5話 ヨット事件
当日は晴天。少し暑かった。
大きなヨットにヘレーネとバーバラと、侍女数名で乗り、湖を走らせていた。
そしてそのヨットには、アンリネットが潜んでいた。
「凄く気持ちわねー。」
「そうですね。あ、お魚が跳ねたような…。」
楽しそうな声が聞こえる。
アンリネットは見つからないよう、荷物と荷物の間に身を潜めながら、様子を伺っていた。
(そうだ!思い出した!
あの時、ヘレーネと口論になって、私が押したのだったわ…もしかしたら、今回ヘレーネはバーバラを…。)
そうして声がする方へ集中していると……
「きゃ!何をするの!?」
バーバラの慌てた声が聞こえる。
アンリネットが前へ飛び出すと、バーバラの侍女が、バーバラを羽交い締めにしていた。
「どういう事!?ヘレーネ様!」
声を荒らげるアンリネット。
「なんで貴方がここに!?」
ヘレーネもまた、驚いて声を荒らげる。
「バーバラの侍女が、なんで主に……。
っ!この者は、ヘレーネ様の侍女?」
「ふふふ。」
扇子で口元を隠すヘレーネ。
「…なんて事を!」
「バーバラ嬢がアンリネット嬢に話したって聞いたから、付いて来ると思ったけど…でも、まぁ良かったわ。これで貴方に罪を着せられる!」
「離して!」
バーバラは身を捩るが、侍女はバーバラをジリジリと、ヨットの端へと引きずる。
「あんなに優しくしてくれたのに…私が物覚えが悪くても、また明日頑張りましょう。って…言ってくれたのに…。」
失意にいるバーバラは段々弱々しくなる一方だった。
「どいて!」
アンリネットが叫ぶと、ヘレーネの侍女が阻む。
「いっその事二人共落ちれば良いのよ。
揉み合って…とでも言えば。」
「なっ!……バーバラを手にかけてまで。そんなに…陛下が好きなの?」
「はっ?
貴方だって、そうでしょ?ずっと追っかけまわしてたじゃない!なのに急にしおらしくなっちゃって…気持ち悪い!」
嫉妬と愛情に狂う姿…少し前までの自分を見ているようだった。
「だからって!…どきなさい!」
目の前の侍女に掴みかかろうとするが、逆に捕まってしまう。
(早く…リリー……。)
時間を指定して呼んでいたリリーは、衛兵たちとヨットへ到着する。
「きゃー!大変よ!バーバラ嬢が!」
それを見てヘレーネが、さも侍女がやりました。と言わばかりの演技をする。
「そんな事しても、私とバーバラが証言すれば――」
「ふん。階段の件…貴方だと信じているわよ?マルクス様は…私、皇后なの。片や大臣の妾の子と嫌われ側室の言う事、誰も信じないわ。」
「なんですって!」
アンリネットは解放されたバーバラに寄り添い、ヘレーネを睨んでいた。
そうして侍女は捕らえられ、地下牢に入れられたが、翌朝、遺体となって発見された。
そのため真実は闇の中に消えていった…。
「…ヘレーネたちとバーバラたちの証言が違う?」
マルクスの眉間にシワがよる。
「はい…。」
「侍女も不審な死を遂げてますし…誰かの陰謀では?」
「……内密に。事件に関わった者たちには悟られるな。」
「かしこまりました。」
マルクスは窓の外を眺めていた。
(あの女が犯人ではないのか…。)
──────
数日の間、バーバラはショックで寝込んでいた。
「バーバラ、入るわよ?」
アンリネットが声をかける。
「……。」
「入りますか?」
「…ええ。」
そう言ってリリーに視線を送ると、ドア開けた。
中はカーテンが締め切られて、真っ暗だった。
「バーバラ…起きて!もうお昼よ!」
「アンリネット様…私どうしたら……。」
二人残っていた侍女を、人間不信から解雇してしまった。
「あのね、バーバラ…。
紹介したい子が居るの。」
そうしてリリーが廊下から一人の侍女を連れて入ってくる。
「こちら、私の妹のエリスと言います。」
「エリスと、申します。」
歳はバーバラより若く、明るく良い子そうに見えた。しかし今のバーバラには、判断が出来なかった。
「でも…また…。」
そう言うと、バーバラは泣き出してしまう。
「バーバラ、エリスは私の所で仕えて貰って、色々教えたから大丈夫よ。」
「バーバラ様!まずは湯浴みをするのです。アンリネット様がバラを沢山いただいたですよ!」
そう言うとカーテンを思い切り開けた。
「エリス!敬語が変!あと、カーテンはゆっくり!」
リリーはエリスに注意をしていると、バーバラはクスクスと笑みを零した。
「あのう、アンリネット様…」
「なぁに?」
「お姉様と…お呼びしても良いですか?」
その顔は赤くなっていた。
アンリネットもまた顔を赤くすると、小さく頷いた。
つづく。




