episode100
「『タイガ』、それどういうことだよ!」
『どうもこうも、言葉通りの意味だ。俺は消えちまう。お前が俺のいない間に散々考えてた、1つに戻るってことそのものだ』
『タイガ』の言葉は驚愕程度の言葉で推し量れるものではなかった。
相棒の消失。それは傷裏が最も恐れていた自体に他ならない。
『ありえねぇ話じゃねぇだろ。本来人格の分裂なんてそう簡単に起きていいもんじゃねぇんだ。そりゃぁ、俺が生まれるまでの経緯は決して軽いもんじゃねぇけど、それでもそんな非現実的なこと、そうそうあっちゃいけねぇんだ。そんなイレギュラー、修復されて当然だろ』
「そんな……だって今、僕と君は再びこうやって会話できてるじゃないか!僕たちのリンクが断絶されて断続的に表の交代が繰り返される。それが一体化の予備現象なんじゃないの⁉︎」
『詳しいことは俺にもわかんねぇけどさ、多分タイムリミットが秒読みに入ってんだよ。だから逆にリンクが復旧した。これはもう後がないっつう最終勧告なんだ』
「……いや、認めない」
傷裏の体は恐怖で震えていた。
やはりと言うべきか、傷裏には強迫観念に近いものが植えつけられていた。
これ以上仲間を失いたくないという、強迫的思いが。
「僕は認めない! 『タイガ』が消える? ハッ、馬鹿馬鹿しい。大体証拠はどこだよ? 消えるっていう証拠は、どこにあるんだよっ!」
『理屈なんてねぇ。感覚的にわかっちまうのさ、俺の精神が……そう長くは保たないことぐらい。自分自身のことだからな……』
弱々しい口調だった。いつもの勝気な凄みはどこかへと消えていた。
だから、それゆえに、わかってしまうのだ。
『タイガ』が言っていることが、嘘ではないことを。
『……だから話したくなかったんだ。言ったらお前、戦いに集中できないだろ』
「できるわけ、ないだろ……。君が消えてしまうかもしれないっていうのに……無理に決まってる」
『龍、1つ言っとくぞ。俺はどうあがいてももうじき消える。だけどそれは戦うからじゃねぇ。時間が毎秒確実に流れるように、抗えない自然の摂理なんだよ』
どうすることもできない。
いやそもそも、どうにかする必要がない。
『龍、まず前提として話しておくが、俺が消えることはお前にとって有益だ。俺が奪っちまった「人間として持つべき感情」をお前は再び手にすることができるんだ。たとえ過ちとして認識している好奇心も、本来持つべきものなんだ』
「そんなこと、知らない。『タイガ』、君は消させない。なんとしても」
『いいや消えるんだ。それが俺の宿命だ』
「宿命とかそんなの知るかよ! 僕はただ、君と離れたくないだけなのに……」
『いい加減、相棒離れの時期っつうこった』
『なるほど、面白いことを聞かせてもらったよ傷裏君……いや、今はご両人か』
イチハラは楽しそうな含み笑いをこぼす。
それと同時、多数の機械音が同時に響く。それはバーバリアンの起動音であり、一帯のフーリッシュアクトが停止したことを示していた。
陸奥は即座に行動再開、各機がハルファスに銃口を向ける。傷裏もまた感傷に浸っている余裕はなく、敵襲に対して構える。
が、次の瞬間。
ハルファスをかわすかのように、多数のソニックウェーブが駆け抜けた。それらは全て、9機の陸奥を粉微塵に切り刻んだ。
「……なっ⁉︎」
『君が彼らを庇うなので、そのような戦闘の邪魔者は排除させてもらったよ。元々、メガネウラを見られた時点で始末は決定していたけどね』
「この……クズ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
怒りのままに突進、空中を飛び回るメガネウラに発砲するが、その予測できない素早い動きにかわされ、翻弄される。なんとかソニックウェーブは回避するが、そろそろ装甲にかすり傷が生まれてきた。直撃も時間の問題か。
