番外編 3
石畳の道に、レンガの建物が続くその先に、他より大きい建物が現れた。
「ここが?」
マルクスはゲルニア公爵に尋ねる。
「ああ、そうだ。」
門を通ると、笑顔の女性が一人、立っていた。
「ようこそ。」
「ばばさん!」
ランロットは駆け出す。
「あの人は、族長の奥さんだよ。」
ゲルニア公爵は、アンリネットとマルクスに耳打ちをする。
「遠い所から…お疲れでしょう?どうぞ仲でゆっくりして行ってね。」
物腰の柔らかいその女性は、一行を屋敷に招き入れた。
すると、バタバタと多数の足音が近づいて来る。
「ランロットさん!」
「いらっしゃい!」
「こんにちは…。」
ランロットより小さい三姉妹だった。
「こんにちは。今日、お客様も居るよ。」
ランロットはアンリネットとマルクスを紹介していると、族長が奥の部屋から出てきた。
「よく来たな!」
「はい…こちらが、アンリネットです。」
マルクスは、少し緊張するアンリネットの腰に手を添えて紹介した。
「初めまして。アンリネットと申します。」
「おお、これは美しいお嬢さんだ。手放したくないのもわかる。」
「そうでしょ。」
うんうん。首を縦にふるマルクスと族長を、アンリネットは恥ずかしそうに俯いてしまった。
「さあ、立ち話も何ですから、こちらへ。」
「ありがとうございます。」
こうして、客間に通された一行は、しばらく談笑を楽しんだ。
族長の妻が用意してくれたお茶を飲みながら、これまでの出来事や、町の様子などを話していると、アンリネットは、ふと思い出したように持ってきた包みを手に取る。
「そうだわ。あなたたちに、お土産があるの。」
「お土産?」
三姉妹が一斉に身を乗り出す。
アンリネットが包みを開くと、中から淡い色の小さな袋が三つ現れた。
「バラのポプリよ。いい香りでしょう?」
一つずつ手渡すと、三姉妹は嬉しそうに袋を鼻元へ近づける。
「わあ……いい匂い!」
「お花の匂いがする!」
「私、これ好き!」
三人が顔を見合わせて笑う。
「気に入ってくれて良かったわ。」
アンリネットも嬉しそうに微笑んだ。
「それと…こちらはお菓子を…。」
「まあ、ありがとうございます。娘たちもとても喜んでいます。」
族長の妻も柔らかな笑みを浮かべて受け取った。
「これらは全て、アンリネットが作ったのですよ。」
マルクスは少し自慢気に言うと、「マルクス様!」とアンリネットは袖を引っ張った。
そんな二人を眺めながら、族長は豪快に笑う。
「はっはっは。なんだ二人の間に入る隙なんて無いじゃないか!なあ。」
族長がゲルニア公爵に視線を向ける。
「わかってますよ。」
そうゲルニア公爵が言うと、少し寂しそうに目を閉じた。
次の日は、族長の妻と娘たちと一緒に町を観光していた。
「歩いてみると本当に凄いですね。」
「天井に張り巡らされてるのは、木ですか?」
「厳密に言うと、木の根っ子よ。
レンガで補強はしてるけど、根っ子はそのままにしているの。」
アンリネットとマルクスの問いに、族長の妻が丁寧に答えている。
「あっちには滝があるの!」
「行きましょ!」
アンリネットの手を、娘たちは楽しそうに引いて案内をする。
「ごめんなさいね。新婚旅行なのに…騒がしくて。」
「大丈夫ですよ…彼女は…誰にも言えない辛い日々を送ってきたと思います。なので、賑やかな方が…。」
物思いにふけるマルクスを、族長の妻は目を細めて見つめていた。
「さあ、私たちも行きましょ。自慢の場所なんです。」
そこは――地下という概念を覆すような場所だった。
決して大きくはないが滝と小川に、陽の光が差し込み、草花が生い茂っていた。
「素敵…。」
アンリネットは動けずにいた。
「アンリネット様。もっと先へ行きましょう。」
「え、ええ…マルクス様!」
振り向くアンリネットを、マルクスは穏やかな笑顔で迎えた。
そして差し出された手を、アンリネットはそっと握る。
「見て!ここが自慢の所です!」
「お父さんと、皆が作ったの。」
そこには大きな木が一本立っていた。
周りには碁盤の目のように水路がいくつも通っている。
そして、陽の光を受けた水がキラキラ輝いていた。
足を踏み入れるアンリネット。
「本当に地下じゃないみたい…。陽はどうやってはいっているの?」
「ここは地上に近いのもあって、ガラスを何重に重ねてはめ込んでいるのですよ。」
族長の妻が説明をする。
「外からだと、ただの石にしか見えない鉱物があって、それを使っているのです。」
「だからたまに、動物が上で寝ちゃって、暗い時があるんだよねー。」
「ねー。」
娘たちも自慢気に説明をすると、アンリネットは目を細めて見つめていた。
(可愛いわね。私も、いつか授かりたいわ…)
そんな思いを巡らせていると、マルクスと目が合う。
「っ!」
咄嗟に顔を背けるアンリネット。
(やだ、私ったら!お渡りもまだなのに…。)
一方マルクスは、何があったのかわからず、首を傾げていた。
一通り回り、屋敷に戻ると、昨晩と同じように宴会が始まる。
賑やかな声が響く中、夜は静かに更けていった。
「…アンリネット。まだ起きているかい?」
「はい。」
同じ部屋だが、別々のベッドに横たわっている二人。観光と宴会で疲れているはずなのに、眠れないでいた。
「ここは凄いな。」
「そうですね。
…温室をあんな風に出来たら、素敵だな。と思いました。バーバラにも見せてあげたいし。」
「…なら、明日族長の仕事場へ一緒に行かないか?」
アンリネットは次の日も町の観光の予定だった。
「まあ!ぜひ見たいです。」
「良かった。」
しばしの沈黙の後、マルクスがゆっくり体を起こすと、顔を赤らめながら言う。
「その……そっちのベッドへ…行っても良いか?」
「ひゃえ!?」
思わず飛び起きるアンリネット。
「え、あの…えっと……。」
「…嫌か?」
「い、嫌では……ありません…。」
マルクスがベッドから降りると、アンリネットへ近づいて来る。
一歩、また一歩……。
その距離が縮まる度に、アンリネットの胸は高まっていく。
そして、マルクスがベッドへ腰を下ろす。
「……少しだけ、こうしていても良いか?」
「…はい。」
アンリネットは、赤くなったまま頷いた。
そして、そっと伸ばされた手は、アンリネットの手と重なる。
それだけなのに、二人にはこれまでとは少し違う夜になった。
つづく。




