episode68・否定とカメラ
『ぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっぁぁあぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっっっっ!』
甲高い悲鳴を上げ、赤井は右手を押さえる。足元に拳銃が転がるが、それは傷裏の足払いで遠くに飛ばす。
「傷裏君……これでいいのだな?」
『はい。酷なことを頼んで申し訳ありません、兵藤さん』
ここから遠く離れたビルの屋上に、兵藤がいた。うつ伏せのような体勢で地に伏し、その巨体の前では小さく見える銃身の長いライフルを構えていた。
傷裏の襟元に装着したマイクから音声は鮮明に聞こえていた。
赤井の苦痛の声もまた、鮮明に。
『何がぁ⁉︎ 何が何が何がぁぁ⁉︎』
平静を失ってただただ慌てふためく赤井の声がする。ライフルのスコープ越しに、赤井の苦痛の表情が見える。
『赤井さん、今あなたを撃ったのが誰か、おわかりですよね?』
『……もしや、あの人だと言うのですか? そう言うのですか⁉︎』
『おわかり、ですよね』
『……この様子を見ていると言うのですか、兵藤さん!』
周囲を見渡し、当たり散らすように叫ぶ。そこに今までの落ち着いた様子など欠片もない。唐突に銃で撃たれたのだ、驚かない方がどうかしている。
兵藤は1人で起き上がることができない。よって、イヤホンと一体型のマイクを使い、傷裏のイヤホンを拡声器代わりに語りかける。
「赤井……済まない」
『兵藤さん! なぜ私を撃つのですか⁉︎ なぜ私が……あなたに撃たれねばならないのですか!』
その声から読み取れる感情は。
懇願。
必死の願い。
切なる希望。
『私がっ……「有益」である私がっ……なぜ! なぜ撃たれる! なぜ痛みを知らねばならない! 私は完璧でなければならないのに……』
『赤井さん、あなたは罪を認めなければならない。罪を自覚せねばならない』
『なぜです! 私が何を間違った! 私は常に「有益」となることを最優先としてきた。それなのになぜ!』
『有益と有能は別個ですよ。有能ゆえに、その力に慢心し、害悪となり得るのですから』
傷裏は淡々と告げる。
『別に、僕は有益ではないし有能でもないですよ。そもそも、その有益や有能の判断基準もまた、人によって様々ってことですよ』
『私は……私はぁぁ……私の研究が、何よりも優先されるべき「有益」なはず……』
『それが慢心というんですよ。あの人風に言えば傲慢、ですね』
赤井に罪を償うという概念は存在しない。
この状況でもなお、自身が有能であり、有益であり、真理と疑わない。
狂っている。
傷裏の感じたそれは、不正解ではなかった。
「赤井……もうやめよう。おこがましいことだったんだ、こんなこと。自分の罪を、認めてくれ」
『なぜあなたがそんなことを述べるのです! あなたが私を否定してしまっては、私はなんのために今日まで生きてきたというのですか! あなたに否定された私は、「害悪」だったというのですか! 私の作ったものは、無意味だったというのですか!』
「赤井の作ったものは、どれも素晴らしい。ただ、君は焦り過ぎた。ゆっくりと時間をかけて、人を殺めてしまう人体実験なんてせずに、やるべきだった」
『私は! あなたに認めてもらいたく……あなたにもう1度、戦ってもらいたく……』
赤井の声は徐々に覇気を失っていき、最後には嗚咽と涙となった。
「すまなかった、赤井。君が道を踏み外したことに気づいてやれず、俺が願いを抱いてしまい、……君に信頼されてしまい、すまなかった……」
『なぜ……なぜあなたが謝罪するんですか。あなたは、私を否定するのでしょう? なら、その意思を最後まで貫き通すのがあなたではないのですか!』
それは認めたくないという思い。
自身が神格化してでも尊敬する相手が『尊敬に値する人間であってほしい』という欲求。
信頼していた相手に裏切られたという感情。
それは傲慢だ。一方的な価値観の押しつけだ。
だが、そうでもしなければ。
何かに依存しなければ、生きていけない人間というのは存在する。
赤井のような。
兵藤という存在を偶像崇拝することで、存在意義を認識していた。
「俺は君を否定する。君のやっていることは間違いなんだ」
だが。
言葉が続けられる。
「否定はするが、見捨てはしない。君が今罪を認められなくても、いつか認められるようになるまで、俺は力を貸そう」
『…………』
傷裏がわずかに、非難するように兵藤を見る。正確には見えているはずがなく、あくまで目を向けているだけだが。
傷裏の言いたいことはわかる。結局のところ、兵藤は赤井に甘い。なぜかと問われれば明確に説明できない節があるが、彼はそれを非難しているのだろう。
甘い。
兵藤はそれを自覚してなお、それが矛盾していて正しいとは言えないことを理解していてなお、甘さから脱却できない。
いや、自らの意思で脱却を拒んでいる。
見捨てられない。
非道を非道と思わない、客観的に見れば人間のクズと言われても仕方ない赤井にも、救いの手があってもいいと思うのだ。
『兵藤さん……。なぜ、なぜ……私を、未だに擁護してくれるのですか? ここまで言われてもなお、私は私の罪を自覚していません。人体実験は正しいことと思っています。そんな私を、なぜ?』
