011[逃走]
[逃走]
私は姫と一緒に、さっき茶室の方へ向かった時と同じ道程を歩いていた
ソレは去年まで、当たり前だった事で…今年は凄くレアな体験
去年との違いは・・・
姫の見た目がちょっと浮腫んでいて、血色が悪い事だけ
今の彼女からは、茶室の所で会った時の様な嫌な臭いはしないので
私的に嬉しい限りだった。
『何も訊かないのね』
長い髪を一歩一歩、歩く度に揺らし姫が私の方を見る
『姫が御望みとあらば、訊いちゃうけど…
ぶっちゃけ「総てを知った上で、私を止めて下さい。」って、
何をどうやって止めれば…
姫自身を幸せにできる?幸せだと思わせてあげられる?』
私は正直に思った事を質問したのだが
『私の幸せかぁ~…』と、姫を苦笑させるだけに終わる
その後姫は何も言わなかった
私も「死人に口無しって言うし…質問の答えは帰って来なくて当たり前か」と
無理に訊き出さない方向で足を進める事にした。
目的地までの道を閉ざす扉の前・・・
今の所は、問題無く来れた
私は一瞬だけ後ろを振り返り、皆が来ない事を確認する
「心細いけど、危ない事に巻き込む事になったら嫌だしなぁ…」
何て事を思いながらドアノブを回し、鍵が開く音を聞きながら扉を開けた。
扉の外には庭園と道路、雑木林が見える
雑木林の池の方から、線の繋がった小さな光る者達が舞っているのが見える
そのもっと向こう、庭園の奥…
確か大きな貯水槽が埋められている辺りにも同じ様なモノ達が
束になって舞っているのが分かった。
姫がそちらの方向を凄い表情で黙って指し示す
きっと、姫的に御怒りの相手がいるのであろう
私は扉をゆっくり閉めて、深呼吸をしてから歩き出す
少し傾斜のあるアスファルトの上を極力、足音を殺して歩き
庭園の終りでソチラの方向へ曲がった。
その辺には、貯水槽が埋まっている為
簡易的なビニールハウスやプレハブの倉庫くらいしかない
但し、雰囲気的に近付きたくない空気だけは昼までも漂っていたりする
私は緊張しながら土の大地を踏締め
守る立場に有る筈だった者が、後片付けをしている現場へと
こっそり、バレない様に踏み込んだ
彼等は貯水槽に大きな塊を沈める所だった
私は静かに息を飲む
「ヤバイなぁ~…1対3か、私一人で対処出来っかなぁ?」
其処には今日、茶室で御世話になった大人二人と
何処ぞの誰かさんの合計3人の大人がいらっしゃったのである
私は一時退却し
ゴロちゃん達に手助けをして貰う事にした。
なのに私は身を引く時に、気付かずガサガサ音のする袋を踏んでしまう
気付かれてしまった御様子なので、私は取敢えず戻って
準備室でゲットして来たカメラで現場を撮影し
何かを落とした様な水音を耳にしながら、走って逃げる事にした。
正直、オッサン2人とオバサン1人を相手に
正攻法でも、非合法でも…この場で対処できる筈が無い
「何処ぞの誰かさん一人なら
取引交渉して、姫の大切にしていた物を返却して貰う自信あったんだけどな」
私は走るのに邪魔になるカメラを
緩めに締めてたコルセットの胸の谷間に押し込み
全速力で雑木林を校舎側に迂回し
「塀沿いに作られた、段々畑をモデルにした花壇を登れば
塀を越えて学校の外に簡単に出られる筈だ」と
正門近くに有る庭園へと向かう
「明らかに殺人事件ぽいから、掛け込むなら警察か?」と
ちゃっとのんきに考えながら走っていたら…街灯の下、目的の花壇に
アチラ側に付きそうな人物の姿があった。
『げっ!マジかよ…』
私よりもっと必死な追っ手との距離が縮まる事を承知の上で
私は目的地を変更し、運動場側に走り出て
校舎と体育館の間の道に入り込み、扉は開いていたが校舎に入らず進み
深く細く流れの早い、幅1.5m程の水路を
失敗して落ちる危険も顧みずに、勢いを付けて飛び越えてみる
