19話 一時の休息
コンコンと、アンリネットの部屋のドアをノックすると、リリーが開ける。
ドアが開き切るのも待てず部屋へ入ると、真っ直ぐアンリネットの元へ歩み寄り、そのまま抱きしめた。
「ええええ!へ、陛下?」
目の前に居るバーバラとリリー、エリスが驚き、顔を赤くした。
「あの、あのあの、バーバラはあちらで、私は、ア、アンリネットでしゅ!」
「はは。…可愛いな。」
耳元で囁くと、腕の力を込める。
アンリネットが真っ赤になり、口をパクパクしていると、マルクスが体を離す。
「少し…疲れた。」
アンリネットのベッドへ倒れ込むと、そのまま寝息を立ててしまった。
「あらま!マルクス様、本当にお疲れなんですね?」
「そうですね…。」
バーバラとエリスが話していると、執事長が訪ねてくる。
「すみません…陛下はここ何日か徹夜が続いてまして…。ご迷惑でなければこのまま寝かせて頂いてよろしいですか?」
ニコニコする執事長に、まだ硬直しているアンリネットの代わりにと、バーバラが承諾した。
「え?待って!でも、陛下はバーバラと一緒に居たいんじゃない?バーバラも陛下と居たいでしょ?」
「私、マルクス様の事好きですけど、お姉様の方が好きです。その程度ですよ?」
バーバラがニコリとすると、アンリネットとマルクスを残して部屋を後にした。
「え?待って、リリーは置いて行ってー!」
そんな言葉が部屋の中に響いた。
アンリネットは、ソファに腰掛けると、これまでを振り返った。
(ヘレーネが廃位…前の人生とは全く違う。
これで処刑回避は出来てるのかしら?
それに…いやいや、さっきの陛下は私とバーバラと間違えただけよ!)
頭を横に振った。
アンリネットはベッドで寝るマルクスに近づく。少し苦しそうなのを感じると、上着をそっと脱がせた。
(ハンガーに掛けておいた方がいいわよね。)
そうしてハンガーラックに掛けた。
(温かい…。)
温もりを感じて、上着の胸部分に顔を埋めると、カサっと音がした。
「何かしら…?」
悪い気もしたけど、胸ポケットへ指を入れ、少し引っ張ると見覚えのある紙…。
「えっ…。」
それは、何度も開いては閉じたような、日は経っていないのにくたびれた、アンリネットがマルクスへの返事として書いた手紙だった。
「どうして…まだ持ってるの…。」
寝返りを打つマルクスにビクリとすると、思わず手紙を引き出しに閉まった。
(もう寝よう。)
早鐘を打つ胸を抑えながら、ソファに横になった。
朝になると、後宮中に響く悲鳴が聞こえた。
ベッドの上で耳を塞ぐマルクスの横に、アンリネットが横たわっていた。
「ももも、申し訳ございません!」
素早くベッドから降りると土下座するアンリネット。
悲鳴を聞いてバーバラとリリー、エリス、執事長が部屋へやってくると、その光景を目の当たりにする。
「お姉様!」
「アンリネット様!」
リリーがアンリネットの傍へ駆け寄り、バーバラはマルクスの肩を掴んで揺すった。
「これはどういう事ですか!?
お姉様のベッドで寝てたくせに、なんでお姉様が土下座していのですか!?」
「いや、待て、話を聞け。」
「マルクス様…もしやアンリネット様を無理矢理なんて事を…。」
執事長の余計な一言で、バーバラの揺する力は強くなる。
「バーバラ様!お辞め下さい!仮にも陛下です。」
エリスが止めると、バーバラは少し落ち着き、マルクスから離れた。
(最近、俺への扱いが雑な気がする…。)
そんな風に思うマルクス。
そしてたどたどしく説明を始めた。
「…夜中に起きたら、アンリネットがソファで寝ていたから…その、そんな所で寝てはいけないと思い…俺の横に寝かせた。」
「私は、ソファで十分です!
陛下の隣で寝るなんて…。」
(寝相は大丈夫だったかしら?陛下にパンチして処刑!?)
アンリネットの顔は青ざめていく。
「そんなに俺の隣で寝たくないのか?」
「…えぇ?まぁ、はい。」
(処刑回避のためだもの!)
「わかった…邪魔をした。」
マルクスは振り返る事なく部屋を出て行った。
執事長はマルクスの上着を預かると、一礼して後を追った。
「お姉様…マルクス様の事、本当に諦めたのですか?」
「……。」
アンリネットは目を伏せた。
「何か隠していますか?」
その言葉に、はっとする。
いっその事言ってしまおうか。と頭をよぎる。が、頭をゆっくり横に振った。
「マルクス様は、お姉様とも仲良くしたいとお思いなのですよ。」
「仲良く…。」
「はい。」
(告白は本人にさせないとだけど、このくらいなら良いわよね。)
バーバラは大きく頷いた。
「でも、嫌われてるわよ…。」
「それは昔のことです!今は嫌いじゃないですって。そう見えますよ?」
「そうかしら…。」
やり直している今は、前の人生よりも確かにマルクスは優しい。
でも好かれる事は一生ないだろう。と思うと、心は苦しくなる。それならいっそ嫌われていた方がマシだった。
…そう思うしかなかった。
つづく。




