38話 アンリネットの想い
「アンリネット、聞いて欲しい。」
「…はい。」
「君は、変わったのかと思っていた。
けど、何も変わっていなかった。」
「え…?」
「視察に行く時、同行したいと着いて来たのは、俺の仕事の見たかったのだろ?バーバラやヘレーネに嫌がらせをするのは、嫉妬…したのだろ?」
マルクスは視線を逸らして続けた。
「俺も……庭師たちに嫉妬した。愚かにも剣を抜く程に…。」
「いや、あの、それは…。」
あたふたするアンリネットを見て、マルクスは目を細める。
「ドミティア公爵から、側室解消を条件に、東の町の問題解決へ力を貸してくれた。」
「はい…存じております。」
「だが、俺は解消は断った!」
アンリネットは顔を上げると、真っ直ぐ見つめているマルクスと、視線が合う。
「君のお父上に、アンリネットを皇后にしたいとお願いした。」
「っ!」
「お父上は、アンリネットの気持ちを優先してくれる。と…。」
マルクスはアンリネットの手を優しく握る。
「君の返事を、聞いてもいいか?」
アンリネットは唇を震わせ、今にも零れそうな涙をこらえるように、小さく息を吸う。
「わ、私は……マルクス様が、好きです。」
零れる涙は頬を伝う。
「お傍に居られるなら、側室でも良いと思ってました…。でもマルクス様が、民の事で苦しんでいる時、側室では何も出来ないのだと知りました。」
アンリネットは、握られた手を握り返す。
「私は、マルクス様の力になりたいです。
一番近くで…。」
マルクスは目を見開いた。
信じられないというように、アンリネットを見つめる。
やがて優しく微笑むと、そっとアンリネットを抱き寄せた。
「ああ…ありがとう。君が傍に居てくれたら、心強いな。」
体を離すと、またどちらともなく近づき、口付けをした。
温室からアンリネットとマルクスが出てくると、リリーは瞳を潤ませていた。
二人の間には隙間はなく、手も固く握られていた。
「アンリネット様…。」
「リリー…見ないで。言いたい事はわかるわ。」
赤くなったアンリネットが、必死に手を解こうとするが、マルクスが満面の笑みでそれを阻止していた。
「愛し合う二人が、手を繋いで何が悪いのだ?」
マルクスは、アンリネットの手の甲に口付けをする。
「い、いいいいや、あの!
人前では、ま、まだ恥ずかしいですから!」
「くくく…本当に可愛いな。」
恥ずかしさのあまり、アンリネットは顔を背けてしまう。しかし手は繋がれたまま…解くのを諦めて、優しく握り返した。
「さて、すまないが、仕事がまだ残っていて、行かなければならない。」
「はい。ご公務の方が大事ですわ。」
「ふふ。君を皇后にする話も、仕事に含まれているのだがね。」
終始ご機嫌のマルクス。
「っ!」
「これから貴族院に話すよ。もちろん君の父上の了承も得てるし、大半は私の味方だ。心配はいらない。」
「私の心配より……お父様の立場は、大丈夫なのですか?」
マルクスは目を丸くした。
(君は本当に……。)
「ああ、お父上は大丈夫だ。私は宰相にと言ったのに…
『儂は頭より体を動かす方が合っているので、ゼノス殿にお願いしてください!
それにゲルニアの所に気軽に行けなくなってしまうしな。あはは!』
と言われた。」
「ふふふ。お父様らしい…。
ありがとうございます。気にかけてくださって。」
アンリネットは深く頭を下げる。
「良いのだ、気にしないでくれ。
私は、君と対等で居たいと思っている。だからそんな、頭を下げたり、申し訳なさそうな顔をしないで欲しい。」
予想もしていなかった言葉に、アンリネットは口を開けたまま固まってしまった。
(私と陛下が対等?ダメよそんな……好かれてるってだけで私には光栄な事なのに。)
「アンリネット様。陛下が戻られるそうですよ。」
見かねたリリーがアンリネットを揺らす。
クスクスと笑うマルクスは、額に口付けを落とすと、更に固まるアンリネットに見送られるように、城へ戻って行った。
「もう…アンリネット様…そろそろ陛下の寵愛を慣れないと、嫌われますよ。」
「嫌われ!?」
我に返ったアンリネットは、リリーの肩を掴む。
「また私が固まってたら、肩を揺らしてちょうだい。」
「もう!だから慣れてください。っ言ってるのに…。
それに皇后様になったら私は…。」
「何を言ってるの?
私が皇后になっても、侍女はリリーよ。」
「っ!」
リリーは涙を隠すように、アンリネットに抱きついた。
「…ありがとうございます!」
「私の方こそ、ありがとう。」
(リリーが居たから、頑張れたわ。)
アンリネットもまた、リリーの背中を優しく抱きしめた。
つづく。




