第3話 晦
マナの言葉を最後に、俺達は数時間動けずにいた。
リンに抱き抱えられたままのリタの身体が徐々に硬くなっていくのを感じた時ようやく空気の流れを切ったのはラムダだった。
「リタのお墓を作ってあげよう。」
俺達は少し離れた桜の木の下に穴を掘った。
リタの身体よりも随分大きい穴にそっと寝かせ、リンがリタの手を胸元で綺麗に組んだ。
まるで俺達のこれからの幸せを願っているような姿にグッと涙を堪えた。
リタの頬にひらりと落ちたひとひらの花びらをマナが愛おしそうに払った後、別れのキスを落とす。
その姿に、皆堪えていた目頭が一気に崩壊した。
それぞれが次々に飾らない言葉を口から漏れ出すがままに伝えながらリタの姿は徐々に見えなくなっていった。
不格好に被された土はまるで皆が一生懸命自分の心を整理しているかの様で胸が痛んだ。
マナは手頃な石を拾って来て桜の木に愛おしい名前を記した。
そして皆で桜の木に向かって手を合わせた。
リタの死から数日が経ち、マナ達は少しづつ気持ちを整えつつあった。
それぞれの口数は少し減ったものの、以前と同じように食べ物を用意し、お互いを支えながら何とか毎日を過ごしていた。
一方で俺はまだ桜の木の下から動けずにいた。
この子は俺が殺してしまった。
誰よりも真っ先に見知らぬ者の俺を歓迎してくれた。
誰よりも前向きでこの生活の中で多く幸せを感じていた。
誰よりも皆の幸せを願っていた。
そしてきっと誰よりも皆の心の支えだった。
それを俺が壊した。
受け入れてくれた皆も、ここに連れて来てくれたマナも全て突然現れた俺がこの惨劇を招いた。
違うんだ…辛い思いをしてきた皆だからこそ、そんな中でも優しい皆だからこそ俺は力になりたかった。
皆と胸を張って幸せだと言える未来を俺が示したかった。
なのになんだこの結末は。
俺達が何か悪い事をしたのか…?
確かに彼女らは盗みはしていた。
じゃあ盗みをしなければ救われていた?
いや、そうであれば彼女達はこんな事をしていない。
以前リタも言っていた。
頑張れば僕たちでもお金やご飯をもらうことができるのかと。
それは逆を突けば頑張っても報われないということ。
そんな世の中を作った大人はなんて非常なんだ。
静かな怒りを覚えた矢先、ふとあの日のパン屋の婦人の言葉が蘇った。
「___こうするしか無かったのさ。でないと私達家族がくたばっちまう。」
大人ですら子どもを騙せと脅されれば従わざるを得ない世界。
そんな世の中で一生懸命に生きようとする彼女らを誰が責める事をできようか。
リンが持って来てくれた食事。
一つの小さなパン。
パンを見る度にまだ痛む胸を抑えながら俺は半分にちぎり桜の木の前へと置いた。
「なぁ、リタ。俺はどうすれば良かったんだろう。」
自分が殺めてしまった子にかける言葉で無いのは分かっていた。
たった数日しか過ごしていないこの少年は俺の中でもそれだけ心の支えとなっていたのだと自覚した。
小さな身体を精一杯に動かしながら無邪気に微笑む姿が未だに焼きついて離れない。
確かにこの桜の木の下にいるという事はわかっているのに、こうしている俺の肩に手を置いて
「ルイ、何してるの?」
と後ろから現れてくれるんじゃ無いだろうかとありもしない期待を抱いてしまう。
何度目か分からない嗚咽を抑えきれないでいると、背後から誰かの気配がした。
そこに居たのはラムダだった。
「隣いいかな?」
俺が頷くと、そっと手を合わせた後に静かに腰掛けた。
「少しは落ち着いた?」
そう問いかけるラムダの目は、昨夜の静かな雨を物語っていた。
「ラムダはなぜ俺を責めないんだ?他のみんなもそうだ。」
「皆それぞれ後ろめたい気持ちはあったのさ。マナの言葉の通りだと思う。」
遠くを見つめる彼。
「確かにルイの行動が直接的な原因ではあると思う。恨む気持ちも全く無いわけではない。けどずっとリタと居たのは僕達だ。僕達は君よりもずっと気付くチャンスを逃し続けていたんだ。気付いていた者もいたかもしれない。それでも止めなかった、止めれなかったんだ。」
「リタのあんな笑った顔誰もみた事がなかったから。普段からずっと笑顔だったけど、もう、全然違ってさ…ルイは気づかなかったでしょ。」
そう言ってラムダは、悲しそうにこちらに微笑む。
