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第七話 温度を測れない役人

 王立医務局の正式な再調査は、雲の低い朝に行われた。


 調査官は六名。前回木札を外そうとした女性担当者もいる。彼女はその後、大工のトマスが丸く削った木札を見て、少しだけ表情を和らげた。


 だが、先頭に立つカミーユ補佐の顔は変わらない。


「本日は、王立移管に向けた施設適合性を確認します」


「移管は承認していません」


「適合性確認です」


 彼はそう言って、書記官に合図した。


 私は応接室ではなく、あえて子どもたちの昼寝室へ案内した。昼寝室には今、四人の子がいる。具合が悪い子は別室に移した。見世物にするためではない。けれど、冬鈴館を評価するなら、空の部屋ではなく、実際に子どもが眠る部屋を見なければ意味がない。


 もちろん、保護者の同意は取った。


 入口で、調査官たちは靴音を小さくするよう求められた。


「規則ですか」


「眠っている子を起こさないためです」


 カミーユ補佐は一瞬だけ口を閉じた。


 昼寝室には、同じ寝台はない。


 ニコの寝台は壁から少し離してある。壁際だと朝方に冷えるからだ。ミーナという女の子の寝台には軽い毛布を二枚重ねている。重い一枚では息苦しくなる。エリックという男の子の枕元には、咳が出た時に起き上がりやすいよう小さな取っ手を付けた。


 見た目は不揃いだ。


 だが、不揃いには理由がある。


「統一性に欠けますね」


 調査官の一人が言った。


「子どもの体に合わせています」


「管理表が複雑になります」


「そのための管理表です」


 ミレーヌが壁の台帳を示した。寝台ごとの温度、湿度、毛布の種類、夜間の咳、食事量、好きな安心物。全て短く記録してある。


 カミーユ補佐は台帳を読み、眉を寄せた。


「好きな安心物、とは」


「布兎、人形、木の鳥、母親のハンカチなどです」


「医療記録に必要ですか」


「眠れるかどうかに関わるなら、必要です」


「医学的根拠は」


 私はミレーヌから温度計を受け取った。


「では、実験をしましょう」


 調査官たちは警戒した顔をした。


 私は暖炉の火を弱め、部屋の中央、大人の胸の高さ、子どもの寝台の高さ、床近くの四か所を測った。数値は違った。


「標準記録では中央の高さだけを書きます。ですが、ニコの胸があるのはここ。ミーナの足先はここ。床に近い冷えは、記録しなければ見えません」


「複数計測は人員を要します」


「だから冬鈴館では、子ども自身にも聞きます。寒い、暑い、重い、怖い。言えない子は、手足、咳、寝返り、食事量を見る」


 カミーユ補佐は少し苛立ったように眼鏡を直した。


「全ての施設で同じことはできません」


「同じことをしろとは言っていません。同じ温度だけで足りると思わないでください」


 その時、昼寝していたミーナが目を覚ました。


 彼女は毛布の端を握り、ぼんやりと私たちを見た。知らない大人が多いので、目に不安が浮かぶ。


 私はすぐに声を落とした。


「起こしてごめんなさい。寒い?」


 ミーナは首を振った。


「暑い?」


 少し迷って、頷いた。


「二枚目を外そうか」


「うん」


 私は毛布を一枚外し、軽い布を肩にかけた。ミーナは息を吐き、また横になった。


 カミーユ補佐が言った。


「今のような調整を全員に行うのは非効率です」


 私はミーナの寝顔から目を離さず答えた。


「この子が眠れるなら、効率の測り方を変えるべきです」


 女性担当者が小さくメモを取っていた。


 昼寝室を出ると、カミーユ補佐は廊下で足を止めた。


「ノエリア様。あなたの努力は尊い。しかし、制度は個人の感覚で動かせません」


「感覚ではありません。記録です」


「あなたの記録は、あなたが見るから意味がある。誰もが同じようには見られない」


「だから見方を教えます」


「教えるには時間がかかる」


「子どもを寒い部屋へ移すよりは短いでしょう」


 カミーユ補佐は答えなかった。


 調査官たちが帰った後、女性担当者だけが少し残った。


「木札の件」


 彼女は廊下の札を見た。


「危険ではありませんでした。私が、外す前に考えませんでした」


「子どもに聞く方法を、一緒に考えてくださるなら助かります」


 彼女は驚いた顔をした。


「私が?」


「危険管理の専門職でしょう」


 しばらく沈黙があった。


 彼女は小さく頷いた。


「角、紐、高さ、固定方法。標準案を作れます」


「名前を消さない標準案を」


「……はい」


 その小さな返事は、医務局の方針を変えるものではない。


 けれど、制度の中にも、温度を測り直せる人はいる。


 夕方、リュシーが台帳を見て言った。


「おとな、あつい、さむい、わからない?」


「分からないこともあるわ」


「きけばいい」


「そうね」


「リュシー、きかれたら、いう」


「何て?」


 娘は少し考えた。


「いまは、ちょうどいい」


 私はその言葉を台帳に書いた。


『いまは、ちょうどいい』


 制度が最初に覚えるべき言葉は、案外それかもしれない。




 ルイーズが帰る前、彼女は自分の記録板を見せてくれた。


 そこには、木札の高さ、紐の長さ、角の丸みだけでなく、『外す前に本人へ説明する』『説明できない年齢の子には保護者と職員が安心物の役割を確認する』という項目が足されていた。


「これを提出しても、細かすぎると言われるでしょう」


「細かいことが命に関わると、今日見たはずです」


「はい」


 彼女は少し迷ってから、廊下の奥を見た。そこではニコが星の札を撫でている。


「私は、施設を安全にする仕事をしていると思っていました。でも、安全にするために、その子が安心する物を先に捨てていました」


「気づいたなら、次は変えられます」


 ルイーズは深く頭を下げた。


 役人が一人変わっただけで、制度は変わらない。


 それでも、制度は人が運ぶ。冷たい紙も、温かい手も、同じ廊下を通って子どもの部屋へ届くのだ。

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