37話 想いをしまう木箱
そして3週間が経とうとしていた。
「――でね、お姉様、赤ちゃんの手袋の毛糸の色なんだけど…。」
どこか上の空のアンリネットに、バーバラは気になり、話を止めた。
「……。」
「おーい、お姉様?マルクス様の事、心配しているの?」
「え!あ!?」
「どうなさったの?」
アンリネットは浮かない表情だった。
マルクスと何度か手紙のやり取りをしていたが、返事に困って、今は書けないでいた。
「バーバラ…私、後宮を出るの。」
「え!?どうして?」
ベッドから落ちる勢いで、起き上がるバーバラ。慌ててエリスが体を支えた。
「ごめんなさい。バーバラの体の事を思って黙ってたのだけど……。」
そう言うと、東の町の現状と、ドミティア公爵との約束、手紙でのやり取りを簡単に説明した。
「……嫌です!」
バーバラの目からはポロポロと大粒の涙が溢れ出る。
「私だって!――」
アンリネットの目からも涙は落ちる。
「仕方ないの…陛下を、民を助けなくては…でも…手紙で、戻ったら皇后の話の返事を。と書いてあって…。」
困惑した様子のアンリネット。
「お父様はまだ、側室解消のお話してないのかしら…。」
「ぐすっ。…そうですね。工事が終わってから話すのでしょうか?」
「そんな、騙し討ちじゃない!」
アンリネットは思わず立ち上がりかけた。
しかし、ゆっくりと力が抜けたように腰を下ろした。
「お姉様は…マルクス様の事、お好きなのでしょう?」
「それは――」
アンリネットの顔は赤くなる。
「ふふふ。わかりますよ。」
「でも、皇后はバーバラが良いと――」
アンリネットが言い切る前に、バーバラは遮るように話した。
「私は皇后にならない方が良いです。マルクス様にも皇后になる気はない。とお話しました。」
バーバラは一呼吸おく。
「公爵様の事は抜きに、素直なお姉様の気持ちを、お話した方が良いと思います。」
「バーバラ……ありがとう。」
「皇后になってくれると、私は嬉しいですからね!」
二人は優しく微笑みあった。
─────
アンリネットの手紙には
【皇后の事、しっかり考えてお応えします。】
と書かれていた。
マルクスは前向きに捉え、その手紙もまた、分かり合えた町民からプレゼントされた木箱に、丁寧にしまわれた。
「もう少しで、水路が出来ますよ。」
ティーニーシア族の長が町民に言った。
「本当ですか!?」
「何か手伝える事があればやります!」
「なんとお礼を言って良いか…。」
そんな言葉が町民から聞こえて、マルクスたちの緊張もすっかりなくなった。
「私は、ゲルニア公爵たちを城に招いて、お礼をしたい。」
そう申し出ると、ゲルニア公爵は首を横に振った。
「それは皇帝として、貴族さんたちを無視している。俺は友人の頼みを聞いただけ。長は甥の頼みを聞いただけ。それだけの事。」
「しかし、町を救ってもらったのに!」
「ならば、アンリネットを甥にくれ。」
「それは出来ぬ!」
マルクスは即答した。
「よせ。陛下は冗談は通じん。」
あははと笑うドミティア公爵。
ティーニーシア族の長が、横から口を挟む。
「アンリネットさんと、俺の所へ遊びに来な。その時、こっちのお土産沢山持ってな!」
ニカっと笑う長に、マルクスは大きく頷いた。
「本当にありがとうございます。」
そのまま頭を下げるマルクスに、周りの兵たちも次々に頭を下げていった。
その三日後、河から町へ水が流れるのを見届けると、マルクスは胸をなで下ろした。
「帰ろう。」
その一言で、一行は城への帰路に就いた。
─────
「陛下が帰って来る。と早馬が来たそうです!」
バーバラと談笑するアンリネットの元に、他の侍女が急いでやって来た。
「本当に!」
バーバラは嬉しそうに返事をして、アンリネットへ視線を送ると、嬉しそうではあったが、すぐに目を伏せてしまった。
(お姉様……緊張しているのね。)
「大丈夫ですわ。公務ですもの、すぐに後宮には来ませんよ。」
「……そう、よね。」
バーバラの言う通り、戻ったと報告が入るも、後宮へ訪れる様子はしばらくなかった。
そんな日々もあって、温室でバラの手入れをしていたアンリネットは、油断をしていた…。
突如、マルクスが温室の前へ現れた。
「陛下!」
リリーが驚く。
しーっ。と指で制すると、マルクスはゆっくりドアを開け、温室へ足を踏み入れた。
ドアの音が聞こえた、アンリネットは手を止める事なく、ドアの方へ声をかける。
「リリー?」
「……。」
「どうしたの?リリー……。」
振り向くと、リリーではない。
会いたかったけど、会いたくない人が、そこに立っていた。
「……陛下…。」
「…ただいま。」
優しく微笑むマルクス。
「おかえり、なさいませ。」
「……少し良いか?」
「…はい。」
二人はベンチに座る。
「お体は、大丈夫ですか?」
「ああ。」
話したいのに、言葉が出ない。
そのくらい二人は緊張していた。
「そ、そうだ!アンリネットに、渡したい物がある。」
そう言うと、マルクスは懐に隠していた小さめの木箱を取り出した。
「まあ、素敵。木の香りがする…。」
「良くしてくれた、町の人が作ってくれた。俺も…持ってる。」
「そう、なんですか。」
お揃いな事に気付いたアンリネットの顔は赤くなっていた。
「君からの、手紙をしまっている。」
「丁度良いですね!私も…そうしますわ。」
「ああ。」
また沈黙になる。
マルクスは深呼吸をすると、意を決して口を開いた。
つづく。




