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第六話 リリアの診療修道院からの手紙

 リリア・オルセーヌからの手紙が届いたのは、北境へ保温布を送った翌日だった。


 白い封筒には、修道療養院の印が押されている。リリアはあの公開調停の後、王都から離れた診療修道院で奉仕を続けている。年に一度、奉仕記録が届く。私は形式的な返事だけを書いてきた。


 許したからではない。


 彼女が自分の責任から逃げていないか、記録を残すためだ。


 今回の手紙は、いつもの報告より厚かった。


 私は応接室で封を開けた。アルノルト、ミレーヌ、ハンナが同席している。リュシーにはまだ知らせていない。


『ノエリア様。

 突然の長文をお許しください。

 王立医務局が冬鈴館の移管を進めていると聞きました。私のような者が何かを申し上げる資格はないと分かっています。それでも、黙っていればまた誰かの部屋が奪われると思い、記録を同封します』


 同封されていたのは、修道療養院に一時預けられた子どもたちの聞き取りだった。


 王立冬季療養院から戻された子。


 標準毛布が重くて眠れなかった子。


 人形を取り上げられ、夜泣きが増えた子。


 保護者との面会が減り、食事を拒むようになった子。


 どれも大きな事故ではない。


 だが、子どもの体を少しずつ冷やす記録だった。


 最後に、リリア自身の証言があった。


『私はかつて、暖かい部屋が欲しいという自分の苦しさを、他の子の部屋を奪う理由にしました。ギルベルト様の判断に甘え、ノエリア様とリュシー様の痛みを見ないふりをしました。

 王立療養院の子どもたちの中に、あの頃の私と同じ言葉を聞きました。

 「ここしかないなら我慢する」

 その言葉は、同意ではありません。

 私はそれを、今なら証言できます』


 読み終えた時、部屋は静かだった。


 ハンナが最初に口を開いた。


「奥様。これは有効な証拠になります」


「ええ」


 ミレーヌも頷いた。


「本人の過去の行動がある分、証言としては攻撃されやすいですが、逆に『同じ構造を見た』という証言には重みがあります」


 アルノルトは私を見た。


「あなたの負担が大きいなら、こちらで処理します」


「大丈夫です」


 本当は、大丈夫とは言い切れなかった。


 リリアの文字を見ると、あの朝の食堂が戻ってくる。彼女の膝に置かれていたリュシーの膝掛け。泣きそうな声。夫の上着。娘の震える指。


 記憶は、暖かい部屋にいても時々冷たい。


 だが、その冷たさを理由に証拠を見ないふりはできない。


「リリア様に返信します。証言の意思があるなら、冬鈴館へ来るのではなく、まず書面で宣誓を。必要なら、マリア第一王女殿下の立ち会いのもとで面会します」


「リュシー様には?」


 ハンナが慎重に尋ねた。


「まだ話しません。必要になった時に、嘘をつかず、短く話します」


 私は手紙を畳んだ。


 午後、リュシーは庭でニコと木札を磨いていた。大工のトマスが角を丸くした木札に、子どもたちが自分の印を描いている。


 リュシーの札には冬鈴草。


 ニコの札には星。


 エマのことを話すと、リュシーは小さな人形の絵を描いてくれた。


「このこ、にんぎょう、すき?」


「ええ。好きみたい」


「じゃあ、にんぎょうも、なふだ」


「人形にも名札?」


「なくならない」


 子どもの発想は、時に制度より正確だ。


 その夕方、リリアへの返事を書いた。


『記録を受け取りました。証言を希望されるなら、宣誓書を作成してください。あなたの証言は、あなたの過去を消すものではありません。ただし、今、同じことを止めるための証拠にはなります』


 少し迷ってから、もう一文足した。


『自分の苦しさを、他の子の部屋を奪う理由にしないという言葉は、受け取りました』


 封をする時、指先が少し震えた。


 ハンナがそっと温かい茶を置いてくれた。


「奥様。お休みになってください」


「まだ報告書が」


「お休みになってください」


 同じ言葉を二度言われると、逆らいにくい。


 私はペンを置いた。


 その夜、リュシーは寝る前に聞いた。


「おかあさま、さむい?」


「どうして?」


「手、かたい」


 子どもは、大人が隠したつもりのものを見つける。


「少しだけ、昔のことを思い出したの」


「いやなこと?」


「ええ。でも、今はここにいる」


 リュシーは布団の中から手を出し、私の指に触れた。


「ここ、あったかい」


「そうね」


「じゃあ、だいじょうぶ」


 私は娘の手を握った。


 リリアの手紙は、過去を消さない。


 でも、過去と同じ形の冷えが、別の子どもに届く前に止めることはできるかもしれない。


 そのためなら、私は読みたくない文字も読む。


 娘の部屋を守るために始めた物語は、もう娘一人の部屋だけでは終わらない。




 リュシーが眠った後、私はハンナと二人で手紙の写しを封筒に分けた。


 証拠として使うもの。本人確認が必要なもの。私情が強すぎて今は表に出さないもの。どの紙も、誰かの寒い夜から来ている。だからこそ、乱暴に扱えなかった。


「奥様」


「何?」


「リリア様の証言を使うことと、リリア様を冬鈴館の内側へ入れることは別です」


 ハンナは私が言いにくいことを、いつも先に言う。


「分かっているわ。証言は使う。でも、リュシーの安心を削ってまで、彼女に居場所を作るつもりはない」


「それでよろしいと思います」


 許しと利用と境界線。


 その三つを混ぜると、また誰かの部屋が勝手に動く。私は新しい封筒に、太い字で書いた。


『証言。面会とは別』


 その短い文字を見て、ようやく少しだけ呼吸が楽になった。

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