そしてついに、全方位をメガネウラに包囲された。ライフルは当たらず、ケルベロスシステムも空中では使えない。一方的なソニックウェーブの嵐によるが待っているだけだ。
「まずい、さすがに数が……っ!」
『これでチェックだ』
メガネウラによる処刑が待ち構えていた、その時。
4体のメガネウラが、突如爆発四散した。
「っ⁉︎」
『っ⁉︎』
『っ⁉︎』
それを見た全員が、イチハラでさえも息を飲んだ。
ハルファスが手を加えたわけではない。かといって自壊したわけでもない。
そうなると、ありえるのは。
第三者の介入。
『よぉ、龍。それに「タイガ」も。元気にピンチやってるか?』
新たな声だ。
そして、知っている声だ。
傷裏にとっても、『タイガ』にとっても、そしてイチハラにとっても。
それは下にいた。睦月ベースの銀色のバーバリアン。全体的に刺々しい装飾が多く、頭部は狼と人間の顔を融合させたような特徴的なフォルムを有していた。
そして、驚くべきはその得物。両手で握られているのはライフルでもブレードでもなく、槍。
粒子ブレードの刃を持つ槍。
それを持つバーバリアンのパイロット。
『よぉ、親父。親不孝に来てやったぜ』
市原斗真、その人であった。
市原の機体……名をクーフーリンがやったことは単純だった。
槍……ゲイボルグを振るう。それだけだ。
それだけで、槍が絶対に届かない距離であろうとも、メガネウラを破壊した。
何が起きたか、傷裏は理解できなかった。
いやそもそも、市原がバーバリアンを操縦できていることが、何よりも驚愕に値する事象だ。
それを問うと、市原は軽く笑う。
『龍、大事なのは俺がなぜバーバリアンに乗れるかじゃねぇ。俺がバーバリアンに乗ってお前らを助けに来たという客観的な事実そのものだ』
適当なことを言い、クーフーリンはさらに一閃、槍を振るう。
届かない。物理的に届くはずがない。
それなのに。
新たに4体が破裂した。
原理は読み取れないが、クーフーリンは何かをした。
『なるほど……そのトンボ、脆いな。こうも簡単に壊れるとは想定外だぜ』
メガネウラの大群は標的を傷裏から市原にシフト、ハルファスを無視し、クーフーリンに突撃していく。その間に3体のメガネウラに発砲、破壊したが、それでも対象は変わらない。トンボをベースとしているせいか、知能はそこまで高くないらしい。
と、考察している場合ではなかった。19体のメガネウラの大群がソニックウェーブを撒き散らしながらクーフーリンに押し寄せているのだから。
「市原さん!」
『心配するな、龍。これぐらい……なら!』
一閃。
19体のメガネウラは一瞬にして爆裂、肉片と鮮血だけを残して消え去った。
「市原さん……一体何を⁉︎」
『これといって特別なことはしてねぇよ』
ハルファスは地上に着地し、華麗に槍を振り回すクーフーリンの元に向かう。
「そもそも市原さん、今ここにバーバリアンを持って来ているということは、その機体には……」
『あぁ。だが心配すんな。アンチフーリッシュアクトのデータコピーは済んで、複製の仕事は頼れる奴に任せてきた。多分あと10分もしないうちに完了するさ。それより……ちょっとマズイ敵が出てきたみたいだぞ』
クーフーリンの指が遠くの一方を指差す。
見ると、明るい大空に1つ、謎の黒い影があった。視認できない距離ではないのだが、太陽の逆光のせいでよく見えない。
それは飛んでいた。一対の翼を有し、空間的自由を手にしていた。
それは10メートル級の人型だった。厚いとしか言いようのない筋肉に全身を覆われ、その巨大な図体だけでも圧倒的な威圧感があった。
それは傷裏の知るものだった。それもつい先日、福岡で邂逅し、散々傷裏を苦しめたものだった。
「そんな……まさか……」
それは、傷裏が戦った、アースガルズそのものであった。




