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episode97

 アロード・テルメロイ。

 当然その名を知っている。

 稀代の天才科学者にして世界最大の犯罪者。

 バーバリアンを作り出した男。

 今やこの世界で知らぬ者はいないと言われている人間。

 そんな人物が今、目の前に。

 ……いや、そんなはずがない。

 こんなところにいるはずがない。


「もしや信用されていないか? まぁそれが当然だろうな。……これは余談だがな、人を疑うということは人を信じることと同じぐらい大切なことだ。人を疑うことができるということは、『疑う』という自分自身の意思、主張が存在するという証拠だ。逆になんでも信じる人間はあまりいいとは言えないな。なんでもホイホイ信じることは、自分自身の意思ではなく他人の意思に寄りかかっているとも言える」


 アロードを名乗る老人は、本題から大きく逸れて人間観について語り出した。それにどういった意味があるかはわからないが。


「……そう簡単には信じられませんよ。何か証拠はあるんですか?」

「証拠か……そうだな、ではフーリッシュアクトとは何かを説明するとしようか。……フーリッシュアクトは私が8人……一般的にはオリジナルと呼ばれているのだったな、とにかくそのオリジナルたちが暴走して私に反旗を翻さないように仕組んだ緊急停止システムだ。Cユニットから全身各部に流れる粒子供給ラインに粒子だけを遮断するフィルターを差し込むことで供給をストップ、機体を停止させる」


 知っていた。

 老人は傷裏たちがここで語っていない内容を知っていた。

 いや……しかし……。


「顔は整形か?」

「そうだ。私は追われる立場なのでな、こうでもしないとやっていけないんだ」


 市原が質問に老人は答えるた。この老人はアロード・テルメロイの顔ではない。それが彼をアロード・テルメロイとは思えない理由の1つだったが、整形の2文字で難なくカタがついた。


「それにしても驚いたな。まさかあのシステムを回収してる輩がいるとはな。バーバリアンの基礎図面が公になった時からおかしいとは思っていたが、なるほど、確かにあれほど金銭的価値を生むものはないだろうな」


 金銭的価値。

 それについての会話は、今ここではしていなかった。それを聞くことなく理解するということは、並大抵の洞察力ではできない。


「他にどのような証拠があれば、私をアロード・テルメロイと認めてくれる? オリジナル8機の個体名を言えばいいのか? フール・ネットワークの閲覧認証パスワードを言えばいいのか? それともテルメロイの乱で私がどこを襲撃したか1つ残らず言えばいいのか?」


 フール・ネットワークもまた、今の会話では登場しなかった名詞だ。

 もう、認めるしかないか。


「……わかりました、あなたがアロード・テルメロイだと認めましょう。その上で聞きますが、なんの用ですか?」

「なんの用……ということもないんだが、言っただろ?興味深い話が聞こえたから近づいてみただけだ」

「そうですか。では少し聞かせてもらってよろしいですか?」

「何かね? 私が答えられるものなら答えるが」

「なぜ、テルメロイの乱を起こしたんですか?」


 それは誰もが知りたがる絶対にして究極の命題だ。

 世界を崩壊させ、絶望させ、ありとあらゆる情勢を作り変えた男。その目的、思考、真理。

 アロードは数秒黙った。

 そして開口。


「私はな、世界を1つにしたかった」

「世界を……1つに?」

「そうだ。世界は古来から国籍文化人種宗教といった具合に分裂し続けている。同じ人間という生物として生まれたというのに、これはあまりにも残念だ。私はそう思い、どうすれば世界は1つになるかを考えていた」


 子供の頃、考えたことはないだろうか。

 誰もが仲良く生きることができたら。

 どこの国の人もわかりあえたら。

 それは子供だからできる発想であって、成長するにあたって色んなことを知ってしまうとそれがどれほど困難かを理解し、挫折してしまう。

 しかし、アロードは挫折しなかった。


「ただ、歳を取ってしまったせいかどうかは知らんが、正攻法ではどうしようもないことは十二分に理解してしまっていた。……だから裏技を使わせてもらった」


 それがテルメロイの乱だった。

 世界を1つにするため、全世界を敵にした。


「世界を1つにまとめる最も手っ取り早い方法は、共通の敵を作ることだ。それが私という存在と、8人のオリジナルだ。人々は私たちを恐怖の象徴とし、絶対的な悪とし、結果として私の望んだ通り、世界は1つになった」


 共通の敵を倒さんと躍起になった。

 そうして、オリジナルたちは討たれた。

 1つになった世界によって。

 しかし。

 市原は反論する。


「それはその場しのぎでしかなかった。世界はあんたたちという共通の敵を失うとすぐに分裂した。いや、確かに小国が消えたり大国に合併併合されたりしたが、それでも分裂は分裂だ。あんたのやったことは無駄だったんだよ」


 市原の言うことはもっともだった。いくら高尚な目的を語っていても、所詮は世界を恐怖のどん底に陥れた大罪人でしかない。どう言葉を繕っても、それは許されざる行為だ。

 それを問うと、アロードは神妙に頷いた。


「確かにそれは否定できない事実だ。私は大罪人だ、諸悪の根源だ。だが、捕まるわけにはいかない。私が捕まるということは、世界の敵が完全にいなくなるということだ。それは世界が完全に分裂してしまうことを意味しており、あの戦いで死んでいった者たちの犠牲を無にしてしまうことだ。それは、ダメだ」