「マナはリタが生まれてからずっと一緒だったんだ。だからマナが一番それを感じたんだと思うよ。」
彼の居なくなった後に新たな彼を知れるなんて皮肉だと思った。
彼の口から出る言葉をもっと聞きたかった。
立ち上がったラムダはこちらに手を差し出した。
俺はその手を取り共に皆のいる場所へと歩みを進めた。
戻った俺を見た皆は至って普通だった。
それが彼女らなりの気遣いだとどこかぎこちない顔を見ればわかる。
それぞれが精一杯小さな少年の想いに向き合っているのだと感じた。
夜も更け皆が寝静まっても、俺は寝付けないでいた。
「眠れないのか。」
ふと声がする方を見ると、サウールが半身を起こしこちらを見ていた。
「あぁ、気を遣わせてしまって悪い。」
大丈夫だ。とその場でそっと身を起こした。
「そう言えば、あの時なぜあの場にいたんだ。」
リタが倒れて直後に現れたラムダとサウール。
あの時は、まともに考えられる状況じゃなかったから気に留める事ができなかったが、改めて考えてみると本当にあそこに二人がいてくれて良かったと思った。
俺一人だったらリタは皆と別れが出来ていたかどうか分からない。
「その前の日に警告をしたのを覚えているか?」
「あぁ。俺はサウールのその言葉を軽視してしまったんだ。」
「それは仕方がない。俺自身その警告に確信がなかった。その後ラムダと核心を掴みに行こうという話になったから、俺とラムダはあそこに居たんだ。」
サウールの声はいつもと同じ温度のはずなのに、どこか硬かった。
淡々としているのに、その沈んだ視線だけが、彼自身を責めているように見えた。
「そうか。ありがとう。そして本当にすまなかった。サウール、お前が簡単にそんな事を言うわけないと、数日見ているだけでも分かるはずだったのに。」
それから俺達は自然とそれぞれの寝床についた。
___翌日、俺は街へと繰り出していた。
彼女達には見えていて、あの時の俺には見えていなかったものをしっかりと見たいと思った。
あの時慎ましく暮らしていると思っていた家々はよく見るとかなり古びていた。
雨が降ろう日には雨漏りなんて当たり前なんじゃないかと思うくらいに。
街の人の服装だってそうだ。
継ぎ接ぎな模様違いの布で縫い合わされて何とか衣服という形を保っている。
そして街の中心部へと進んでいくとその雰囲気はガラリと変わった。
大きな庭、きれいに塗装された木造住宅。
そこにいる皆が、煌びやかな布を纏っている。
大きな庭を清掃する小さな痩せ細った子ども。
首に繋がれている鎖を見た瞬間、喉の奥が焼けるように熱くなった。
継ぎ接ぎの衣服を纏った人々が深々と頭を下げている姿も多かった。
「ありがとうございます。」
下品な笑みを浮かべる煌びやかな人から受け取った小袋。
中身はあの日パン屋で見た物と同じだろう。
俺への反応も中心部へ進んでいくにつれてどんどん悪くなっていった。
最初は見て見ぬ振りをする者達ばっかりだったのに、中心に近づくにつれて物を投げたり、罵声を浴びせる人も出てきた。
その度に俺の心は核心に迫るように荒んでいった。
ただ生きたいだけの子ども達。
家族を生かすために富裕層に利用される大人達。
それを見て嘲笑う物達。
この街は腐りきっている。
そう確信した帰り道、俺は再び荒んだ街を通っていた時聞いてしまった。
「僕達、食べ物は欲しくないかい?」
ボロボロの子ども二人にニコリと笑う男。
それはあの時俺達を欺いた奴だった。
俺の身体は一気に凍りついた。
身体は動かなかったが、意識だけははっきりとしていた。
「…食べ物くれるの?」
一瞬の希望と知らずに目を輝かせる少女達。
「あぁ、勿論だとも。お腹空いたろう?」
よほど空腹だったのだろう少女達は涙を浮かべる。
「ただおじさん、困っている事があってねぇ。少しおじさんのお仕事を手伝ってもらえないかな?」
がんばります。と抱き合いながら何日振りかのご飯にありつける喜びを分かち合っているようにだった。
仕事場に案内する男。
振り返りざまのニヤリとした笑みを俺は見逃さなかった。
着いたところはあのゴミ捨て場。
仕事内容も全く俺たちと同じだった。
俺の中に蘇る生涯刻まれるであろうあの記憶。
気付けば俺は近くのガラスの破片を拾い、その男に突き刺していた。




