12話 追いかけるのを辞めた日
五日後。
マルクスはアンリネットを訪ねるため、部屋の前まで来ていた。
(……何故、緊張するのだ?
要件だけ。要件だけ話してすぐに出れば良い。)
「よし!」
コンコンと控えめなノックをすると、すぐにリリーがドアを開ける。
「陛下!」
リリーが頭を垂れる。
「アンリネットに、用がある。」
「はい…どうぞ中へ…。」
リリーがそう言うと、マルクスは部屋の中へ入る。
テーブルの上には、バラバラになった花びらや、ぐちゃぐちゃになったバラが沢山置いてあった。
その向こうで、アンリネットは頭を垂れていた。
「何をしている?」
「はい。こちらは…乾燥させて、ポプリを作ろうかと…あと、こちらのはオイルにしたいなと思いまして…。」
アンリネットの恐縮した話し方に、何故かマルクスは苛立った。
「バラならまた、植えれば良いだろう…。
それとも、庭師が去って寂しいのか?」
「…庭師さんとは…。」
別れ際の告白を思い出し、アンリネットが頬を染めた。
その表情を見た瞬間、胸の奥が熱くなる。
気付けばマルクスはアンリネットの肩を掴んでいた。
「痛っ。」
痛みで顔を歪んでも、マルクスは気にせず口を開いた。
「あいつが、好きなのか?
だから俺に興味ないのか!?」
「えっ…何を仰って…。」
(興味ないってどういう?…それに俺って…初めて聞いた…。)
目を丸くするアンリネットに、マルクスは続けた。
「あいつの母親の手術が上手くいった。
…もう少し休ませたら田舎へ送る。お前は俺の側室だ。諦めろ!」
「陛下、落ち着いてください。
私は庭師さんとは、お友達だと思っています。」
アンリネットの言葉で、マルクスは掴んでいた手を離した。
「皇帝陛下の側室ですもの、勝手に城から出るとか、他の男性と。なんて思っていませんわ。」
「…じゃあなんで、俺から離れたんだ?数ヶ月前まで、あんなにしつこく…俺が城に居る時は追い掛けてきたではないか…。」
マルクスは視線を逸らす。
「…追い掛け続けるのは、疲れました…。
なので諦めましたわ。」
(本当は処刑回避だけど…。)
アンリネットは努めて明るく振る舞った。
「…そうか。」
それだけ言うと、目を合わせる事なく、マルクスは部屋を出て行った。
(何故こんなに虚しくなるのだ…うっとおしく、傲慢で嫌いだったのに…。)
「諦めた。か…。」
そう呟くと、マルクスの足音は大きいまま、遠ざかっていった。
一方アンリネットは。
「…アンリネット様。」
リリーはハンカチをアンリネットに渡した。
「ありがとう。言葉にしたら、涙が出てきちゃったわ…良かった、陛下がすぐ部屋を出て行って。」
「大丈夫ですか?」
「ええ。諦めなきゃと思っていたから…。それよりなんだったのかしら?」
アンリネットはテーブルのバラを仕分けながら言う。
「本当に……鈍感な方たち。」
リリーが呟く。
「何か言った?」
「いえ、何も。お手伝いします。」
部屋の中はバラの香りに包まれていた。
つづく。