「そんな難しい話ではないさ。ただ、俺は勧善懲悪のヒーローが嫌いなだけだ」
『……?』
「悪には悪の目線があり、悪なりの意思があり、目的があり、過去があるんだ。そんな、たった数話でまとめられる過去編だけで、人間の真意などわかるものではないんだ」
『……どういう、ことでしょうか?』
「つまり、俺は信じているんだ。君の心の奥にある、善の心を。その芽を絶やしたくないと、そう思っただけだ」
偏った視点でだがな。
最後にそう加えた。
兵藤のそんな様子を、アウラは真横で見て、聞いていた。彼女は兵藤のスポッター(狙撃において狙撃手のアシストをする役目の人のこと)を任されていたのだ。
「アウラ君、だったか。さっき赤井にした話、君にも該当すると伝えておこう」
アウラの手によって車椅子に座る中、兵藤は静かにそう言った。
なんのことかわからないアウラは首を傾げ、脚注が入れられる。
「昨日、君たちが避難警報時に街にいた、と警備会社に勤める俺の友人が言っていた。まぁ心配するな、そこは俺がなんとか言いくるめておいたから、何か疑われるということはない」
「…………」
不思議だった。
それをわざわざ話して、彼になんの得があるのか、わからなかった。
「それでだがな、昨日、一体何があった?」
「…………ぇ?」
「原因は不明だが、昨日街の監視カメラが数時間分細工をされていたらしいんだ。同じ映像をループされるように、な。そして、ループされる直前に君たちの姿が映っていたということだ」
「…………」
「心配するな、と言っただろう? 俺は君たちを疑ってはいない。そもそも、監視カメラの介入手段を逆算したら、かなり高度、いや、高位の存在とぶち当たった。君たちに成せる諸行ではないのは明白だ」
高位。
高みの存在。
他国と多く貿易を行っている九州において、監視カメラのシステムを提供、実権を掌握し、半ば九州を属国化しているのは……。
「おそらくEUC……それもフィンランド領の手によるものだ。上の人間が何を考えているかは知らんが、まぁ楽しいことではないだろうな」
やはりと言うべきか、この男は何もかも見通していた。
知っていた。
運に頼らないゆえか、異常なまでに聡明だ。
不安要素を排除している。
「そして、君もEUCフィンランド領出身。何か、偶然では説明できない何かを感じたりはしないか?」
「…………僕が」
か細い声で、アウラは口を開く。
「僕がフィンランド領出身だからって、それに関係してる理由には、ならない」
「……やっと口を開いてくれたか。喋れないわけじゃなくて安心した」
「…………いいから、質問の、答えを……」
「あぁ、そうだったな。……確かに、これだけじゃなんの証拠にもならない。不安定もいいところだ」
「じゃ……なんで……」
「俺らしくないことを言うようだがな、直感だ」
これはいわゆるカマをかけるというやつだ。とにかく質問をぶつけ、それの反応を元に読み取る。
「と、いうのは半分嘘なんだが、どうやら君は何か知っているようだな。声が震えているぞ?」
「…………」
「図星、だな。君たちのことを調べる上で、君は傷裏君の次に難儀な存在だったよ」
兵藤が調べると、彼女の異様性が明るみとなっていった。
「君は幼い頃に両親を亡くし、児童養護施設に預けられた。その後軍人の一家に引き取られ、バーバリアンパイロットの高い適性を認められ、パイロットとしての軍軍曹の地位と共に配属されることになる。だが……おかしいとは思わないか?」
資料によると、アウラが軍に入隊したのは去年のことらしい。しかしだ。
「普通に考えて、君みたいな若い少女を軍隊に入れるというのは、いささかおかしくないか? 傷裏君みたいな例外は存在するが、彼の場合は大人の思惑が複雑に絡んでいたようだたからな。だとしたら、君はどうなんだ?」
さらに。
アウラに引かれる車椅子に乗って本社まで移動しながら、手持ちの携帯のある画像を展開する。
「これは、さっき言った警備会社の友人から極秘に貰った画像なんだがな、君たちはこれと出会い、穏やかじゃないことが起きたのではないか?」
それは監視カメラが捉えた1シーン。現代では監視カメラの解像度も完璧を極めており、望遠状態では小さな点でもアップすることで0距離同様の画像にできる。
ゆえに、それに映った人物が誰か、すぐにわかった。
先日、アウラたちを襲った、異形の女だった。
「この女のことは今日のニュースで見ただろう。大通りのど真ん中で銃で額を撃ち抜かれて死んでいた事件だ。そして……」
もう1枚、別の画像が出る。
それは名簿だった。題を示す部分には英語で何やら長文が記されている。
名簿の1番上に、ある名前が。
アウラ・アロラ。
「これは君がいた部隊の名簿だ。そしてその中に、あの女の名前がある。これを奇妙と言わずなんとする?」
「…………」
「そして、君はそれと関係した何かを悩んでいる。重大な何かを、だ。それは他人に容易に話せるものではない、だろ?」
「…………」
「いや、言わなくていい。俺を信頼して相談するというのは、やはり難しいだろうからな。しかし……」
携帯の画像が消える。
それが区切りと言うように。
「彼らに対してなら、相談してもいいんじゃないのか? きっと力になるだろう」
それ以降、兵藤が口を開くことはなかった。




