2話 花開く笑顔
そして、その日の午後。
バーバラのダンスは壊滅的だった。
テンポも動きもチグハグ…ダンスの講師も呆れていた。
それでも教えているのは、マルクスの寵愛を受けていてる側室のため、我慢をしていた。
次の日、そのまた次の日。
アンリネットはバーバラのダンスレッスンに顔を出していた。
そんなある日。
「待って!」
アンリネットが口を挟む。
「あ、あの…ごめんなさい。私、全然上手くなら――」
「私が相手をするわ。」
バーバラは驚きで目を見開いた。
「ですが、アンリネット様のお足を踏んだりしたら!」
講師が横から言うが、アンリネットは目もくれずバーバラの手を取った。
「先生は手拍子をしてちょうだい。」
そう言うと、講師の手拍子に合わせて踊り出す。
「バーバラ、私を見て。下ばかり見てたらダメ!ダンスは男性に委ねれば良いの。足を踏んだら、その男が下手なのよ。」
アンリネットは優しく微笑むと、その言葉と笑顔でバーバラの緊張の糸は切れ、可憐な花が咲いたように微笑み返した。
「そうよ!出来るじゃない。そうやって笑顔でいた方が素敵よ。」
アンリネットもまた、楽しそうな笑顔で踊り続けた。
そんな二人を、壁際で控えてる侍女がヒソヒソと声を立てた。
「最近のアンリネット様どうしたのかしら?」
「バーバラ様の事、あんなに毛嫌いしてたのに。」
そんな声が聞こえる方へ、皇后ヘレーネが向かって来る。
「皇后様!」
侍女たちの声で、レッスンは止まる。
「ヘレーネ様!」
震えるように後ずさりをするバーバラを見て、一歩前に出るアンリネット。
「これは皇后様!このような所へお越しになるなんて。」
丁寧にお辞儀をするが、アンリネットは内心で息を呑んだ。
(ヘレーネ……。)
前の人生で、敵対していた相手。
(気付かれては駄目。)
何事もないように微笑みを浮かべる。
するとヘレーネは二人を見比べて、口元を緩めた。
「随分と仲が良いのね。以前はバーバラ嬢を見れば嫌味ばかり言ってたのに。」
ヘレーネは扇子で口元を隠しながら言う。
「そうですね…私が教育した方が、私の株が上がりますでしょ?そしたらマルクス様も見直してくれるかと思いまして…。」
「ふんっ。そんな事しても、無駄だと思いますけどね。」
ヘレーネはフンっと顔を背けると、何も言わずその場を後にした。
(はぁ…誤魔化せたかしら…。)
そう思っていると、侍女たちの視線を感じた。
「やっぱり!バーバラ様の事ダシにしてるのね…。」
「こんな事しても陛下が振り向く訳ないのにね…。」
そんな声が微かに聞こえた。
そんな空気を変えたのはバーバラだった。
「アンリネット様!ありがとうございます。」
アンリネットの手を取って、バーバラはキラキラした瞳で言った。
「え?えぇ…私は何もしてませんけど…。」
「私が震えて何も言えないのを、庇ってくれました。ヘレーネ様は…少し、怖いので…。」
ヘレーネもまた、マルクスの寵愛を受けているバーバラが目障りだった。
側室になってすぐ、バーバラは階段から落ち、足に傷跡が残る程の出来事があった。
「バーバラは、もっと背筋を伸ばして堂々としていればいいのよ。陛下に愛されてるのだもの…自信を持って。」
自分で言った言葉なのに、胸がチクッとした。
「…ありがとうございます。」
「さぁ、続けましょう!」
ニコリとすると、レッスンを再開した。
確実に、アンリネットとバーバラは一緒に過ごす時間が増えていた。
そんなある日、バーバラの二度目のお渡りが決まった。
東屋でお茶をしているアンリネットとバーバラ。
「今夜…陛下がお渡りに…。」
「…一度目は…そうね、私が妨害したんだったわ…。」
アンリネットは大きくため息をついた。
(私ったらなんだか恥ずかしいわね…。)
「私…陛下が怖いんです。あの大きな体、目つきも…まるで大きな狼みたいでしょ?粗相をしたら食べられてしまいそうで…。」
アンリネットは目を丸くした後、大きな声で笑った。
「あーはっはっはっ!」
「ご、ごめんなさい。」
縮こまるバーバラ。
「良いのよ!ごめんなさい。バカにした訳じゃないの。貴方らしいわね。」
まるで妹を見るような眼差しで、バーバラを見つめるアンリネット。
(私も…そろそろ腹を括らないとね。)
深呼吸する。
「公爵夫人は夜伽についてなんと?」
「えっと…陛下に全て任せなさい。と…。」
「まぁ、それじゃぁなんだか分からないわよね!って私も指南書読んだだけだから、参考になるか分からないけど…。」
そう言うと、ヒソヒソと小声で何かを言っては、バーバラが顔を赤くする。そんなやり取りが少しの時間続いた。
そしてお渡りの時間。
マルクスはバーバラの部屋へ入って行くのを、柱の影からヘレーネが睨むように見つめていた。
つづく。




