最終話 運命を書き換えた日
マルクスは貴族院たちにアンリネットの話をした。
「アンリネットを皇后に迎える。
彼女なら教養もあり、公爵家の娘で側室だ。申し分なかろう!」
「お待ちください。ドインスタッド公爵のナディシア嬢が候補に居たはずです!」
「だが、最終決定は私がする。
……ナディシアは皇后に相応しくない。」
マルクスが言い放った。
「ですが…。」
反対する貴族たちのヒソヒソとした声が聞こえる。
「ドミティア公爵が力を付けるのは避けねば……。」
「だが、陛下派の方が多いのは確か…。」
「他に反対する理由はないか?」
そんな声が、ドミティア公爵の耳にも届く。
「心配しなくて良い。
儂はアンリネットを通して、政治に口出ししない。」
他の貴族たちもドミティア公爵に視線を向ける。
「儂は娘が幸せならそれで良い。
国を思うのは皆同じ…今の陛下なら心配はいらぬ。」
マルクスは目を見開く。
「んー…。」
「そうかもしれないが…。」
納得はしているが、中々認められずにいる貴族たちに、マルクスが静かに口を開く。
「もう十分だ。」
低く響く声に、議場は水を打ったように静まり返った。
「諸君らの懸念は理解している。だからこそ、私はドミティア公爵本人の意思を確認した。公爵は政治に口出しするつもりはないと、今この場で皆にも示してくれた。」
貴族たちは顔を見合わせる。
すると一人の貴族が、おずおずと口を開いた。
「ですが陛下……。アンリネット様には、悪役側室という噂があります。皇后となれば、民が不安に思うのでは……。」
その言葉に、マルクスの表情が険しくなる。
「噂だと?」
静かな一言に、その場の空気が張り詰めた。
「その噂は何を根拠にしている。証拠はあるのか。」
誰一人として答えられない。
「証拠もなく、一人の女性を悪役と決めつける。それが貴族のすることか。」
マルクスはゆっくりと議場を見渡した。
「アンリネットは濡れ衣を着せられ、長きにわたり苦しんできた。その潔白は既に証明されている。にもかかわらず、未だ噂を口にする者がいるというのなら、それはアンリネットへの侮辱であると同時に、皇帝である私への侮辱でもある。」
皆が目を伏せる。
「私は、噂ではなく事実で人を判断する。教養、品位、家柄、そして何より国を思う心。アンリネット以上に皇后に相応しい者は居るか?」
マルクスは真っ直ぐ前を見据え、力強く告げた。
「異論がないのであれば、アンリネットを皇后とする。以上だ。」
─────
5月22日――晴天
前世では処刑される日。
今世では、アンリネットは、純白のドレスに身を包んでいた。
(私……処刑回避出来たのよね。しかも陛下と結婚なんて…。)
嬉しさで涙が滲む。
そこへ、コンコン。とドアを叩く音。
「アンリネット…。」
マルクスが部屋へ入って来る。
「っ!」
息を呑むマルクス。
「綺麗だ…。」
「へ?…え?」
アンリネットの顔は相変わらず、すぐ赤くなってしまう。
クスクスと笑うマルクスは、アンリネットの前で跪くと、豪華な箱をパカっと開けて見せた。
「まぁ、綺麗……。」
「これは、国宝―龍の涙。」
「これが!?」
(前の人生で盗まれた。って…見た事もない物盗めるはずないわよね…。)
じーっと龍の涙を見つめるアンリネットに、マルクスは声をかける。
「さあ、後ろを向いて。」
「あ、はい。」
そう言うと、マルクスは龍の涙をアンリネットの首に付けた。前世では盗まれたとされる国宝が、今世ではアンリネットの胸元で輝いていた。
「これは、初代皇帝が、皇后へ送ったとされる、この世でただ一つとされている宝石なんだ。代々、結婚式に、皇后が身に付けている。」
「そうなのですね…。」
アンリネットは龍の涙を、そっと撫でた。
「とても、似合う。」
「ありがとうございます…。」
どちらかともなく顔が近づく……と、その時、コンコンとドアをノックする音。
慌てて離れるアンリネット。
顔を出したのは、バーバラだった。
「お姉様、素敵…。いえ皇后様ですね。」
「お姉様で良いわ。」
ニコリと微笑むアンリネット。
横ではマルクスが少し拗ねている様子だった。
「それより、少しでも辛かったらいうのだぞ。」
マルクスは眉間に皺を寄せながら言う。
アンリネットの計らいで、バーバラの出産後に式を挙げる事にしていた。
難産だったため、マルクスが体を心配し過ぎて、延ばそうとしたが、バーバラが予定通りに。と、変わらずこの日になった。
「大丈夫ですよ!」
「それより、マーガレットも連れて来れば良かったのに。」
「良いのです。式の途中で泣き出したら、ぶち壊しですもの!」
「そんな事誰も思わないわよ…。」
アンリネットが困ったように言うと、バーバラはグイッと前に出て、力説する。
「私が、この日をどんな想いで待っていたか…お姉様もマルクス様も、焦れったいたら無い!いくら可愛い娘でも、邪魔されたくありませんのよー。」
「そ、そう?」
アンリネットとマルクスは顔を見合わせると、苦笑いを浮かべていた。
そこへ、侍女が部屋を訪ねてくる。
「皆様が参列されましたので、お三人方も式場へお願いします。」
「ああ、わかった。」
「では、お姉様!また後ほど。」
そう言うとマルクスとバーバラは先に部屋を出て行った。
「……今度はやり直せない。
私は、マルクス様と…国を守ると誓います。」
アンリネットが呟くと、まるで二人を祝福する様に龍の涙はキラリと光った。
おわり。
最後まで「処刑された側室は、もう皇帝を愛さない」を読んでくださり、ありがとうございました。
最初は運命に怯えていたアンリネットが、最後には自分の意思で未来を選び、国と大切な人を守ると誓う姿を書けたと思います。
アンリネットとマルクスの物語は、これで本編完結となります。
「後日談」として、新婚旅行編を、一週間後くらいに投稿できたらと思ってますので、そちらも読んで頂けたら嬉しいです。
最後まで二人を見守ってくださり、ありがとうございました。




