episode85
「うっひょ〜! ヒロちゃん、これで3個目ゲットよ!」
淑女としてはあまり出してほしくない奇声を戸田が上げた。隣でその様子を見ていた神野は恥ずかしそうにうつむく。
ここで補足である。全員が揃った後、一同は好きなように別れた。
そうなると、固まるメンバーはお約束というように決まってくる。
その内の1つ、戸田&神野チームはお祭りというものを最大限エンジョイしていた。現在は射的の真っ最中である。
「ヒロちゃんヒロちゃん! ほら、しっかり狙って! あと1発しかないよ?」
「いや、わかってるんですが……難しいですよ。戸田さ……恵実さんは軍人だからまだ楽でしょうけどねぇ……」
「ヒロちゃん、私の専門はミサイルであって銃じゃないのよ。まぁ最近は慣れてきたけど」
互いに顔は向けていない。2人共真剣なのだ。射的用のライフルを構え、ジッと正面を見つめる。
現時点にて戸田は4発中3つの商品をゲットすることに成功した。それぞれ小物であるが、成功は成功だ。
対して神野は4発中0個だ。そこに深い理由は特になく、単に彼が下手だからでしかない。
「ヒロちゃん、ここは共同戦線といこうじゃないか」
「共同戦線……ですか?」
戸田は射的の陳列棚にある1つの景品を指差す。
名称、超ギガントオクトパスバーンメーカーEX。やたらとカッコつけた名前だが、要は家庭用お好み焼き機である。そして余談であるが、たこ焼きは英語でもtakoyakiであることを本製品の開発陣は知らないことは明白だ。
その超ギガントオクトパスバーンメーカーEX(以降はメーカーEXに省略)は名前に恥じぬ巨大な箱に収められ、箱の四隅……右前と左後ろの下には小さな正方形のブロックが置かれている。これは見てわかる通り、ブロックを撃ち落とせばあの巨体が崩れるというシステムだ。
「互いに残った弾数は1発ずつっしょ? となればさ、2人で一緒にアレをゲットするのが最適なんじゃなくて?」
「一緒にと言われましても……一体どうする気です?」
「2人で同時に発砲、あの手前の方のブロックを狙うのよ。私の洞察力によると、手前のブロックはわずかに左に逸れてる。奥のやつを撃つよりこっちを狙った方がブロックを弾ける可能性は上がるのよ。店長さーん、ここって手前に商品倒してもいいわよねー?」
店主の屈強なオヤジは口を開くことなく小さく頷く。明らかに「面倒な客が来やがった」的な目でこちらを見ている。
「……2発同時に当てれば威力も2倍って算段ですか? まったく、子供っぽいというかなんというか……」
「もう、酷いこと言うわね」
「……まぁ、そんな子供っぽい恵実さんが好きだからいいんですけど」
「え?」
戸田が視線を移すと、気恥ずかしそうに顔を真っ赤に火照らせた神野がいた。いつもならここで顔を覆ったり「今のなし」などといってごまかすところだが、今回は違った。
頑張っている目だった。視線こそこちらには向けずに陳列棚を見つめていたが、それでも凛々しい横顔だと思った。
そんな神野に、戸田は思わずキュンときたのだ。年甲斐もなく、純粋な乙女として。
回想。
福岡でのあの地獄を体感した当日、一同は帰ってきた。着いた頃にはもう時計の針はてっぺんに登っていた。
アウラは1人で帰ると言ったが、さすがに福岡であんなことがあった直後だったので傷裏が家まで送っていき、黒崎もそれに追随した。
残った戸田と神野だが、重要なのはここからだ。
「じゃ、私は先に帰ってるよ。課長、また今度ね」
戸田宅(というより傷裏宅)と神野の家は方向が正反対だ。2人がここで別れるのは当たり前だ。
当たり前なのだが……。
「あ、あの!」
背を向けた時、神野に呼び止められた。見ると、神野は服の裾を両手で握りしめ、何か胃を決するような表情だ。
「と……戸田さん! あの……ボク……実は……」
なかなか言い出せない。そんな雰囲気だろうか。まさに人生の分岐点を選ぶ決断なのだろう。
話は逸れるが、戸田は鈍感な人間である。戦闘という分野においては別格だが、それ以外……日常パートにおいて彼女は酷く鈍い。本来このような鈍感ポジションは主人公に与えられる特権だが、この場合は戸田である(当の傷裏も鈍感属性を発揮しているが)。
しかしだ。神野のこの表情、そして2人きりというこのタイミング、そして今までの彼の行動を振り返れば、彼が何を言いたいか、さすがの戸田でも理解した。
ついに。
「ボク、戸田さんのことが好きなんです! あなたの笑顔が見たいんです! あなたを守りたいんです! 一緒に喋ったり、笑い合ったり、遊んだり……あなたの傍にいたいんです! だから……」
そこで神野の言葉が止まった。やはり恥じらいが強いのだろう。
それを悟った戸田は神野にゆっくりと近づき、そのまま優しく抱きしめた。
「なっ⁉︎ な、な、な、な……何、を……」
「うん、ありがとう。とても嬉しいわ、うん、本当に嬉しい」
優しく語りかけた。
嘘はない。
本心だ。
「私ってせっかちだからさ、まだ最後まで聞いてないけど返事、していい?」
「え? ……あ、はい……」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「いいん……です、か……?」
「えぇ、もちろん。課長……いや、博之君って可愛いし、いざとなったらできる子だし。今日、それを改めて理解したわ」
戸田は笑顔で了承したのだった。
回想終了。
2人は照準を同じポイントに向けている。
今、2人の心は1つに結合している。
アレを倒す。
それだけだ。
神野は思う。
(恵実さんと一緒なら、なんだってできる)
戸田は思う。
(ヒロ君と一緒なら、なんだってできる)
共に向かう先は1つだ。
「行くわよ?」
「いつでもどうぞ」
「じゃあカウント。3……2……1……」
0。
発射。
2つのライフルから、2つの銃口から、2つのコルク弾が放たれる。
直進。
直進。
直進。
結果。
2つのコルク弾は互いに衝突、正反対の方向に弾け飛んだ。これではブロックには当たらない。
しかし。
「え?」
「え?」
2人は思わず間抜けな声を出した。
だってそうだろう。このようなパターンを見れば誰だってこうなる。
簡潔に述べよう。
ビリヤードのように弾かれた2つのコルク弾は、そのまま別々の景品を撃ち倒した。
1兎を追う者2兎を得る、である。
「まぁ……よかった、ですよね」
「そう……よね」
なんだかとても微妙な空気になった。神野が(諸事情があるにせよ)1回でも景品をゲットできたこと、弾が弾かれて2つの景品を落としたという奇跡体験は素晴らしいのだが、どうにも喜べなかった。
あそこまで前フリしたというのに、その結果がこれなので微妙なムードになってしまった。
ちなみに、最後に落とした景品であるが。
100円菓子、デコ入り写真立て。
これは微妙になっても仕方ない。




