episode99
周囲16方向から迫り来る弾丸の雨あられ、そして同方向から押し寄せる数多のミサイル。これらは最低限の回避とBバリアの全面展開によって防ぐ。
無限に続くかのようなミサイル群を第2波第3波をかわし、地表に着地して黒崎の捜索を再開する。
「どこだ……どこにいる。大体隠れることができる場所は2つぐらいに限定されてくるけど……」
1つはバーバリアンの戦闘の余波程度では傷がつかないようなシェルターだ。この街ではそれが1つ設営されている。外観上では古びた倉庫を模しているが、おそらく粒子ブレードでも使わない限りは壊れることはない代物だ。しかしその耐久力は当然有限であり、これはないと即座に否定する。
2つ目……というよりこれが本筋なのだが、イチハラは既にアルカナなる機体に搭乗済みであり、いつでも移動可能戦闘可能な状態という可能性だ。仮に複座を用意すればそこに黒崎を拘束することも可能なはずだ。
「……まぁ、後者が現実的だろうね。あいつは戦うことに愉悦を感じるって言ってたし、それはきっと自らの手で、ってことのはず……」
そう結論づけ、傷裏はアルカナの捜索を開始する。機体の外観的情報は市原から聞いているので問題ないが、問題はそれがどこにいるかだ。イチハラから渡されたマップの範囲は少々広く、細かいところまでいちいち探すのは難しいと思われる。
「もう……まとめて一帯を焼き払っていぶり出すか」
『……おい龍、あれ見ろ!』
『タイガ』に言われて上空に目を向けると、12機の陸奥が降下してくる様子が目に映った。
陸奥はハルファスを包囲するように着地、全機が砲門を向けてきた。
タイムラグなどなかった。
一斉射撃が怒涛の勢いで流れ込む。
それは上空に逃れて回避したが、すぐさま砲門が向けられ、再度発射される。
「これってまさか、イチハラが権限を使って僕を殺させてるわけ⁉︎」
『だとしたらあまり喜ばしいシチュじゃねぇな。こいつらはただ命令されてるだけの哀れな軍人だ。そう簡単に殺すわけにもいかねぇ』
「わかってる。コックピットは……外す!」
グリフォンを構え、Cユニット排熱口を狙い撃つ。続け様、さらに2機を停止に追い込んだ。
ヒットアンドウェイ。距離を取り始めた時、ふとあることに気づく。
「……ん? ちょっと待って。今彼らがこの戦域で普通に戦ってるということは、今この場にフーリッシュアクトは作動していない。そういうことだよね?」
『確かにそうなるな。市原の話だと、フーリッシュアクトは個体別じゃなくて範囲性のシステムらしいからな。そうなると、今なら応援を呼べるんじゃないか?』
「そうか……ん?」
4機目に狙いを定めた時、異変は起きた。
まだ発砲していないというのに、目の前の陸奥が活動を停止した。粒子供給が止まったのだと視認で理解した。
その1機だけではない。周囲にいたその他全ても、完全に止まったのだ。
『やはり一般兵ごときでは君を倒すことは不可能らしい。ま、12機はさすがに少な過ぎたとも思うが、君は一騎当千のチーターだからな、仕方ないか。さっきまで停止させていたフーリッシュアクトを再起動させてもらった』
街のマイクから再度イチハラの声が流れる。
長ったらしい言葉の後、彼は言う。
『なら、こういうサプライズはどうだろう』
画面の奥のイチハラが指を鳴らす。
直後、遠くから2体の異形が飛来する。形状としてはトンボに近いのだろうが、なにぶんサイズが異常だ。古代では75センチほどのトンボがいたというが、これはそれよりもさらにでかい。目測では全長8メートルといったところだろう。
『古代に生息していたとされる巨大なトンボの名から取って、こいつはメガネウラと名づけた。現代のトンボに進化個体の細胞を移植することで過剰にでかくしたんだが、君で彼らのテストをさせてもらう』
2体のメガネウラの突進を回避し、グリフォンを発砲する。
しかし回避された。飛行ルートを予測して発砲したのだが、メガネウラはグリフォンの射線上に入る直前に突如急停止、身を翻しながら上空へ滑空して難を逃れたのだ。
『知ってるかね? 実はトンボという昆虫は機動性において他の追随を許さないハイスペックの持ち主なのだよ。ホバリングや急速な方向転換、さらに言えば羽が1枚千切れても飛ぶことも可能らしい』
メガネウラのスピードは確実な脅威だった。圧倒的な加速、そして予測不可能な小回りの効く機動性。それらが合わさり、ハルファスの攻撃はかすることも許されない。
スピードに翻弄され、苛立ちが募るが、逆に考える。いくら巨大で素早いといっても所詮はトンボだ。攻撃の手段は精々体当たりだけだろうが、それぐらいなら回避できる。
(たかがトンボ、なんとかなる)
