episode95
「市原家はな、世界の軍事力を裏で操っているんだ」
帰りの新幹線にて、傷裏の隣の席に座る市原はそう切り出した。
「なんです? そのB級漫画に出てきそうなチャチな設定は」
「まぁそう言うなよ。これは結構真面目な話なんだぜ?」
少し離れた席に黒崎他7名が和気あいあいと喋っている。この距離なら会話を聞かれることはないだろう。
「親父、外資系企業の社長だったんだ。RIDE・コーポレーションって知らないか?」
「あぁ……確か10年前に潰れたやつですよね。それなりに大きい会社だったのに経営難で突如倒産っていう……」
「そうだ。その倒産の原因はライバル社によるデマだったんだ。親父が不都合になるようなガセ情報を流されてな、今に至る」
「あれ? ちょっと待ってください。市原さんの家は確かホテルすら管轄に収める大財閥なんですよね? でも今は倒産って……」
「まぁ待てよ。順を追って話すから」
今の傷裏は急いていた。やっと出会えた憤怒の矛先に逃げられたためだ。どこへ逃げたかわからないため、そして柳沢たちを巻き込まないため、とにかく1度帰るしかない。
「RIDEが潰れた数日後、あれが起きた」
「あれ?」
「テルメロイの乱」
軍事の常識を根本から変えた世界的大事件。
「誰もが恐怖と絶望に呑まれていたあの時、あいつは何を血迷ったか、あの乱をチャンスと捉えやがった」
「チャンス?」
「稼ぎ時ってことだ。あいつは仮にも大企業の社長だったからな、それなりの人脈があったんだよ。それを利用してあの野郎、オリジナルのうちの1人の隠れ家を見つけやがった」
テルメロイに買われてバーバリアンを駆った8人のイカれたパイロット。世間は彼らを畏敬の念を込めてオリジナルと呼ぶ。
「その1つは石川県金沢市にあったそうだ。そんでもってオリジナルの1人を殺した。死体は燃やしたそうだ」
「……それで?」
「そこであいつは見つけたんだ。フール・ネットワークっつぅパンドラの匣をな」
「フール・ネットワーク?」
初耳の単語だった。少なくとも、パンドラの匣と称すほどなのだから並大抵のものではないとすぐに理解した。
「フール・ネットワークはバーバリアンの基礎設計データだ。装甲やフレーム、それにCユニットの内部構造や製造過程っていう感じの情報がこれでもかと敷き詰められてる。……しかしだな、こいつの真価はそんなもんじゃねぇ。フール・ネットワークに内蔵された最上位信号発信装置、それがフーリッシュアクトだ」
「フーリッシュアクト……確かあいつが言っていた、Cユニットを停止させるっていうやつですよね」
「あぁ。原理的にはCユニットから各部に流れる粒子の供給ラインにシャッターを展開することで供給をストップさせるものらしい。多分これを作ったテルメロイはオリジナルの反乱を防ぐためにあれを用意したんだろうな。……あいつは現代の主力軍事兵器を丸ごと手中に収めやがったんだ」
それがどれほど規格外で馬鹿げていて無理難題なのは誰でもわかる事実だった。
しかし、アレはそれを可能にしたと、市原は告げる。
「だから公に報道された『オリジナル8人を全員確保した』っつうのは市民の動揺を煽る事態を避けるためのデマだ。1人だけ消息不明生死不明、なんて報道できないだろ」
「……ですね」
「そしてテルメロイの乱が終息してしばらく経ったぐらいの時、あいつは動いた。手に入れたフール・ネットワークのコピーをACUとEUCに譲渡する代わりに多額……それこそ国家規模の金を要求し、国はそれを受け入れた」
「世界を破滅させかけた軍事力……欲しくないはずがないですよね」
「そういうことだ。さらに言うとだな、あいつはフーリッシュアクトも盾にしやがった。仮にお前たちが私に危害を加えることがあればこれを作動させて軍事力をおじゃんにする、ってな。それを条件にあいつは定期的に多方面から多額の資金を受け取る収賄関係を作り、市原家をここまで大きくした、ってことだ」
