episode67・罪と罰
「それで、傷裏君。一体なんのご用ですか?」
あれから数時間後、傷裏は屋上にて、彼と対峙していた。
赤井信司。
「実は僕、知ってしまったんです。あなたの秘密を」
「私の秘密、ですか? すいません、検討もつかないのですが……」
赤井は首を傾げる。傷裏の意図は全く伝わっていないようだが、それは仕方ないことだろう。別段、イライラすることでもない。
「赤井さん、あなたは思考操縦システムを作り上げる上で、一体何をしてきましたか?」
「……どういうことですか?」
「経緯を聞いているんですよ。さっき、ここの職員に聞いたんですが、あなたはあのシステムを構想からわずか半年で今の質にまで完成させたそうですね」
「それが?」
「ちょっと早過ぎじゃないんですかね?」
「頑張りましたからね」
「頑張った……だけでどうこうなるものではないですよね、これは」
「何が言いたいんですか?」
「はい、これは前置きが長かったですね。では簡潔に質問させてもらいます……」
傷裏は告げる。
「あなたは、非道な人体実験をやっているんではないですか?」
静寂が生まれた。
赤井はしばらく、何も言わなかった。表情の変化も見られない。憤怒や驚愕などの揺れは感じられなかった。
その結果、赤井の発した答えは。
「えぇ、その通りです。私は思考操縦システムの開発にあたり、当社在籍のテストパイロット数名を被験体として、数度の人体実験を行使しました」
それは実に単純な答えだった。
正答。
赤井は何1つ誤魔化すことなく、正直に暴露した。
その上で、赤井は続ける。
「ですが、それの何が問題ですか? 彼らは肉体的な強度は高かったですが、パイロットとしての技能は高いとはお世辞にも言い難い人たちばかりでした。必要性の薄い場所に置くより、必要性の高い場所に置いた方が、彼らとしても本望でしょう」
罪悪感など皆無。
悲観など皆無。
悪意など、当然ながら皆無。
人体実験を、人を自身の都合だけで勝手に殺したことを、赤井は罪とは思っていない。
「……狂っている」
「狂っている? 私がですか? 冗談はよしてくださいよ。笑ってしまいます」
ククク、と赤井は口を手で押さえて小さく笑った。
本当に、おかしいようだ。
信じられなかった。
この男が、この状況下で笑っていることを。
恐怖した。
この男が、罪の意識を有していないことを。
「私が作ったこの思考操縦システムは、数十年先を予見したシステムです。現代では普通に作っては到底完成しない崇高でオーバーテクノロジーです。ゆえに、誰もやらない手法で取り組むしかない」
「それが本当に……人を何人も道具として使い捨てるまでの価値が……あるんですか!」
「ある」
断言された。
1点の曇りもなく、ハッキリと。
断言された。
そこに不安や迷いはない。
「ありますよ。当然じゃないですか。たかが数人の『無能』の死と、兵藤さんという『有能』の生。どちらが世の中にとって『有益』か、天秤で計るまでもありませんよね」
「有益かどうかじゃない! 大事なのはそこじゃない、そこじゃないでしょ! 有益か無益かだけで、人間を判断するのは間違いだ!」
「いいえ、これが正しいんです。これが真理なんです。私は有益だから生きている。兵藤さんも、そして君も、『有能』ゆえに『有益』であり、だから今日まで生きている」
「その言い方だと……無能は全て無益ということになるんですか?」
「いいえ、違います。『無能』とは『無益』ではなく『害悪』です。『無能』は存在しているだけで『有能』な人間を殺す。物理的な話だけでなく精神的、自然的な話です」
持論をゆったりと、マイペースに語りながら、赤井は白衣の内側からあるものを取り出す。
黒く光沢のあるソレ。
害悪を抹消するソレ。
拳銃だ。
「君は、肉体だけを見れば『無能』な素材でしかないが、実際は『有能』な人間です。強いし頭もキレる。だが」
その銃口がゆっくりと、傷裏に向けられる。
「私の計画を邪魔するなら、君は『害悪』でしかない。『有能』な『害悪』ほど、目障りなものはありませんからね」