 そこだけ、アロードの口調には確かな感情が込もっていた。

 信念があった。

 思いがあった。


「私の野望は失敗に終わった。世界は1つになることなく、あいも変わらず憎悪と欲望による戦いに明け暮れている」


 失敗程度では済まない。確かにバーバリアンという最先端技術を多国に提供し、第三次世界大戦のきっかけを作ったのはイチハラであるが、それ以前に、バーバリアンを作り出したアロードは逆に世界の一体化を阻害しているようにも見える。

 だが、アロードはそうは考えない。


「だが私は諦めない。挫折しないし、立ち止まらない。1度始めてしまったことだ、中断はできんよ。今は失敗に見えたとしても、それは成功への布石の1つとなる。目の前の事実を見るだけではなく、もっと視野を広く、遠く見るということだ」

「でも、仮にあなたが望む成功に世界が到達したとしても、その時までにはたくさんの人が死んでいることになります。彼らの命は捨て駒ですか?」

「それは違う、少年。命は捨て駒にはなり得ない。命というのは、架け橋なんだ。何かを繋ぐ橋。生きている人間も、死んだ人間も、皆等しく架け橋となる。死を糧に、生を糧に、人間は存在できる」

「じゃあ、理不尽な戦争で人が死んでも、それは架け橋になるから仕方ないと?」

「仕方ないとは言わん。人が死ぬことは悲しいことだ。だが、生だけを糧にしても人間は成長できない。死を糧にし、乗り越えなければ、世界の一体化など到底叶わない」


 その業は、私が背負う。

 アロードは確固たる意志を示した。


「……それでは聞きます。死んだ人間に固執し、復讐心に囚われることはいけないことでしょうか?」


 市原が驚いたように傷裏を見る。今発した言葉が誰のことか、当然理解していた。

 しかし、何より驚きなのは、傷裏が復讐を間違ったことだと認識しかけていることだ。

 アロード・テルメロイの言葉が、そして傷裏が出会ってきた人間たちが、傷裏の本質を変えかけていた。


「……これは私の個人的解釈だが、それは半分正しくて半分間違っているだろう。……死に固執するということは、過去に縛られている証拠だ。前に進み出すことができずにいる。これでは獄囚と同じだ」

「そう、ですか……」

「しかし、死んだ人間を思いやれることは大切なことだ。人間、誰かを本気で思いやれることは意外に難しかったりする。底なしの復讐心とは、裏返せばその人をどれだけ大切に思っているかということなんだ」


 復讐という行為そのもの善悪を、アロードは語らなかった。それは最終的な結論は本人に任せるという意思表示なのだろうか。


「さて、長々とジジイの話につき合ってくれて感謝するよ。歳を取ると喋り相手が無性に欲しくなるものでな。その礼と言ってはなんだが、これを渡しておこうと思う」


 アロードの手招きに従って傷裏が手を出すと、その上に何か固いものが置かれた。

 見ると、それは電子機器などで使われる基盤だった。幾重にも重なった複雑怪奇なそれは、バーバリアンの演算ソフトに組み込むものだとすぐにわかった。


「フーリッシュアクトに対しての裏技処方アイテムだ。それを組み込めばフーリッシュアクトの効果は発揮されない。個体限定だがな」

「っ⁉︎」


 さらにそれがもう1つ。これで2機はフーリッシュアクトを無視して戦闘に参加できる。


「これである程度の戦力は用意できるだろうから好きに使ってくれ。それじゃ、私はどこぞへと去るとするよ」

「……あ、待って!」


 自然にその場を去ろうとするところを、傷裏が慌てて止める。既に彼は10メートルほど移動しており、首だけをこちらに向けた。


「なんだい?」

「どうして……これをくれたんですか?」

「言ったろう? ジジイの長話につき合ってもらった礼だよ。それに、今の私にそれは必要ないものだからな」

「たったそれだけですか? そんな程度の理由で僕たちに肩入れするんですか?」

「そんなに理由が欲しいかね? だとしたら、君たちの敵が私の敵だから、とでも思っておいてくれ」

「敵?」

「深い事情は知らんが、きっと君たちの敵は世界の一体化を阻害する存在だ。そんな存在は見過ごせん。あいにく今私にできることは、君たちにそれを託すことぐらいだ」


 追及の言葉は見つからなかった。

 アロードは柔らかい笑みを見せ、ゆっくりと闇の中へと消えていった。


「……龍」


 彼の姿が見えなくなり、足音も消え失せると、市原が口を開いた。


「それは俺が預かっておく。何かトラップが仕掛けられていないかを調べるため念のために、それとこれの複製ができるかを洗ってみるつもりだ。だから傷裏、お前はもう帰れ」

「わかりました」


 市原に基盤を渡し、傷裏は家へと向かった。

 その時、傷裏は知らなかった。

 黒崎梨々香が、行方不明になったことを。

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