第十七話 はじめての外食
リュシーの体調が安定してきた頃、私は娘を連れて王都の小さな食堂へ行くことにした。
もちろん、医師の許可を取った。保温布を首元と膝に入れ、馬車の中も温め、滞在時間は短くする。無理ならすぐ帰る。
それでも、外へ出ることに意味があった。
侯爵家にいた頃、リュシーの世界は南翼療養室と庭の一部だけだった。守るためとはいえ、私はあの子から多くの景色を奪っていた。
「おそと、ごはん?」
「ええ。今日は食堂でスープを飲みましょう」
「しょくどう、こわい?」
「少しにぎやかかもしれないわ。でも、お母さまがいる」
「ハンナも?」
「ハンナも一緒よ」
リュシーは真剣な顔で頷いた。
向かったのは、王都の外れにあるバナージ・ダイナーという食堂だった。華やかな店ではないが、煮込み料理が評判で、マーサの甥が働いているため融通が利く。
扉を開けると、ドアベルがカランと鳴った。
リュシーはびくっとしたが、泣かなかった。
「おと」
「扉の鈴ね」
「こんにちはって、いう?」
「そうね。お店に来た人を教えてくれるの」
店内は温かかった。大きな鍋から湯気が上がり、パンの匂いがする。昼時を少し外したので客は少ない。奥の席に案内され、リュシーは椅子に座ると足をぶらぶらさせた。
「おかあさま、ここ、リュシーのおへやじゃない」
「ええ。ここはみんなでご飯を食べる場所」
「みんなの、おへや?」
「そんな感じね」
注文したのは、鶏肉と根菜のスープ、柔らかいパン、温めたミルク。リュシーは最初、匙を握ったまま周囲を見回していた。
隣の席では職人らしい男性が大きな皿で食べている。厨房からは鍋をかき混ぜる音。窓の外を馬車が通り、遠くで市場の声がする。
世界は、こんなに音が多い。
「たべていい?」
「いいわよ」
リュシーはスープをすくい、息を吹きかけてから口へ運んだ。
前よりずっと上手になっている。
「おいしい」
「よかった」
「おかあさまも」
「食べるわ」
私もスープを飲んだ。
少し塩気が強く、家の味とは違う。けれど、その違いが楽しかった。リュシーもパンを小さくちぎり、スープに浸して食べている。
「また、たべようね」
娘が言った。
私は胸の奥が温かくなるのを感じた。
「ええ。また食べましょう」
帰り際、店主が小さな焼き菓子を一つくれた。
「誕生日が近かったって聞いたからな。甘すぎないようにしてある」
リュシーは両手で受け取った。
「ありがとうぞんじます」
少し言い間違えた丁寧語に、店主が破顔した。
「こちらこそ、ありがとう存じます」
外へ出ると、冬の空は高かった。
リュシーは馬車に乗る前に、私の手を握った。
「おかあさま」
「なあに」
「リュシー、おそと、またいける?」
「行けるわ」
「さむくないように?」
「そう。寒くないように準備して」
守ることと、閉じ込めることは違う。
私はその日、ようやくそれを実感した。




