↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
95/110

episode94

 旅行、最終日。

 傷裏はまた、早く目が覚めた。

 自身の胸に手を当ててみる。やはり『タイガ』からの応答はない。

 この現象はいつまで続くのだろうか。

 そして、最終的にはどうなるのか。

 仮に『タイガ』がいなくなったらどうなるかを考えてみた。結果として、それは寂しくなるという単調な感情で説明がついた。

 いや、もしかしたら逆に傷裏が消えるかもしれない。今まで考えてこなかったが、フィクションでよく見る人格同士の食い合いというものは、より貪欲な者の方が生き残る場合が多い。それを踏まえると、自身はどうなのか不安になる。


「……ん?」


 そんなことを考えていると、傷裏は自らの携帯に1通のメールが届いていることに気づく。送り主は市原、受信されたのは1分前。

 そこで周囲を見渡すと、同じ部屋で寝ているはずの市原がいないことにもまた気づく。


『件名:重要案件

本文:旅行の玄関前にトラックを用意してある。早急に来てくれ』


 案件についての詳細は一切書かれていなかった。しかし、わざわざ『重要案件』と前置きをする点や、そもそも口頭で済みそうなものをメールを使用している点から、これは生半可な招集ではないとわかる。

 ということで、傷裏は手早く身支度を済ませ、部屋を出る。

 玄関に向かうと、確かにそこにはトラック……というよりトレーラーがあった。その荷台に乗せられたコンテナは通常のそれより全体的に巨大であり、細長い形状が若干正方形に近づいたような感じであった。

 その助手席に座ると、運転席で待ち構えていた市原はすぐに車を出す。


「市原さん、こんな朝早くから一体なんですか? それに呼び出すなら電話でよかったんじゃ……」

「電話だと他の奴らを起こしちまうだろうが。それに、お前ならメールの通知アラームだけで起きるだろうとわかってたしな」


 彼は笑わなかった。いつもなら茶化しの1つでもしそうなものだが、それがない。心の余裕がないとでも言えばいいのだろうか、とにかくいつもの市原ではなかった。


「龍、今日お前をこうしてわざわざ呼んだのは当然理由があるわけなんだが……」

「でしょうね」

「お前をこの道に巻き込んだ俺が言える台詞ではないが、最初から俺は反対だったんだ。それは謝っても許してもらえるものじゃないのは理解しているが、それでも……」

「ちょっ、市原さん? 一体どうしたっていうんですか」

「…………」


 どうやら口を開くことを渋っているようだった。いつもの市原を知っている傷裏から見れば、これはただ事ではない。


「龍、今から俺たちは兼六園跡地に向かう。そこで待ち合わせをしているんだ」

「誰とです?」

「俺の親父だ」

「市原さんのお父さん? なんでまた急に」

「……親父が犯人なんだ」

「犯人?」


 そこで一旦、傷裏は言葉を切る。

 ゆっくり、開口。


「親父は主犯なんだよ。兼六園焼失事件のな……」



 兼六園跡地。

 傷裏がここに訪れたのは3度目か。


『久しいな、斗真』

「色々言いてぇことはあるが、随分と様変わりしちまいやがったな、親父」


 そこにいた。市原の父親はいた。

 しかし、傷裏から見れば、ソレが市原の父親だとはどうしても認識できなかった。

 髪は白く、肌もまた白い。外観はとても若く、少なくとも20代前半のそれだ。40代の市原と親子関係はなし得ない。

 そしてもう1点。

 コレは人間なのだろうか。

 まず声に違和感がある。重複したような、多人数が同時に同質の声で喋っているかのような感覚に陥る。

 そして外観にも違和感は尽きない。それは年代的な意味ではなく、生物的に嫌悪感を抱かずにはいられない。

 なんだこれは。

 なんなんだ。

 ソレは言う。


『おいおい斗真、父親には敬意を払うものだぞ? その敵意剥き出しの口調はいかんな。私はお前に呼び出されて仕方なく来てやったんだ。相応の態度があるだろう?』

「俺は今、世界中の誰よりもあんたを親父とは思いたくねぇよ。……自分の体に何しやがった」

『何、と言われてもな……色々なオーバーテクノロジーを接続して強化、補正を加えただけだが?』

「補正だと?」

『あぁ、そうだ』


 ソレは小さく笑っていた。普通の人間が行えば和むものだが、コレの場合だと恐怖のみが生成される。


『Revolutionプログラムの進化個体技術。これの最適な性質だけを摘出して私の体に取り込んだ。これによって不老の体を手にしたよ。不死、とまではいかないが十分人智を超えられた』


