27話 大型犬
ゼノスの声でマルクスに我に返った。
「ゼノス……俺は…。」
「馬鹿か!お前は皇帝だぞ!お前の感情一つで何をしても良いわけないだろ!」
「そうだが……。」
ゼノスはアンリネットの元へ歩み寄る。
「申し訳ございません。陛下には強く言っておきますので、今日の所はご勘弁ください。」
「え、あ…はい。」
アンリネットの返事を聞くと、背中を丸めたマルクスを連れて、ゼノスは温室を出て行った。
「俺も、すみませんでした。あんな言い方されて…腹が立って…。」
「腹が立っても、相手は皇帝陛下よ…。口を慎みなさい。」
(あー、クビにしたい…二人共処刑される所だったのよ!?もう!)
マルクスは廊下を歩いてると、ゼノスに吐露する。
「……俺、嫌われたかもしれない。」
「はぁ…あれはやり過ぎだ……でも俺は、人間味のあるお前嫌いじゃないぞ?」
ゼノスはマルクスの肩を抱いて、楽しそうに微笑んだ。
次の日になり、アンリネットはバーバラに温室での出来事を話していた。
「――本当に大変だったのよ!もう!そもそもなんで温室に陛下が来るのよ!」
アンリネットは一夜明けても興奮は治まらなかった。
(私がマルクス様を行かせた。って言ったら、お姉様怒るなぁ…うん。言わないでおこう。)
「ダレンの傷は大丈夫だったのですか?」
「ええ。」
「今後はどうなさるのですか?」
「そうね…もし好意を寄せてくれても、私には応えられないし…。」
沈黙が続く。
「…マルクス様にお任せした方がいいですね。」
「そうね…。」
浮かない顔のアンリネットに心を痛めたバーバラだった。
(あとでマルクス様にお話しよう…。)
「それでね、ゼノス様が入って来て――」
アンリネットの説明はまだまだ続いた。
その夜、マルクスがバーバラに呼ばれて部屋を訪れていた。
「バーバラ、入るぞ。」
「はい。」
「体調はどうだ?」
「はい。お腹の子供も順調ですよ。」
目立つお腹をさすって見せる。
「…俺は、間違えたかもしれない。」
ソファに腰掛けたマルクスは、一点を見つめながら言った。
「マルクス様…。
いっその事、お姉様を皇后にしてしまえばいいのに。」
ポツリとバーバラは呟いた。
「なっ!」
マルクスは息を呑んだ。
考えてなかったわけではなかった。だが、バーバラが男の子を産んだ場合、バーバラを皇后にした方が、国民も納得すると思っていた。
「バ、バーバラは良いのか?皇后になりたくないのか?」
「私ですか!?私は皇后になる資格ないですよ…元平民だし、頭も良くないし…。お姉様の方が合ってます!」
困ったように微笑む。その笑みには、自分を気にかけてくれたことへの嬉しさと、恐縮する気持ちが滲んでいた。
「バーバラ、感謝する。」
マルクスは、バーバラの手を取り心の底から感謝を伝えた。
「ですが、お姉様にはまだ言わない方が良いですよ。マルクス様を怖がってました。」
「…そうだよな…。振り出しに戻ってしまった…。」
肩を落とし、額に手を当てるマルクス。
「ふふふ。そう言う所を見せたら良いと思いますよ?完璧ではないマルクス様を見れば、お姉様も緊張が解れると思います。」
「そう、か?」
「はい!私も最初は怖かったです…狼みたいで…。でも今は可愛い大型犬に見えます。」
クスクスと笑うバーバラ。
「大型犬…。」
マルクスは目を丸くし、ばつが悪そうなの隠すように、コホンと短く咳きこんだ。
「まずは謝ろう。彼女の前で剣を抜く事はなかった…いくら…いくら腹が立ったとはいえ…くっ!」
思い出すと、わなわな震え出す程マルクスの怒りは、収まっていなかった。
「それではお姉様が怯えますよ!」
「うぅ…すまない…。」
「明後日、お姉様と東屋でおやつをご一緒する約束をしているので、良かったらマルクス様もいらして下さい。」
「ああ…。」
「そこで謝罪してくださいね!」
「ああ。」
少し考え込んだマルクス。
「そうだ!贈り物はどうだ?宝石とか。」
「なっ!そんな宝石あげればなんでも許されると思わないで下さい!」
「だが、ヘレーネは怒った時、宝石買えば機嫌が直ったぞ?」
「ヘレーネ様と、お姉様を一緒にしないで下さいいぃぃ。」
わなわな震えるバーバラ。
「す、すまない!お腹の子に触るから、怒らないでくれ。」
マルクスはしょんぼりとしながら、バーバラの背中を摩る。
(あら、垂れた耳とシッポが見える気がするわ。)
皇帝とは思えないほど素直に落ち込むその姿に、バーバラは思わず吹き出しそうになったのを絶えていた。
つづく。