『たかがトンボ、なんとかなる……そう考えているんだろ?』
傷裏の思考とイチハラの台詞が被った。
一言一句違わず。
恐怖した。
『傷裏君、それは軽率だ。確かにトンボは本来人間にとって敵にはなり得ない存在だ。しかしそれは普通のトンボの話であって、ここまで肥大化したトンボではその常識は通用しない』
気づくと、ハルファスは2体のメガネウラに接触されていた。6本の足で全身が絡め取られ、行動を阻害する。
『例えば……その巨体を高速飛行させるには強靭な筋力が必要となるが、本来小さな虫を食す際に用いられる顎の筋力もまた、常識を超えた力を発揮するということだ』
クワッと、メガネウラの巨大な口が開かれる。バーバリアンの装甲なら簡単に破壊できるだろう。
これは……マズイ。
「させるか!」
即座に対応する。
Bバリアの全面展開、メガネウラの肉体はその膨大な熱量に焼かれ、地に落ちた。そしてそれを追うようにハルファスも着地する。
『なるほど、バリアを防御ではなく攻撃に転用したのか。相変わらず、なんという機転の効き具合だろうな』
イチハラは素直に賞賛していたが、当然ながらそんなものは嬉しくもなんともない。逆に苛立ちを増大させるだけだ。
『なら、これはどうかな?』
新たな羽音。メガネウラのものだ。それも1や2ではない。3、4、5……いや、それ以上。
『おいおい、この数はさすがにインフレじゃねぇかぁ……?』
『タイガ』の声のトーンが下がったことも致し方ない。こんなものを見せられれば、誰だって絶望の1つはするものだ。
新たなメガネウラ。その数、目で数えられるだけでも30。実質はそれ以上だと思われる。
「いや、まだ大丈夫だ。結局あいつらの攻撃方法は体当たりか噛むの2パターン、どちらも近距離戦闘だ。なら、タイミングよくBバリアを張ればカウンター的に撃退できる」
『ま、そう思うのが妥当だろうな。だがしかしだ』
またもやイチハラの介入が入り、すぐさまその意味を理解する。
多数のメガネウラの翅の振動。
あの巨体を超高速で動かし、バーバリアンと並走、もしくはそれ以上の速度を弾き出すだけの翅。
超音速による、刃状のソニックウェーブが襲いかかる。
「そんなことまでっ⁉︎」
急いで回避体勢に入ったが、気づく。
ハルファスの背後にいる、フーリッシュアクトによって稼動不能となった陸奥。
このままではその1機に当たり、陸奥は八つ裂きになる。
当然、パイロットも……。
「マズイッ!」
急ぎカバーに入る。陸奥を両腕で掴み、ソニックウェーブの嵐の射線から即時脱出する。
しかしその途中、ハルファスはソニックウェーブをわずかながら食らい、左腕がボロボロに損傷した。関節部がやられていたため、すぐにパージする。
「まずいな……さすがに戦域に取り残された9機のカバーをしながらメガネウラの大群を相手にするのはさすがに至難の…………」
推察を巡らしていた時、傷裏はこの状況がどれほど奇妙かということにようやく気づく。
「なぜ僕は……彼らを助けた…………?」
傷裏は人格の分裂によって感情のブレが発生した。好奇心の喪失もそうだが1つ、傷裏の感情問題について無視できない議題がある。
それは過度なまでの仲間意識。傷裏は友人や仲間が誰かに傷つけられることに対して何よりも怒り、逆に自身とは無関係な人間に対しては恐ろしく冷酷で残酷な行為も平気で行える。そういう人間だ。
そういう人間になってしまったはずだ。
しかしどうだ。今傷裏は、無関係な哀れな軍人を助けているいつもの傷裏なら容赦なく見捨てるに決まっている。
いや、そもそも異変は陸奥隊と戦ったときからあった。いくら『タイガ』からの警告があったとしても、傷裏は相手が哀れな軍人だとしても、難易度が少しでも向上するCユニット狙撃などというマネは不要にしない。単純にコックピットを狙う方が簡単だからだ。
それを踏まえて考えると、今の傷裏は一体なんだというのだろうか……。
『……やっぱ、そうなるんだな』
「ねぇ『タイガ』、さっきから変だよ? もしかして、というかもしかしなくても、君は何か重要なことを知っているんじゃないのかい? それも、僕と君に関することで」
『……』
「答えてくれ、『タイガ』」
しばらく時間が過ぎた。当然メガネウラの脅威はあったが、それは遮蔽物に身を隠してやり過ごした。
やがて、『タイガ』大きなため息をつく。疲労からくるものとは別で、諦めの感情が読み取れた。
『どうせいつかはバレることだしな、仕方ねぇ。……龍、今から言うことをしっかりと聞けよ?』
「……うん」
前置きの後、『タイガ』は言った。
『俺ともうじき消え、お前の一部として戻る。こうして会話できるのは、おそらく今日限りだ』




