10話 犯人は?
その人影とは――
一緒に愛情を注いでバラを育てていた庭師。
「嘘……。」
「…アンリネット?」
そんな人がバラを無惨な姿にするなんて、アンリネットは信じられなかった。
そして庭師はバラをめがけてシャベルを振り下ろした。
「っ!」
目を瞑るアンリネット。
「そこまでだ!」
マルクスは庭師に叫んだ。
「へ、陛下!?」
「私の目の前での犯行。言い逃れは出来んぞ!」
庭師はその場に膝から崩れた。
マルクスはその場にあった園芸用の紐で縛ると、リリーの事を尋ねた。
「あの侍女なら眠ってる…。」
「アンリネット!私はこいつを連れて行く。」
放心状態で、地面に座り込むアンリネット。
マルクスが肩を軽く掴んで揺すった。
「アンリネット。」
返事はない。
「アンリネット、こちらを見ろ!」
肩に置かれた手に力が入る。
アンリネットは、はっとすると、涙目のままマルクスを見つめた。
「す、すみません。」
「謝らなくていい。」
マルクスは優しくアンリネットを背中をさすると、事を説明して立ち上がった。
「…大丈夫か?」
「はい…ありがとうございます。
リリーの元へ、向かいます。」
そう言うと、よろよろと温室を出て行った。
「リリー!リリー!」
薬で嗅がされたのか、起きないリリーを揺するアンリネット。その目からは涙が止まらなかった。
「なんでこんな事に…前の人生では庭師さんは、なんの関係もなかった。」
(私が、変わったから…?このまま重い罰を受ける事になったら…私のせいだわ!)
マルクスが呼んだ近衛兵たちがやって来ると、リリーとアンリネットを自室へと連れて行った。
「ありがとう。リリーをベッドに寝かせて。」
「良いのですか?」
「ええ…侍女だけど、大切な娘なの。」
「わかりました。」
兵はそう言うと、リリーをベッドへ寝かせ、アンリネットの部屋を後にした。
コンコンとドアをノックする音がしたが、アンリネットはソファで寝てしまい気づかない。
そっとドアが開けたのは、マルクスだった。
「……。」
眠るアンリネットを見つめ、自分の上着をアンリネットへ掛けると、部屋を出て行ってしまった。
次の日、リリーはベッドの上で平謝りをしていた。
「申し訳ございません!私なんかがベッドで寝て、アンリネット様をソファに寝かせしまって!」
「良いのよ。薬で眠らされてたんだから…
それより、リリー…これ…。」
アンリネットの手には、マルクスの上着。
「陛下。のよね…。」
「…そうですね。」
しばらく沈黙する。
「私が持って行ったら、気分を害してしまうから、リリーが返してくれる?」
「いけません!私が陛下に話しかけるなんて!」
「…じゃあ、バーバラに頼むわ。」
上着を持つ手に力がこもる。
「いけません。ご自分でお返し下さい。」
「ダメよ…これも、私を哀れんだだけなのよ。バーバラの所へ行きましょう。」
そう言うと、籠に上着を入れ、バーバラの部屋へ訪ねに行く。
コンコン。ドアをノックすると、エリスが出てくる。
「バーバラ様は?」
リリーが尋ねた。
「それが…陛下に呼ばれて…。衛兵の方が連れて行って、今居ないの。」
心配そうにエリスが言う。
「そう…。これを、バーバラから陛下へお返ししてって頼んでほしいの。」
アンリネットは、リリーから籠を受け取るとエリスに渡した。
「わかりました。戻りましたらお話しておきますね。」
そう言って自室へ戻る途中、衛兵に呼び止められる。
「アンリネット様!」
「どうしたの?」
「陛下がお呼びです。昨晩の、庭師の事で…。」
少し歯切れの悪い衛兵が気にはなったが、アンリネットはついて行った。
「失礼します。」
マルクスの応接室には、泣いて目が腫れたバーバラが居た。
「…お姉様。」
「どうしたの!?」
驚いて駆け寄るアンリネット。
マルクスが口を開く。
「…庭師が、バーバラに頼まれて、バラ園を荒らしたと、自供した。」
「なんですって!?」
バーバラを見つめる。
「嘘です!バーバラはそんな事しません!」
「お姉様…。」
マルクスはバーバラへ視線を向ける。
信じたい。
だが、庭師の証言がある以上、何もなかった事には出来なかった。
「私に…庭師の方とお話させて下さい!」
アンリネットは震える手を握り締めながら、マルクスに懇願した。
「しかし…。」
「私なら大丈夫です!」
「なら…衛兵と、リリーを連れて行け。」
思いがけない言葉に、リリーは驚いた。
マルクスなりの配慮なのだろう。
一人で庭師と向き合わせるには、今のアンリネットはあまりにも危うく見えた。
そして、アンリネットの握り締められた手を、リリーが優しく包むと、衛兵と共に地下牢へ向かった。
つづく。




