第5話 改
「___やめろっ…やめてくれ。」
弱くへたり込みながら懇願する中年男性に、俺は刃を突き立てる。
「その言葉に意味はないだろう。」
血飛沫の中静かに吐き出した言葉は、剣を収める音に掻き消されていった___。
「おかえり。」
「ただいま、マナ。」
あの決意から五年の月日が経った。
俺たちは文字通り何でもして生きた。
食事や金銭を盗み、時には捕まり厳しい仕打ちも受けた。
その度に鍛錬を繰り返し、知恵を絞った。
次はうまく行くように、皆無事でいられるように。
勿論人を傷つけてしまうこともあった。
覚悟はしていたとはいえ、最初のうちは一晩中手が震え眠れない夜を過ごした。
最初の一年は、その繰り返しだった。
眠れない夜と、慣れていく手。
——気付けば、俺達は次の街へ、また次の街へと移っていた。
その中で子どもの俺達は盗賊に襲われることもあったが、返り討ちにできるほどに強くなっていた。
翌日はその盗賊へと報復に出向き身包みを全て剥がしてやった。
俺達の生活を脅かすものは許さない。
相手から見れば決して子どもとは思えない狂気を携えた顔をしていただろう。
あんなに大きく見えていた大人達が小さく震えていた。
「ありがとう。」
リンが暖かいスープとパンを並べてくれている。
テーブルには7つの食事。
その一つにマナは小さな花瓶に生けた桜の枝をそっと置いた。
「…もう桜の季節だな。」
「そうだね。」
静かに、でも慈しむように手を合わせた。
「っかー!腹減ったぜ。」
「ガディ一番前線に出てくれたもんね。」
賑やかに開かれた扉からガディとラムダとサウールが帰ってくる。
その戯けた雰囲気に先程までの空気が一瞬で明るくなり、皆に笑顔が生まれた。
「皆おかえり。食事にしよう。」
俺たちは手を合わせ、皆で今日の夕食を囲んだ。
和やかな食事を終え、俺達はこれまでの情報を整理する事にした。
この国は俺達が最初いた街のあるニュータル地方を含め、7つの地方から成り立っている。
「サポは大した事なかったな。」
すでに訪れたサポ地方は噂通り穏やかな街ばかりだった。
あったとしても万引きや無銭飲食等俺達の未来の邪魔になるものはなかった。
現在いるタスマンは、ほぼ全員が貧民と言っても過言ではない。
街を通るだけで通りにいる人間が食べ物や金品をせがんで来るが、皆空腹で力が出ないのか俺達が少し突き放すと吹き飛んでしまうほどだった。
唯一調査中の俺に刃を向けてきた奴がいたが、返り討ちにした。
「タスマンは見ていられなかったよ。もう長くは持たないだろうね。」
「次で3つ目かー。」
「そうだね、次はノスマだ。どんな信仰なんだろうね。」
「どんな所だろうがやることは変わらないさ。俺達の幸せを邪魔するかどうか。ただそれを見極めるだけだ。」
「信仰…。」
リンが誰に届けるわけでもなくぼそっと呟き、俯き加減で顎を触っている。
時折彼女は心の中で一人で会話をする癖がある。
その時のいつもの仕草だ。
「いい所なのを願いたいね。無駄に戦闘をするのはごめんだ。」
マナが口にしてくれたことが、俺達の誰もが思う願いだ。
___翌日、俺達はノスマへと向かった。
到着するなり、あちらこちらにある人物画が目に入ってきた。
”教主サイマン様”
どこを見ても同じ顔ばかりで吐き気がしそうだ。
俺達は一軒の酒場にて情報を得る為、昼食を取ることにした。
「いらっしゃい。初めて見る顔だね。」
「あぁ、旅をしているんだ。素敵な街だな。」
「分かるかい!そうなんだよ!あんた見る目あるね。」
サービスしとくよ。と明るい笑顔のふくよかな店主はオーダーを取った後店の奥へと履けていった。
食事を待っている間店内を見回してみた。
皆幸せそうな顔をしている。
食事をしている人たちの食卓を見ると多くの人が机の上にそれぞれ不思議な色をした石を置いていた。
「なぁ、あの綺麗な色の石は何なんだ。」
タイミングよく食事を運んできた店主に尋ねてみた。
「あぁ、あの人のあれは奥さんだよ。働き者で笑顔の素敵な子だったんだけどねぇ、その働き過ぎが祟ってか病に罹っちまったんだよ。」
…話が見えない。
「それは辛い経験をしたんだな。だが、なぜあの石が奥さんだってことになるんだ?」
「あぁ、ごめんよ。あんたたち冒険者だったね。」
「あの石は教主サイマン様によってあの人の奥さんの意思を宿しているんだ。ただの石に見えるだろうけどほら、他のお客さんの意思も見てみな。それそれで色が違っているだろう。あの石は最初はただの石の色なのに人の意思を宿した途端それぞれの色に輝くんだ。」
不思議なもんだろう。と感心しながら話をする店主。
「そうなのか、この街にはすごい方がいらっしゃるんだな。」
「そうなんだよ!サイマン様のおかげで今やここでは愛する人と永遠に一緒にいれる場所になったんだよ。」
「一緒にって、見ていても光ってるだけで何にも言葉を発しやしなくねぇか?」
ガディの忖度の無い言葉にヒヤッとしつつも、店主は気にしている様子は無かった。
「そりゃあ、アタシ達普通の人間には声なんて聞けやしないけどね、一月に一回サイマン様を通じて会話が出来るのさ。アタシ達はそれを繫魂祭と呼んでいるんだよ。」
胡散くせぇ。と言いかけたガディの口にすかさずサウールが食べ物を詰め込む。
ありがとう。
「素敵な祭りですね。僕たちも一度でいいから、是非お目に掛かってみたいな。」
モゴモゴしているガディの隣でラムダが本当に羨ましそうな顔でうっとりと天井を仰いだ。
「それならアンタ達ついてるね。丁度1週間後に繋魂祭があるんだよ。」
「え、でも僕達ただの旅人だし、意思を持っている訳じゃ無いんですよ?」
「だから祭りなんだよ。参加は誰でも自由なのさ。もう別れは悲しく無いんだと多くの人に知ってもらうためにね。」
「でも、話せる時間を誰もいない場所で過ごしたい人もいるだろう。」
「そこは心配いらないよ。繋魂祭の後に希望者は個別に話の時間を取れるんだ。もちろんサイマン様しか話を聞けないから毎月数は限られているんだけどね。」
「そうなのか、素敵な教主様なんだな。」
そうだろう!と店主は自分の事かのように喜んでいた。
昼食を終わらせ、俺達は街を散策していた。
すると街の少し奥が何やら騒がしい音が聞こえてきた。
音の方向へと急ぎ足を運ぶと拍手と歓声の奥から見えてきた。
優しい笑みで人々に手を振る全身に宝石や高価な布を纏った中年男性。
皆神に会えたかのように喜び叫ぶもの、涙を流すもの、それぞれに輝く石を掲げるもの、それぞれの方法で彼と出会えた喜びを表している。
ただ俺達には全く違って見えた。
「臭うな。」
教主サイマン。
俺達にとって善か悪か。
「___御心を問うとしよう。」




