29話 小さな贈り物
夕食の時間が迫ると、マルクスはゼノスと共に食堂へ向かった。
「はぁ…足が進まん。」
「そう言うな。わかってるだろ?顔は立てないと。」
「わかっている。ドインスタッド公爵は小さいが鉱山を持っているからな…。」
鉱山は隣国との境目にあり、領土の事で度々戦がある場所だ。
大きな扉の前で、大きなため息をつくと、両脇から侍女たちがガチャっと扉を開けた。
深くお辞儀をしているナディシアが迎える。
「…遅くなった。」
コツコツ。とマルクスが通り過ぎると、顔をあげるナディシア。
作法としては申し分ない。
「いえ、多忙な陛下ゆえ、待たされたと思っておりません。」
「…そうか。」
マルクスが座るのを見て、ナディシアも椅子に浅く腰掛けた。
沈黙が続く中、食事は進む。
デザートが運ばれると、ナディシアが口を開いた。
「陛下…よろしいですか?」
「なんだ?」
「ご存知かと思いますが、父は鉱山を持っています。その鉱山は私が継ぐ予定…皇后になれば、鉱山は陛下の物です…。」
マルクスはフォークを置く。
「何が言いたい?」
明らかに側室の二人と話す時とは違う声色。
「あの鉱山は地盤が固く、掘るのもやっと…。ですが陛下が指揮を取れば、国の領土も広がるかと…。」
ナディシアはニコリとするが、目は笑っていなかった。
「野心家は嫌いじゃない。が、父親を裏切る女は、信用できん。」
そう言うと席を立つマルクス。
慌ててナディシアも席を立つと、マルクスは手で制した。
「良い。」
「お待ちください!
…悪いお話ではないと思います。」
コツコツと進むマルクスに、構わず声を上げる。
「隣国とも停戦状態ですが、小さい町や国境付近ではいざこざが絶えません!
陛下はどうお考えですか!?」
ナディシアの声はマルクスに届いていたが、振り向く事なく立ち去った。
(そんな事言われなくてもわかっている!
…アンリネットと一緒ならこんなイライラしなくて済んだのに!クソ!)
次の日の朝…マルクスが支度を終えて自室から出てくると、ナディシアが侍女と共に並んで待っていた。
「っ!」
「おはようございます。陛下。」
侍女たちと挨拶をする。
「っ!?
誰の許可を得て来ている。ここは、お前が来て良い場所では無いぞ。」
苛立ちを顕にするマルクス。
「陛下のお仕事を少しでもお手伝いしたく…失礼を承知で待たせて頂きました。」
ナディシアは昨日とは違う笑顔を向けた。
「断る。一公爵令嬢が、政務の事に口出し出来ると思うな。」
冷たく鋭い視線を向けると、何も言わずマルクスは立ち去った。
「頑固な方…。私が皇后になるのは、国の為でもあるのに…。」
ナディシアは近くの侍女と会話をすると、ふふふ。と小さく笑った。
休憩時間になると、マルクスはいつものようにアンリネットとバーバラがいる、東屋へ急いだ。
(あー、早く癒されたい!)
二人がカップを持っている所を、視界に入れると、マルクスは髪を手で整え、上着のシワを伸ばし、早足に近づいた。
「お嬢様方。今日のメニューはなんですか?」
マルクスが優しく声をかける。
「陛下!」
「マルクス様。」
バーバラと目が合うが、やはりアンリネットとは目が合わなかった。
(……はは。やはり辛いな…。)
そんな心境を悟ったバーバラが明るく返事をする。
「今日は、新しく摘んだバラのハーブティーと、街で有名な菓子店のクッキーです。」
「そうか、美味しそうだな。」
「お姉様が買ってきてくれたのですよ!
私が後宮から出られないから…。」
バーバラのお腹は見るからに、妊婦とわかるくらい大きくなっていた。
「買いたい物があったからいいのよ。これくらい。」
バーバラに微笑むアンリネット。
それを見たマルクスは、懐から包みを出す。
「アンリネット…これを君に。」
「え…。」
困惑するアンリネット。
「まぁ、贈り物なんて素敵ですわ。」
(物で釣らないでと言ったのに!)
(そう言うつもりではない。)
視線だけで会話する、バーバラとマルクスを横目に、アンリネットは控えめに手を伸ばし受け取った。
「ありがとうございます…開けてみても?」
「ああ。喜んでもらえたら、私も嬉しい。」
包みを丁寧に開けると、出てきたのは…バラの絵が描かれた、落ち着いた色味の便箋だった。
「素敵……ありがとうございます。
…とても、嬉しいです。」
「そうか。良かった。」
マルクスはホッとしたような、喜んで貰えて嬉しくて笑顔になっていた。
その様子を東屋の、死角になっている場所から、ナディシアが見つめていた。
「そんな顔もするのね…。」
自分に見せた顔とは全く違う事に、ナディシアはドレスを強く握りしめていた。
つづく。




