13話 恋の自覚
一週間後――
バーバラへ何度目かのお渡りが告げられる。
マルクスは、バーバラの部屋へ入ると足を止めた。
「なっ!」
バーバラには大人びた、シースルーの肌着を着て、ベッド脇に立っていたのだ。
「あ、あの!お姉様が…バラは、無いから、この肌着を。と、送ってくれまして…。」
「…そうか。」
マルクスは空の花瓶に視線を送る。
「…似合わない、ですよね…。」
「お前には、まだ早いかもな。」
ふっと、マルクスが微笑む。
「お姉様なら、似合いますよね…。」
想像したマルクスが、顔を赤くした。
「マルクス様は、お姉様が嫌い、ですか?」
「前までは…でも今は、嫌いでは、ない…。」
マルクスは、自分の上着をバーバラの肩に掛けながら続けた。
「あんなに追いかけて来たのに、なんで追い掛けるのを辞めたのか聞いたんだ…。」
バーバラは何も言わず、マルクスの言葉を待つ。
「…諦めた。と、言われた。
そしてなぜか、虚しくなった…。」
寂しそうな笑顔をバーバラに向けると、バーバラはマルクスの手を取った。
「マルクス様!それって、お姉様の事気になってるってことですよね?」
「…は?」
口を開けるマルクスへ、バーバラは続けた。
「好きな人が振り向いてくれないなら、諦めるのは当然の事。ですが側室は一生後宮からは出らない…。陛下に愛されないお姉様は、苦渋の決断だったでしょう…。」
「いやいや、俺が?アンリネットを気になってる?」
「追いかけられてる時は、愛されてるとタカをくくっておられたのですよ。」
ふふん。と鼻を鳴らすバーバラ。
恋愛の事には疎いマルクスは、そんなバーバラから目を逸らすしかなかった。
「いざ、諦めた。とマルクス様から離れたら、寂しいのでしょ?悲しいのでしょ?」
「いや、まぁ…その、抱き寄せた時、心臓が爆発しそうだったが心地よかった。とか、涙を見ると落ち着かないとか――」
マルクスはバーバラに気持ちを話し始めると、お渡りではなく、恋愛相談のようになり、夜はふけって行った。
昼になり、マルクスはあくびをしながら、書斎に戻る廊下を歩いていると、庭に目が止まる。
(……。)
新しい庭師のダレンとアンリネットが笑い合っていた。
自分に向けられた事のない笑顔…マルクスの胸は軋んだ。
「…面白くない。」
小さく呟くと、その場を去って行った。
「暑いわね〜。少し休みましょう。」
アンリネットがそう言うと、ダレンとリリーと共に東屋へ歩いていたが、その途中――
ドサっ!
「アンリネット様!」
暑さでアンリネットが倒れてしまう。
「僕が運びます!お水をお願いします。」
そう言うと、ダレンはアンリネットを横抱きにして日陰へ急いだ。
「…ごめんなさい。」
「いえ、暑いですからね…。大丈夫ですか?」
「ええ。」
「アンリネットさま〜!」
水を持ったリリーが走ってくる…後ろからマルクスが走って来るのがダレンの肩越しに見えて、アンリネットは咄嗟に隠れるような形になった。
(なんで陛下が!?私何かしたかしら?)
アンリネットから冷や汗がダラダラと流れるのを、ダレンは持ってたタオルで拭っていると、腕を掴まれる。
「私が拭く。」
低く唸る声。
「え?あ、すみません…?」
マルクスは自分のポケットからハンカチを出すと、アンリネットの顔を丁寧にやさしく拭いた。
リリーはニヤリとすると、マルクスに持っていた水を手渡し、ダレンとその場から離れて行った。
「飲むといい。」
「はい。ありがとうございます…。」
体調が悪いアンリネットは、手に力が入らず、コップが上手く持てなかった。
それを見たマルクスは、アンリネットの手に、自らの手を添え、水を飲ませた。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます。
でも陛下…どうしてこちらへ?」
「……廊下を歩いてたら、貴方が倒れたのをたまたま見て…。」
「そう、なんですか…。」
(良かった〜偶然だったのね。)
しばらく沈黙のち…。
「私は大丈夫ですので、戻られても平気ですよ?」
アンリネットは笑顔で言った。
でもその笑顔は、ダレンに向けられていたのとは違う。
(やはり違う。)
「私がここに居たら迷惑か?」
マルクスは少し憂いを帯びた笑顔で返した。
(なんでそんな表情するの?)
その笑顔に、アンリネットの胸はチクリとした。
しかし意を決して口を開いた。
「いえ…でもここまでして頂かなくても、大丈夫ですわ…。」
マルクスは大きく目を開いた。
「……そうか。悪かった。」
静かに立ち上がるマルクスに、思わず声を掛けた。
「今まで、優しくされなかったので…困惑、してます。」
「…では、これから優しくしていこう。」
「えっ!?」
アンリネットに向けられた笑顔は、少し意地悪で、今までで一番優しかった。
つづく。