飛び越えた先は、植木が疎らに配置された場所
私は植木の枝やら刺やらで傷だらけになりながら
カメラを必死に庇い、滲んだ血を拭いながらその場を離れる
最初に逃げ出した付近に有る、塀沿いのドングリの木を植えた植え込みか
地下道を抜けた先に有る果樹園と畑のある場所からの
抜け道を目指すつもりだった。
でも目指してはいるのだが、途中から完全に息が上がっていた
追手が4人に増えてしまったのも有り
逃げてる位置が平らな地面で無い為に足場も悪く、逃げにくい事この上ない
暑い気温と高い湿度と走っているので、汗が怒涛の如く流れて来る
私は私を心配そうに見守る姫に対して微笑みかけ
『大丈夫、ちゃんと一旦逃げ延びて
姫の大切にしていた物を御希望通りに取り返してあげるから』と伝える
ただ、自分の汗の為に傷が酷く痛んだ
その汗で、濡れてカメラが壊れたら困るので
私はカメラを胸元からは引張り出し、走るのに邪魔になるが
交渉材料として使えるので、大切に胸元に抱いて走っていた。
鼓動は早まり、少しばかり吐き気もした
姫が私に聞こえない声で何かを叫んでいたが…
私には今ソレを気にする余裕は無く、何を言っているのかが分からなかった
大きく吸い吐いた息に、微かな血の味を感じて溜息を吐く
冬でもないのに肺がちょっとヤラレ気味になっていた
私は個人的に「運動不足が祟ってますなぁ…」と、泣きたくなった
指先が痺れ、視界全てに虹色の糸が舞っている様に見えて来る
「マジでヤバイな…一人で行動するんじゃなかった」と
本気で後悔していると…大人の中で、一番足の早い誰かさんと
学校の偉い人の話し声が聞えて来る・・・
私が身を隠し聞き耳を立てると
奴等が全責任を私に押し付ける気である事を知らせてくれる
「ヤバイなぁ・・・使える証拠品、アキが持ったままだったよな」
自分が犯した過ちに涙が滲んだが、捕まる訳にはいかない
濡れ衣着せられるなんて洒落にならないし
下手すると、ゴロちゃん達全員をも巻き込んでしまう可能性がある
私は声が聞こえて来る反対方向に逃げようと立ち上がる
すると誰かに口を塞がれてしまった
既に息が上がっていた事も有り、ソレは有る意味でとっても致命傷で
少し抵抗した後、私の意識は完全に途切れてしまった。
意識が途切れる直前・・・
視界の片隅で、姫が両手で口元を抑え泣いているのが見えた気がした
「私はあの人を悲しませたかった訳じゃないんだけどな
姫…次に会った時には、何時もみたいに笑ってくれないかな?」
私は暗い場所に居る筈なのに意識は真っ白な世界に落ちて行った。
次に目覚めたのは、空調の効いた涼しい部屋のベットの上だった
私の手を握り、寝息を立てているシン君の姿が見える
「何故に彼は此処に居て、私の手を握っているのだろうか?」
疑問は過ぎるが、私の中に答えは無かった
答えが無いので、私は他の答えを探す
視界に入るのは白っぽい物が集まる世界…見た所、病院みたいだった
私は起き上がろうとして起き上がれない事に気が付いた
体がダル重い…明らかな筋肉痛も実感できる
「果してコレは、どうなってこうなった?」
私は大きく溜息を吐き、肺の痛みに微かに悶え
色々諦めて、もう一眠りしようとしていた所で聞き覚えのある声が
段々近づいて聞こえて来る
その正体はアキとサンちゃんと東条だった
真っ白な病室にゴロちゃんも入ってきた
密かにユリちゃんはいないが、肝試しのメンバーが揃っていた。
私から声を掛け、どうなっているのか説明して貰おうと起き上がろうとすると
ゴロちゃんが私の額を抑え
『寝てろ!バカ娘!』と言って、起きる事を絶対に許してくれなかった
暫くすると、私の意識がすぅ~っと緩やかに遠退いて行った
ただその後・・・
夢の中で、姫が『ごめんね』って言った気がした。