 進化個体。それは傷裏のよく知る……というより関わった度合いからすれば当事者といっても過言ではない存在だ。


『ただ、実はこれだけではない。私が進化個体の性質を取り入れたのはつい最近のことでな、それ以前に私は東郷平蔵が作ったクローン技術を拝借していたんだよ。正確にはクローン技術が有する「遺伝子単位の模倣性」だけを抽出させてもらったんだがな、20代の人間のDNA情報を約1万人分集計して肉体にそのままトレースした結果、数日でこの若さ溢れる体を手にすることができたわけだ。まぁその弊害か何かは知らないが、髪や肌が異様に白くなり、男性か女性すら判断がつかない体になったわけだが』

「……相変わらず、あんたの思考回路は吐き気がするほど気持ち悪いな」


 クローン。これもまた傷裏と接点のあるものだ。これは偶然程度では済まない。

しかし。


「……です」

「……龍?」


 傷裏の肩が震えていた。ソレを見つめる眼差しは憎悪の一言であり、既に彼が平常ではないことが明白だった。


「そんなこと……どうだっていいんです!」


 彼の手には拳銃がある。それは以前アウラから借りてそのまま返却を忘れて今の今まで手元に残っていたダーウィンだ。仮にこの男が進化個体の性質を有しているとしても、これなら殺すことができる。


「あなたがどこの誰か、そんなことはどうでもいい! 全く興味がない! 俺が聞きたいことがただ1つ……あんたが本当に、兼六園焼失事件の犯人かどうかだ!」


 銃口を向けた。

 自身の口調がまた『タイガ』と一体化していることにも気づかず、一心不乱に。

 傷裏は今にも引き金を引きたいという欲望を必死に抑えていた。コレが本当に犯人なのか、それをハッキリと自分の目と耳で確かめない限りは、この心の闇が晴れるとは思わなかった。

 ソレは拳銃に対して怯える様子はなく、記憶を遡るように空を見上げた。


『あぁ、その通りだ。私はあの事件の発案者であり、主犯格であり、実行犯だ』

「そう、わかった」


 ソレの淡々とした答えに、傷裏は静かに呟いた。

 直後。

 ソレが言い終えたと同時、傷裏は躊躇なく引き金を引いた。

 魔弾が放たれ、空を裂き、ソレの頭蓋を一瞬で貫いた。

 ソレはそれ以上動くことなく、地に伏した。


「……あんたの過去話とか、実はいい人でしたとか、そういうものには興味がないんですよ。僕はあんたを殺した。それだけで十分だ」


 傷裏の目を見て、市原を思わず退く。

 それは危険な目だった。いつもの優しさなど微塵も感じさせない暗く濁った目。

 そんな目を、ソレに向けていた。


「……復讐って微妙ですね。コレを殺したことに対して後悔とかはないんですが、なんか後味が悪いっていうか……殺したっていう達成感がないというか……」

『だろうな』

「っ⁉︎」


 声だ。

 あの怪奇な声だ。


『殺せていないからな、仕方ないさ』


 目だ。

 直視したくない不気味な目が傷裏を見つめていた。


『私はな、君が福岡で一戦交えたアースガルドの残骸を肉体に埋め込んだんだ。だとすれば、アレの持つダーウィン無効化スキルを有していても不思議ではあるまい?』


 ソレは起き上がる。

 何事もなかったかのように起き上がる。


『まぁこの再生能力も有限なんだがな……それより斗真、お前はその少年に私を殺させるためにわざわざ呼んだのか? だとしたら随分な反抗期だな。私はそんな愚息に育てたつもりはないんだがな』

「…………」

『用件は済んだか? なら私はこれで帰らせてもらうぞ。あいにく俺も暇なわけじゃないんだ』


 本当に、本当にソレは何事もなかったかのように、この場を去ろうと背を向ける。


「ま、待て!」


 当然それを許す傷裏ではない。

 銃がダメなら奥の手を使うしかないと判断し、懐からリモコンを取り出す。

 が、しかし。


『駐車場に置いてある大型トレーラー、お前が手配したものだろ、斗真。そこら辺の監視カメラを見ていたから知っているよ。あのコンテナのサイズなら中にあるのは……おおかたバーバリアンだろ?だとしたら無駄だぞ』


 いつも間にか、ソレの手にはボタンが1つついただけの簡易的なグリップがあった。ボタンは既に押されている。


『これはフーリッシュアクトだ。バーバリアンの中核であるCユニットを強制的に停止させる機能を持つ、緊急用アイテムだ。今回は命令信号の範囲を兼六園の敷地内に限定してあるが、やろうと思えば世界中のバーバリアン全てをボタン1つで止められる』


 その言葉が嘘だとは思わなかった。現に傷裏は今、オート操作でトレーラーの中に格納してあるハルファスを起動させたはずなのだが、ハルファスは一向にやってくる気配を見せない。


『詳しくは斗真に聞いてくれ、少年。私はここを去るとするよ。……ではまたな』


 優しく、しかし不気味を孕んでそう言い、ソレは悠然と去っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。