episode86
こちらは青島&唐沢チーム。
「…………」
「…………」
この2人は、初期状況から微妙ムード全開であった。
青島は想像がつくだろう。彼女が唐沢に対して抱いている想いは周知の事実だろう。
だが、そうなると唐沢の解説に納得がいかないはずだ。彼は青島の想いになど1ミクロたりとも気づいていない。本来の彼なら今頃隣に青島がいることも忘れて祭りをエンジョイしているはずだ。
ではなぜか。
(……やばい、どうしよ)
唐沢は平常ではなかった。いや、いつもの彼のバカさ加減は一般人基準で見れば平常ではないのだが、とにかく彼基準で彼は平常ではなかった。
その原因は、今隣で頰を染めながら近距離で歩いている青島にあった。
(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい! これは本格的にやばい! なぜだなぜだなぜだなぜだなぜだ! なぜ俺は今緊張しなければならなんねぇんだ!)
始まりは青島の浴衣を見たところから始まった。あの姿を見て、唐沢の青島に対する意識が一瞬にして変化した。
要は、ドキッとなったのだ。
「いやいや待て待て、さすがにないだろそれは。俺はお淑やか系一筋だって決めたじゃないか。だったら俺が抱いているこれはなんなんだ……!」
「あの……冬夜? 大丈夫……か? 体調悪いなら、言えよ?」
頭を抱えていると声がした。顔を上げると青島が心配そうに唐沢を見つめていた。
ただ、顔が近い。
「だ、大丈夫だ馬鹿! ……ところでさ……その鈴、似合ってるな」
「ん? あ、これか」
青島は両袖についた小さく可愛らしい鈴を見せつけてみせる。
「これ、母さんが浴衣につけてくれたんだ。可愛いだろ?」
「可愛いけど……おいちょっと待て。今母さんと言ったか? それ、レンタル店で借りたものじゃなかったのか?」
「あぁ……実はこれ、家から持ってきた浴衣だったんだ。皆で祭りに行くっていうから持ってきたんだが聞くと皆持ってきてなかったから言い出しにくくてな……」
恥ずかしそうに彼女は頭をかく。
そんな様子は、唐沢をドキドキさせるには十分な材料だった。
「おいどうした冬夜。顔が真っ赤だぞ?」
「だ、大丈夫だ! 俺はなんとも……ないか、らな!」
「そうか、ならいいんだが……。あ、なぁ冬夜、あれやろうよあれ!」
青島が楽しそうに唐沢の肩を揺さぶりある方向を指差す。唐沢も軽く赤面しながら言われた方を向く。
「あれって……金魚釣りか?」
「うん!」
「……意外とファンシーな趣味があったんだな」
「意外とって言うなよ……傷つくぞ」
青島は悲しそうに頰を小さく膨らませる。
(グハッ)
そういう、ぶりっ子にしか見えない行為でさえも、今の唐沢には十分過ぎるダメージを与える。
胸のむず痒さを増長させる精神ダメージを、である。
「……いやしかしだな、これから家に帰るならまだしも、俺たちは旅館に戻るんだぞ? さすがにあと1日ほどビニール袋の中じゃ……」
「あ、そっ……か…………ぅん……」
「だぁぁ! そんな落ち込むな、頼むから! そうだ、今日は俺が全部奢ってやる! 好きな屋台を好きなだけ回りやがれ! ヨーヨー釣りでも射的でも綿あめでもなんでもやろうぜ!」
「え、ホント⁉︎」
先ほどまでわかりやすく落ち込んでいた青島の顔は一気に晴天となった。太陽のような眩しい笑顔だ。
「グハッ!」
「冬夜⁉︎」
そんな笑顔は唐沢の耐久値を圧倒的に超えていた。いわばオーバーキルだった。これがギャグ漫画であれば唐沢は確実に吐血している。
「冬夜マジで大丈夫かおい! ホント辛いなら無理すんなよマジで! 心配するこっちの身にもなってくれ!」
(心配……されてる…………)
青島の心配は杞憂だったのだが、最後の一言が余計だった。
トドメであった。
「グフォァ!」
「冬夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
という感じで、なんとも言えぬ茶番を展開していたのであった。
あれは、いつ頃だっただろうか。
青島は思い出す。
唐沢との思い出を。
