episode87
今現在、青島は頑張っていた。
唐沢が倒れた後、青島は彼を担ぎ、人の少ないベンチまで移動し、彼を寝かせて座っていた。
訂正しよう。
『青島の膝』に『彼の頭』を寝かせて座っていた。
そう、膝枕というやつである。
彼女は彼が寝ていることを機に、彼に膝枕を敢行した。
「…………」
いざやってみてわかったのだが、膝枕というものはどうにも達成感より恥がある。人目につきにくい場所なため好奇の視線に晒されることはないのだが、やはり内的な恥は捨てられないようだ。
「…………むぅ」
唐沢を見る。気絶しているはずなのだが、どう見ても安らかに眠っている、という表記が1番しっくりくる。安眠とでも言えばいいのだろうか、少なくとも辛そうではなく安心する。
「まったく、1人だけ楽しそうにして……これでは浮かれていたアタシが馬鹿みたいじゃないか……」
青島は顔を膨らませるが、すぐに微笑に変わる。なんにせよ、青島は唐沢と一緒にいれることが嬉しくて仕方ないのだ。
しかしここで疑問が生じる。一体なぜ、唐沢はあの場で気絶したのか、ということだ。彼は頭を打ったわけでも何か衝撃的なものを見たわけでもなく、唐突に脈絡なく気絶した。理由なく気絶することはないはずなのだが、あれは一体なんなのだろうか。
「…………ん?」
ここで振り返る。唐沢の今日の行動を。彼は今日……というより祭り以降の彼の行動は、何かと不審な点が多かった。
第1に、青島の浴衣を彼に見せた時だ。いつもなら笑いながら青島の格好を馬鹿にするのだが、今回はなかった。むしろ気恥ずかしそうに褒めていたぐらいだ。
第2に、それ以降の彼の動きが不自然だった。チラチラと青島を見たと思ったらすぐに背けたり、顔が赤かったり、言葉の呂律が回っていなかったりといった具合だ。
今までこんなことはなかった。これは何か不運の前兆かもしれない。そう考え出した時……。
「…………待てよ?」
気づく。
ある人物を思い出す。
傷裏龍。
誰が見てもわかるのだが、傷裏は黒崎のことを好いている。おそらく気づいていないのは黒崎本人と柳沢ぐらいのものだろう(もっとも、その柳沢も気づいてしまったが)。
そんな傷裏、いつもは穏やかで柔和で冷静な男なのだが、恋愛面に関すると途端にダメ男になってしまう。いきなりあたふたしたり、口数が急激に増減したり、本人は隠しているつもりだろうが黒崎の水着姿や浴衣姿を見てあからさまに喜んだり、だ。
そう。
この傷裏龍に見られる不可解な現象と、唐沢冬夜に見られる不可解な現象は、どこか通ずるところがある。
そうなると……。
「…………え? い、いいいいや……まさか、そんな……ありえない、そう、ありえないだろそれは…………」
傷裏が黒崎に対し抱く恋慕の想い。
この方程式、『傷裏』をX、『黒崎』をYとして。
『唐沢』をXに、『青島』をYに代入すれば、この命題は証明されるのではないか……。
「いや、さすがにないだろ!」
そんな妄想を全力で振り切る。……あながち間違ってはいないのだが、それを青島が知るはずもなく。
「ないないないない絶対にない! ありえない、マジでアリエナイから! 自意識過剰も大概だ大概!」
全力で否定し、頭を左右に振る。こればかりは希望的観測が過ぎると言わんばかりに振りまくる。はたから見れば奇怪なことこの上ない。
「ありえ……ないだろ」
だが、それなら納得できる。
やはりそれなら理解できる。
しかしそれなら許容……。
「……って、できるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ついに発狂した。さすがに理解の限界点を超えていた。
ダメだ、このままではダメになる。考え過ぎてダメになる。
そう思い、目とメンタルの保養として唐沢の寝顔を拝む。ここまで近距離で大声を上げているにも関わらず唐沢が熟睡していることも十分凄いが、目の保養と脳内でハッキリと言い切れる青島も青島で凄いのであった。
「むぅ……」
とにかく唐沢を拝見する。何度も言うがぐっすりと眠っている。子供のように安らかな寝顔だ。見ていて心が和み、同時に顔が熱くなる。完全に恋する乙女だ。
そんなハイになっているからだろうか、普段は口にしないような突拍子もない台詞が自然と出てしまった。
「……キ、キキ……キスとか、今ならしても……いいかな…………」
話の飛躍もここに極まれりだ。
唐沢に顔を近づけながら、そう呟いた。
そして、ここで最大の失態。
「あ」
青島が大胆宣言をしたちょうどその時、唐沢がパッと目を覚まし、青島と視線が合う。
ゆっくりと起き上がり、自分が今まで寝ていたことを理解し、自分が何を枕にして寝ていたかを理解し、目覚めた直後に聞いた青島の台詞の意味をする。
要した時間、20秒。
じっくり時間をかけ、明確に理解する。
そして。
「キャアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
奇声をあげた。
女子のような奇声をあげた。
仰天した。
赤面した。
全速力で青島から距離を取り、近くの木の陰に身を隠し、少しだけ顔を出す。
「あ、あ、ああああ……青島ぁ⁉︎ お前、一体何やって、て、てててててて……ぇぇ⁉︎」
テンパりまくっていた。ビビっていた。まぁ当然である。目を覚ましたら女子の膝の上におり、その女子の顔が目の前にあり、告白同然の台詞を耳にすれば、誰だってさすがに驚く。さすがに「キャー」はないと思われるが……。
さらに。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
青島もビビった。唐沢から隠れるようにベンチを盾に身を隠し、ちょこっとだけ顔を出す。
「い、いいい……いやあの、それ違くて……いや、違うというかなんというか、かかかかかかかかか……」
メンタルダメージの点で言えば総量の大きさは確実に告げる側の青島が大きいだろう。いや、それにしても最悪の展開である。彼女の想定では告白というものはもっとロマンチックであることを願っていたのだが、これはさすがに色んな意味でぶっ飛び過ぎだ。そこにあるのは意外性と羞恥性だけだ。
「青島……さっきの言葉って…………そういう意味で……捉えていいのか?」
唐沢の表情は1ミクロの隙間を残さないほど赤かった。そこに嫌そうという感じはなく、むしろ嬉しそうという感じが強かった。
だが青島は……。
「う、う、ううう……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
思わず逃げ出してしまったのであった。
1人残された唐沢は、しばらくその場で立ち尽くしていた。
彼女の……青島の台詞を思い出す。
「あれって……そういう意味……だよな」
唐沢は鈍感である。ライトノベルの主人公かと疑いたくなるレベルの鈍感野郎である。第三者的に見れば笑いを通り越し、呆れすら通り越して怒りを覚えるレベルの鈍感男だ。
しかし、さすがにこの場合において彼の鈍感スキルは発揮されない。あそこまでハッキリと耳にしてしまえば流せる話でもないだろう。
キス。
それは異性同士が……特に好きな相手同士がするものだと唐沢は認識している。女子が男子をからかう際にも使われるというが、青島はそういうことをするタイプではないとよく理解していた。
ということは……そういうことなのだろう。
そうなると、返事をしなければならない。
「うぅむ……」
どうなのだろうか。今日、唐沢は青島を意識するようになった。しかし、当の唐沢はそれを否定している。
どうなのだろう。唐沢は、一体どうしたいのだろうか。彼女のことは大事な友人と思って今まで接してきたが、恋人かどうかと問われれ、わからないと言うしかない。
「わからない……けど、追うしかないよな」
そう判断し、唐沢も行動を開始した。




