episode98
黒崎梨々香が消えた。
それは傷裏と黒崎が駅で別れ、現在までの間に起きた。
家に着いたが誰もいない。彼女は真っ直ぐ家に帰ったはずなのだから、もう家にいないとおかしい。
電話は通じない。向こうの電源が入っていないらしい。
誰かと一緒にいるのではないかと考え、ついさっきまで一緒にいた全員に聞いたが、皆一様にわからないの一言だった。
傷裏は夜の街を走った。連絡を取った皆を一緒になって探してくれたが、結局見つからなかった。
警察にも連絡したが、案の定まともに対応してくれなかった。「明日になれば帰ってくるから心配するな」と言われたが、彼女が連絡もなしにいなくなるような人物ではないことはわかっていた。
深夜になっても黒崎は見つからず、捜索は明日に持ち越されることとなった。一同はなんとも言えぬ空気の中、帰宅した。
翌日になっても、黒崎は行方不明のままだった。メールの1つすらない。これはさすがに異常だ。
そう思っていた時だ。傷裏の携帯に1通の着信が届く。発信者を確認すると、なんと黒崎の携帯だ。
「もしもし黒崎さん! 大丈夫⁉︎ 今どこにいるの⁉︎」
『やぁ』
ゾワッと、背筋が凍った。
違う、間違いようがない。
今、携帯越しに聞こえた声は、確実に黒崎梨々香のものではなかった。
それと同時に、知っている声だった。
同じ声が重複しているかのような奇妙で不気味な錯覚に陥るほどの嫌悪感を持つ声。
「……イチハラ、どうしたあんたが黒崎さんの携帯を使っている?」
『黒崎? あぁ、そうか。どこかで見た顔だと思えばこの少女、あの黒崎グループの娘か。君と一緒にいた少女を適当に捕まえたつもりだったのだが……なるほど、確かに言われてみればあの社長に似てなくもないな』
「僕の質問に答えろ」
『まぁそう急かすなよ。別にこの少女を殺そうとは思っとらんよ。ただ、身柄は預からせてもらった』
「なんだとっ⁉︎」
傷裏の平静は既に失われた。焦りや怒りが傷裏の精神をかきたてる。
『返してほしければ、私が今から言う場所にバーバリアンを持って来い。ちなみに1人で来いとは言わん。君の持つコミュニティを最大限利用するがいい』
「何が目的だ!」
『目的? そんなものは簡単だ。私は己の欲望を満たしたいだけだ』
「欲望だと?」
『そうだ。私は世界の全てを、大地に大海に大空に国家に文化に人に軍事に、この世の万物を、天上天下森羅万象をこの手に収めたい。理屈ではなく、そういう衝動、本能なんだ』
「……強欲だな」
『認めるさ。……私の欲望は満たされない。グラスの中にどれほどワインを注いでも永久にいっぱいになることはない。私は満足を求め、その末に辿り着いたのが、戦うという欲求だ』
「戦う?」
イチハラの感情が高ぶっていることが声を聞くだけでわかった。それがとても奇怪であり、不快だった。
『戦いはいい。単純明快に欲望を満たしてくれる。破壊という快感、断末魔という美しい音色、殺すという愉悦。全てが私を満たしてくれる』
「……狂ってる」
『だが足りない。ただ殺すだけでは足りないのだ。絶体絶命のピンチ、死の恐怖、そして痛み。そういうスパイスがなければ、私は満足できない!』
「それと黒崎さんに、なんの関係があるっていうんだ」
『君を呼び寄せるためだ、傷裏龍。君のことを調べさせてもらったのだがな、君はなかなか強いらしいじゃないか。そして君の仲間もしかりだ』
「……場所はどこだ」
『ちなみに、フーリッシュアクト他多数のトラップを用意して待っているよ。まぁ、その時点で負けてしまえば君はその程度だったということだ。残念ながらその時に退場してもらう』
「場所はどこだと聞いているっ!」
『ーーーーーーーー』
イチハラから場所を聞き、通話を切る。
そして市原に電話をかける。
「市原さん、トレーラーを1つ貸してください」
トレーラーを走らせること10分。指定の場所に到着した。ここはテルメロイの乱を機に荒廃都市に変貌し、今では人がいないゴーストタウンとなっている。
「市原さん、ありがとうございました。もう帰ってもらって結構です。終わりましたらまた呼ぶので送迎をお願いします」
「それは構わんが、本当に1人で行く気か?」
「はい。奴はフーリッシュアクトを起動させます。そうなれば動かせる人員は限られてきますから。2つの内1つはハルファスに積んでますから、市原さんは引き続きもう1つのデータを解析して複製作業を進めておいてください」
「……わかった」
トレーラーのコンテナが開き、片膝立ち状態のハルファスが姿を現す。トレーラーはコンテナを置いてその場から立ち去り、傷裏はハルファスに乗り込んだ。
「演算ソフト正常、Cユニット粒子濃度75%で安定、フレーム動作確認終了、アイカメラ誤差修正、各武装異常なし……全機器修正確認完了」
1つ1つのシステムの確認作業を終え、起動させた。
その時。
ガクンと、傷裏の体がブレた。
知っている感覚。これは……。
(人格の強制変換⁉︎ まさかこんなタイミングで……!)
