36話 マルクスの覚悟
夕食も済み、やっと一人になれたマルクスは、アンリネットの手紙を引き出しから取り出すと、丁寧に封を開け、深呼吸をして便箋を開いた。
(俺がプレゼントした便箋。)
【 陛下へ。
お手紙ありがとうございます。
トラブルは大丈夫でしょうか…。陛下のお心が心配です。
私は、諦めたとお話しましたが、マルクス様をずっとお慕いしておりました。
離れても、この気持ちが変わらない事を、お許しください。
アンリネット 】
「っ!」
まるで周りにバラが咲いたかのように、マルクスは目を見開いた。
(俺の事、好きだと言う事だよな?)
何度も読み返す。
(離れても――お許しください。とは…どう言う事だ?)
最後の言葉の意味を知るのは、次の日の朝だった。
─────
「待ってくれ!そんな事、勝手には許さんぞ!」
マルクスの声が屯所に響く。
「側室の事は貴族院で決められます。なので、陛下の承諾が無くても、側室解消は出来ますぞ!」
ドミティア公爵の顔は、怒る父親だった。
「アンリネットは良くやってくれている。」
「しかし、城では悪役側室などと言われているのです!可哀想に…後宮では冷遇されてるに違いない!」
「後宮ではそんな事言う者はいない!」
言い合う二人の横から、ゲルニア公爵が口を挟む。
「とりあえず河へ行かないか?」
「…そうだな!上手くいけば側室解消と言う約束だ。」
「待て!そんな約束してな――」
ドミティア公爵は、マルクスの言葉を最後まで聞かずに言い放った。
「アンリネットは了解しています。
バーバラ様も出産される、ナディシア嬢を皇后に迎えれば、アンリネットは居なくても困りますまい。」
「……。」
マルクスは反論出来なかった。
「解消したら、アンリネットを俺の甥と結婚させたいなー。」
「アンリネットが気に入れば許してやろう。」
あははは。と、公爵二人は笑いながら屯所を後にした。
マルクスは拳を強く握った。
「隣国へ嫁に?」
(離れても。とはこういう意味だったのか。)
その様子を見ていたドインスタッド公爵は、誰にも気づかれぬよう、口元をわずかに緩めた。
(ゲルニアに手柄を取られるのは癪だが、このまま作業が進めば、ナディシアが皇后になるのは変わらん。)
河の地盤を見たウィーニーシア族の長は、余裕な表情で指示を出していた。
そこへマルクスが急いで駆けつける。
「工事は待ってくれ!」
「まだ何か?陛下。」
ゲルニア公爵が立ちはだかる。
「側室は解消しない!」
「まだ言っているのですか…。町を助けられるのは彼らだけです。」
ドミティア公爵が額に手を置いた。
「そうかもしれない…。だが、アンリネットを誰にも渡したくない。」
「陛下…これで皆が幸せになれるのです。他にございますか?」
呆れるドミティア公爵。
マルクスは意を決する。
「…アンリネットを、皇后にしたい。」
「なっ!」
驚くゲルニア公爵。
「何をおっしゃっているのですか、陛下!」
そして、マルクスの後ろから声を荒らげるドインスタッド公爵。
「…それは皇帝としてですか?」
ドミティア公爵の瞳は、真っ直ぐマルクスを捉える。
「いや、一人の男として。」
マルクスは一歩前に出る。
「俺は……アンリネットを、愛している。」
「っ!」
今度はマルクスの真剣な眼差しが、ドミティア公爵を射抜いた。
(一人の男として。か…。)
ふっと笑みを零すと、ドミティア公爵はゲルニア公爵に向き直る。
「作業を再開してくれ。」
「…甥の嫁にくれるのではなかったのか?」
「アンリネットが幸せなら、陛下の方が良いに決まってるだろ。」
「なんだ、親バカめ!」
笑い合う二人の公爵を見て、マルクスの表情は和らいでいった。
だが、納得出来ていないドインスタッド公爵は、マルクスに詰め寄った。
「陛下!ここは我々が掘ります。そしてナディシアを皇后に!」
「あんたらには無理だよ!俺たちの方が地面をわかってるんだ。」
ウィーニーシア族の長がマルクスとドインスタッド公爵の間に入る。
「ぐっ…。」
「それにあんたらの工具じゃ傷つけて終わり。そうだろ?」
「それは…。」
ドインスタッド公爵が言い淀むと、マルクスが長に話しかける。
「どんな工具を使っているのですか?」
「んあ?そちらの国では手に入らない代物だぁ。俺たちは掘った鉱山の中から鉱物を使って――」
(この技術があれば、他の領土の開拓も…。)
長の話を、マルクスは一言も逃さないよう、真剣に聞いていた。
ドインスタッド公爵がマルクスに一歩近づこうとすると、ドミティア公爵とゲルニア公爵が行く手を阻む。
「よせ。もう陛下のお心は決まっている。」
「アンリネットを愛してるとよ!こんな大勢の前で…まあ、俺は嫌いじゃあない。良い男だ!」
「そんなのわかっている。だから儂はずっと仕えているのだ!」
二人の公爵がまた、あははと笑っていると、ドインスタッド公爵はワナワナ震えだした。
「バカにするな!ナディシアは貴族院の方たちに推薦されて皇后候補になったんだ!」
「そりゃ、そなたの鉱山目当てだろ?」
「何!?」
「皇帝の物になれば、国が直接管理出来るからな。そんなとこだろ?」
ドインスタッド公爵は膝から崩れた。
娘が皇后になれば皇后の父親して、権力も莫大な富も手に入ると、信じていたから。
「じゃあ、掘るぞ!」
長は、他の族たちに声をかけると作業を始めた。
「今度、俺の集落に来たら良い。
そこで工具も作っている。」
長はマルクスに向き直ると、優しく言った。
「良いの…ですか?」
「ああ。別にあんたらと戦をしたい訳ではないし、甥の友人の娘の旦那?の為だ。」
「甥?…ゲルニア公爵の叔父さんなのですか?」
「おう。妹の息子だ!」
(どういう繋がりかと思ったらそう言う事か…)
「ありがとうございます。ぜひ伺います!」
こうして、ドインスタッド公爵たちは自分の領地へ戻り、ウィーニーシア族の技術により、掘削は順調に進み、水路建設は大きく前進した。
マルクスは、新たな技術と人の繋がりを得たことに、小さな希望を抱いていた。
つづく。