きっと彼は、躊躇なく傷裏を殺す。
それを正義と疑わない。
「罪と罰という作品を知っていますか? 主人公のラスコーリニコフは『選ばれし者は社会道徳から外れた行為をしても許される』という持論を有し、善行を行うために人を殺したそうです。この持論は賛否両論だそうですが、私はこの意見には賛同します。私の場合は善行ではなく研究が該当しますが」
「僕は反対ですよ。理由があったとしても、人を殺すことは罪だ」
「君がそんなことを言える立場にいると思っているのですか?」
傷裏の言っていることは茶番であり、狂言であり、矛盾している。赤井はそう言いたげだった。
「君は戦場において、何人もの人を殺している。それと私の殺害は、一体何が違うのでしょうか?」
「…………」
「法に守られた君の殺しが正義で、法に守られていない私の殺しが悪ですか? いや、そもそもですが、善悪の基準とはなんでしょう? 私の行為が法に守られていたら、それは正義なのでしょうか? 違うでしょう。正義とは、価値観です。人間の数だけ、正義が存在するのです」
人殺しの、善悪の基準。
それは永遠の課題だ。矛盾なき答えなど存在しない。だが、それでも追求せずにはいられない。そういうものだ。
「確かに……」
スッ。
傷裏は1歩、前に出る。
「確かに僕は、仕事を理由に人を殺しています。これは否定できない事実であり、直視すべき僕の罪です」
「いや、傷裏君。私は別に君の行為を非難しようと思っているわけではありません。あなたにとってそれが正義なのだから」
「でも!」
さらに1歩、強く前に出る。
踏み締める。
「僕とあなたは同じ人殺しで、同じクズだ。でも、僕とあなたは決定的に違う! それは、僕は人殺しを罪と自覚しているからだ! あなたのように、罪を罪と理解していない人間が1番の害悪なんだ! たとえ人間の価値観が千差万別だとしても、あなたの行為は誰から見ても害悪だ!」
傷裏の言うことは、完璧な正論ではない。第三者から見れば彼の言うことは『自分の罪を棚上げして他人を批判している』に見えるだろう。
だが、それがなんだ。
矛盾がなんだ。
矛盾があってこそ、人間だ。
赤井の言葉を借りるとすれば、これが傷裏の正義だ。
「……君の意見は聞きました。ですが、理解はしません。君と私は、わかり合えそうにありません」
「心配は無用です。元々理解し合う気もありません。僕は聖人君子ではないんですから」
傷裏は既に、赤井の目の前まで接近していた。その額には銃口が0距離で突きつけられ、引き金には指がかかっていた。
「殺します」
「だったら早く撃てばいい。それぐらいの覚悟、とっくにあるでしょう? いや、ないでしょうね」
「何?」
「覚悟があれば、今頃僕は死んでいます。しかし生きている。それは覚悟がない証拠です。そもそも、人殺しを罪と思っていない時点で、あなたの底は見えているんですよ」
こんなもの、時間稼ぎでしかない。
傷裏は口が達者な方ではないと自分で認識している。
だが、それでも。
「あなたが人殺しをしてきた目的は何か? 簡単な話、自身の研究のため。それを理由に、あなたは数人を殺した。しかし、今、この場ではどうですか?」
「この場?」
「僕を殺すことは、研究を推進する材料になりますか? 僕を殺すことは、システムの精度をより上げることに繋がりますか? いいえ、ならないでしょう。僕を殺すことであなたが得るものは、数秒の安寧のみです」
「数秒ですって? 君を野放しにすれば私の計画が公になる。それを阻止することが、数秒の安寧?」
「……赤井さん。あなたは世界でも屈指の技術者でしょう。ですが、人を見ることにおいて、あなたは弱い」
「何……っ⁉︎」
ようやく、赤井は気づいたのだろう。
傷裏の右耳に、ワイヤレスのイヤホンが装着されていることを。
「こんなとこに、1人で来るほど僕はバカじゃないんです」
悠然と、傷裏は半歩下がる。
直後。
赤井の右腕が、1発の弾丸によって撃ち抜かれた。