驚いたが、逆に好機かもしれないと考えた。戦闘において、傷裏より『タイガ』の方が優れているからだ。本心としてはイチハラとの決着は自身の手でつけたいが、今は黒崎をより確実に助けられるかが問題だ。私情は捨てなくてはならない。
そう思い、覚悟を決めた。
「…………あれ?」
しかし、意識の断絶は起きなかった。
その代わり、自身の中に別の、よく知ったものが舞い戻ってきたことを感覚的に理解した。
『よぉ、こうして喋るのは久しぶりだな』
「『タイガ』!」
懐かしい相棒の声だ。別れはたった数日のはずなのに、『タイガ』との再開は数年ぶりのように感じた。
「やっとリンクが戻ったんだね!」
『そうらしい。そんでもって、お前が見た記憶は全部俺の記憶としてコピーされてるらしいんだが……俺がいない間にまた凄い急展開だな。黒崎に過去を暴露して、柳沢に告られ、ラスボスの登場か』
「大体そんな感じ。……それにしてもよかった。『タイガ』がいてくれれば百人力だ」
『あぁ……』
『タイガ』は返事をしたが、それはどこか煮え切らない何かを孕んでいた。
それについて問おうとした時、街にいくつも設置されている町内放送用のマイクからイチハラの声が発せられる。おそらく彼は街中に配備された監視カメラを使ってこちらの動きを見ているらしい。
『やぁ、傷裏君。待っていたよ。その様子だと、どうやらフーリッシュアクトを受けつけない仕様になっているらしいな。誰の仕業かは知らんが、これで存分に満足できそうだ』
話の内容から察するに、今既にこの一帯にはフーリッシュアクトが展開されているらしい。もし傷裏が昨日、アロードと出会っていなければ、もうここで詰んでいただろう。
『それではゲームスタートだ。ルールは簡単、今から君にこの街のマップデータを提供する。そしてマップに表示された赤いサークルのどこかに私、及び人質はいる。それを見つけ出すんだ。制限時間は無制限。ただ電話で言った通り、数多の妨害策を用意しているからそのつもりで頼むよ』
手元にマップモニターが表示された直後、傷裏は行動を開始する。ハルファスは跳躍し、空から街全体を見渡す。
(屋外とか建物の中とか、そういう簡単に壊れる場所にはいないはず。自分の身の安全も保障されないからだ。そうなると、隠れる場所は必然と決まってくる)
『……龍、そもそもあいつが事実を言ってるという保障はどこにもないぞ?』
「いや、多分それは大丈夫。あいつはこの戦いをゲームと言っていた。あぁいうタイプの人間は狂気的であると同時に綿密に計画を練るタイプだ。それぐらいの理性を持ってないと世界の軍事を掌握なんてマネはできるはずがない」
『まぁそうなるか』
「こういう人ってさ、無駄にルールだけは守るらしいんだ。それに当てはまるとしたら、多分嘘は言ってない」
『なるほどな……おい、早速追っ手がやってきたぞ!』
最終決戦、開幕。