回想。
傷裏と青島は幼なじみであり、親友だった。小中高と同じ学校に進み、かつクラスも毎年一緒だったことは単なる偶然なのだが、とにかくよく喋っていた。
そんな中に、唐沢が入ってきた。特に何か重要なイベントがあったわけでもなく、ただ傷裏と席が近かったから。それだけだ。ちなみに青島の席は少し離れていた。
青島が唐沢に抱いた第一印象は、全体的にチャラいということだった。少なくとも、青島が仲良くしたい男ではないと、出会った時はそう考えていた。
『なぁ、お前らって恋人関係?』
唐沢は唐突に、傷裏と青島にそう聞いた。当然2人は否定した。2人はあくまで親友であり、それ以上ではないと互いに理解していた。
『そっかぁ……つまんねぇな〜』
そんな適当な言葉を吐きながら、唐沢は渋々納得したようだった。
それから、唐沢とはわずかに喋るようになった。ただし、彼はバカであり、チャらく、そしてセクハラ台詞が大半を占めていたため、やはり好きにはなれなかった。
そんなある日だ。
青島が1人で帰宅している際、薄暗い路地裏で数人の暴漢に囲まれていた時のことだ。正直言ってしまえば青島は1人で対処できたのだが……。
『おめぇら何してんだ!』
偶然通りかかった唐沢は怒鳴りながらやってきた。青島の手を掴んでその場を立ち去ろうとしたが、暴漢たちは当然それを許さない。唐沢を殴りつけた。
そこからは唐沢への執拗な集団暴行に変わった。唐沢も応戦したが、彼の拳は当たることはなかった。
青島は助けようとしたが、唐沢はダメだと言って聞く耳を持たなかった。絶対に助けるなと。
しばらくして駆けつけた警官のおかげで暴漢は去っていったが、唐沢はボロボロだった。
『青島……お前、無事か?』
唐沢は泣き言や弱音はおろか、痛いの一言も言うことなく、青島を心配する言葉をかけてきた。
だから青島は聞く。
『お前……辛くないのか? 痛くないのか?』
『あ? 痛いに、決まってんだろ……バカか。あれで痛くないとか、言ったら、マジで化け物……だぞ』
『……じゃあなんで、自分よりアタシを心配するなんてできるんだ……』
『そりゃ……あれだろ。男が女を守るのは、常識だから……だろ』
唐沢の声は途切れ途切れだった。やはり辛いはずだ。現に彼はそれを認めた上で、青島を助けようと行動したことを悔いる言葉は全く口にしなかった。
『アタシが女だからってなめてるだろ。アタシなら1人であいつらをやっつけれてた』
『そうか……それは、すまなかったな、ハハッ。……いや別にさ、お前が女だから弱いだろうって、思ってるわけじゃ……ねぇんだ。あぁ……あれだ、男とか女とか、そういうの言ったのは忘れてくれ。男とか女は関係ない。俺は……適当だからな、言葉に大事にしねぇ。ただ1つ、適当なんかじゃなく、信念をかけて言いたいんだが……』
小さく笑いながら、唐沢は告げる。
『人が困ってるなら、助けるのは当然だろ』
青島は呆然とした。
こんなヒーローみたいな、マンガの主人公みたいな台詞を堂々と吐く人間を目の前でいることに対し、本気で呆然とするしかなかった。
呆然は、やがて乾いた笑いに変わる。
『ハッ……ハハハハハ……お前、そんな台詞を吐くのはもうちょっと強くなってからにしろ。あれじゃ、弱過ぎる』
『だよな、ハハハ……その通りだよ、確かに俺は弱ぇよ。だけどいいじゃねぇか。大事なのは助けてぇって意思があることだ。それがあれば、俺はなんだってできる』
『……意思だけじゃ、できないことはある』
『いや、あるね。意思は万能だ』
強がるように、そう言った。
それからだろうか、青島と唐沢がよく喋るようになったのは。
唐沢は、決して強い人間ではない。喧嘩が強いわけでもなく、なおかつバーバリアンなどもってのほかだ。
ただし、唐沢は強い心を持っていた。
きっと彼は、他の誰よりも強い。それは当然ながら肉体面の話ではない。
明確な根拠はないが、青島は思うのだ。
唐沢は強い、と。
それが、青島が唐沢に恋する理由である。
回想終了。
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