ここで傷裏は理解した。市原がなぜ多大な権力を有していたのかを。
軍事力を支配するということは、それすなわち国の存在を左右するということだ。アレの台詞から察するにフーリッシュアクトは範囲的、もしくは個体別の制御が可能ということになり、その気になればある1つの国の軍事力だけを停止させることもできる。それを恐れ、どの国も市原家に手出しはできず、軍事とは関係ない特別待遇も仕方ないということだろう。
「……とまぁ、これが市原家の経緯だ。理解してくれたか?」
「えぇ、大体は。でも、肝心の話は聞いてませんよ。……なぜ、あいつは兼六園に爆弾なんて仕掛けて、焼失させたんですか?」
「……お前が求めている答えは、そこにはないと思うぞ?」
「それでも構いません。僕は真実を知らなければいけないと、そう思うんです」
「あの時は聞く前に殺しにかかってなかったか?」
「あの時はお見苦しいところを見せてしまいました。2年間捜し求めていたやつと出会って少々精神が不安定でした」
「今は……大丈夫なのか?」
「はい、なんとか。少なくとも、『出会い頭に』殺すことはありません」
殺すことには変わりない。
それを聞き、市原は嘆息する。
「……2年前、あいつがフール・ネットワークの情報を洗っていた時、石川の兼六園に2つ目のフール・ネットワークがあることに気づいた。石川はオリジナルの1つが隠れ家としていた場所だったからな、あっても不思議ではない」
「……そして、それを回収した?」
「いや、破壊したそうだ。第三者の手に渡ることを防ぐためにな。とはいっても、最終的にどこに隠してあったかはわからなかったらしい」
「……いや、ちょっと待ってください?」
今の言葉、おかしくなかっただろうか?
兼六園にフール・ネットワークがあった。
アレはそれに気づき、破壊した。
しかし、それが兼六園のどこにあったか、破壊した本人すら知らないという。
そこから導き出されるアンサーは……。
「…………………………いや、ちょっ……まさか、いや、ありえない……そんな狂ったことを人間ができるわけ……」
「……理解したか?」
傷裏は口にする。
自分の導き出した推察に酷く恐怖し、しかしそれ以外の結論が見当たらないことに絶望し、口にする。
「…………フール・ネットワークを、壊すためだけに……兼六園を爆破、した……?」
たった1つのものを壊すためだけに。
何十何百という命を犠牲にした。
個人の平穏のためだけに。
多数の平穏を地獄に変えた。
ありえるのか。
こんなことがありえるのか。
人間が、ここまで非道なことをできるというのか。
そんな理由のために。
そんな理由のためだけに、傷裏の両親が殺され、傷裏が絶望したというのか。
市原を見る。彼は何も言わず、ただ暗く悲しい表情をしていた。
ただ。
これで済めば、まだよかった。
「龍……残念だがまだ話は終わりじゃないんだ。奴の話では、フーリッシュアクトはあと4個近くあるらしいんだ。これが何を意味するか……わかるか?」
「……それらが隠されてる4ヶ所も、兼六園同様に爆破対象となる恐れがある……?」
ここまでくると、それはもうテロの領域だった。
国家によって安全を保障されたテロ。これほど奇怪で恐怖なものはないだろう。
「……市原さん、アレ……イチハラの住みか、もしくはいるであろう場所を全力で見つけ出してください」
「え?」
「僕、確実に決心しました」
少しは考えたことがあった。
いくら非道なテロを行うとしてもあくまで人間の所業。人間なのだから善の心があり、信じるものがあり、それを行うだけの理由があると思っていた。
しかし、これはダメだ。
どうしようもない。
自らのためだけに、多数の人を殺した。
傷裏の大事な人を亡き者にした。
傷裏の人生を狂わせた。
もう、迷っていられない。
「僕は、必ず奴を殺します」




