episode59・作戦と連携
「……見つけた」
敵機を視認した。向こうはこちらに気づいている様子は見られない。
「こちら黒崎、聞こえますか?」
『えぇ、バッチリ聞こえているわ。そして、こっちも配置完了』
戸田からの通信が入る。そこにいつものふざけた口調はなく、いつになく真剣だ。
『アウラちゃん、そっちは?』
『…………』
『オールクリア、ね。了解よ』
アウラは何も言っていないが、戸田は彼女の述べている感情を理解した。アウラは高台から一帯の監視を命じられている。今のは問題ないという意だ。
とは言ったものの、戸田は傷裏のように無表情の中に映るごく微細な感情を読み取ったわけではない。単純に、暗号化された文面通信で返事が返ってきたのだ。
今現在、敵機であるハルファスの周囲を黒崎の陽炎、戸田のクイーンビー・NEXTが囲っていた。2方向を包囲とは呼び難いものだがそこは心配ない。退路になりうる3方向はアウラのオーディンがしっかりと見張っている。抜かりはない。
『トリックの機影は4キロ先、デコイカメラは見当たらず、退路も断ち、数は3対1。これなら……』
この作戦を考案したのは戸田だ。忘れられていると思うので補足しておくと、戸田は『ヤマタの集い』に強制勧誘される前は小隊長の職にいたのだ。特に犠牲を出さない作戦の立案は得意分野。
味方を最大限有効活用する作戦を組む。これが戸田の戦略のセオリーだ。
『皆、もう1度確認するわよ? まず私の合図で私と梨々香ちゃんが突撃、2方向から同時に弾幕を張って攻撃する。多分傷裏のことだからそれぐらい容易にかわす。で、問題はここから』
戸田から一帯のマップが転送される。そこには複数の光点が。
1つは黒崎、1つは戸田、1つはアウラ、1つは傷裏の現在位置を示している。兵藤は位置が離れているため圏外だ。
それだけでなく、至る所に光るバツ印がつけられており、バツの上には小さくTRAPの文字が。
『皆で確認しただけでこれぐらい、ここらにはトラップが敷き詰められている。傷裏の周囲にも当然あり、なおかつ把握できていないやつは無数にあるはず』
だから。
『これらを利用するの。傷裏をトラップに誘導し、逆に嵌める。策士策に溺れるってやつ。あ、でもこの場合の策士は兵藤だから違うのか……』
「戸田さん、話逸れてますよ」
『おっと、そうね。とにかく、傷裏をトラップにかけることで動きを封じる。あとは、オーディンのその長距離狙撃砲で一気に仕留める。いくら傷裏でもこれならいけるでしょ』
戸田は傷裏を見くびってはいない。むしろ過信している。それを考慮した上で考案した作戦がこれだ。
実際言ってしまえば、これはかなり運にかけた作戦だ。先ほど戸田は自分で言った。「把握できていないやつは無数にあるはず」と。それは『把握できていないトラップに引っかかるという負の可能性』を含んでいるということだ。それは確実性のある作戦とは言えない。
だが、そうでもしないと傷裏に攻め込めるチャンスが生まれないこともまた事実だ。
こうでもしなければ、勝てない。
黒崎から見れば、傷裏は最も信頼できる、頼りがいのある人物である。
しかし、先日のホテルにて女子と男子で部屋を分かれてから、戸田は言っていた。
『傷裏ってどこか怖いのよね。怖いというか……底が知れないのよ。確かに誰にだって優しいし親身だし心強いのかもしれない。でも、あれを敵に回すってことだけは考えたくないわね。最低でも死は免れない。綺麗な心と正反対に、強すぎるのよ』
昔風の言い方をすればチート系とでも言うのだろうか。戸田は傷裏を信頼する一方で、恐怖を感じているらしかった。
だから、こんな柄にもない作戦を敢行した。いくらシミュレーションとはいえど、それでもこれは戸田らしくない、というやつだ。
『じゃあ2人共、行くわよ? カウント5秒前』
戸田の声で意識が現実に引き戻される。そうだ、今はそんなことに思考を回している余裕はない。
傷裏を潰してもまだ、あのトリックという化け物が存在することを皆は認知していたが、それを想像するだけで生じる恐怖を押さえつけるため、気づかないフリをして。
『4……3……2……1……』
そんな、進んでも戻っても地獄の作戦が。
『GO!』
始まった。
2人が前に出た時、異変に気づいた。
2人は気づかれることを前提で細いビル群を走り抜けていた。ブースターなどの初機器の音でどうせバレるからだ。
しかし、本来ならとっく気づいているはずなのに、ハルファスは意識を戸田たちに向ける様子はない。完全に無防備だ。
変化hsあった。ハルファスの体が、鋼鉄の体が、舞い踊る炎のように、ゆらゆらと揺れ始めたのだ。
この現象、この立体的な平面的現象を、黒崎はつい先日体感したため即座に理解した。
「これホログラム!」
朝倉士郎の戦術と同様だった。本来ならレーダーの反応の有無で気づくべきだが、この一帯はトリックによるジャミングの範囲内であり、なおかつハルファスは対レーダーステルスも搭載しているためわからなかった。
だとしたらだ。本物はどこに。
そこで新たな異変。ゴゴゴゴゴゴと、何やら異様な音が響き始めた。それは短期ではなく持続的。しかもその音はだんだんと大きくなってきて、近づいてきていることを示していた。
音源は……。
『この真下⁉︎』
直後、戸田の足元が崩落した。クイーンビー・NEXTは寸前のところで跳躍して危機を回避する。
その崩落した地面の中から、真紅の機体が天に向かって飛翔した。
ハルファス。
『今のまさか……黒道の昇降機か!』
『ご名答……です!』
ハルファスは大空を舞いながらグリフォンでクイーンビー・NEXTを狙い撃ち、それに対抗してミサイルが斉射される。
黒道は物資を運ぶための地下通路だ。そして地上の物資を地下に搬入、もしくは送られてきた物資を地上に回収するための出入り口と通路が当然存在する。それを繋ぐのが昇降機……要はエレベーターだ。
ハルファスはそれを利用した。地上に配置したホログラムで注意を引きつけてからの地下からの奇襲。戸田の反応があと少しでも遅れていれば奈落の底、生き埋めにでもあっていただろう。
『チッ、やられた!』
『まだやってません、本番はまだです!』
クイーンビー・NEXTのミサイルは次々と回避される。傷裏にはよほどの余裕があるのか、全てのミサイルを引きつけてから紙一重でかわしている。
『では、参ります!』
そう言い、ハルファスが加速、ミサイルの雨をくぐり抜け、懐に侵入する。
『ケルベロスシステム、制限解除』
音声認識が発せられた。
その事実を認識した時には、クイーンビー・NEXTは腹部を蹴られ、後方に下げられていた。
ハルファスはそのまま獣を思わせる四つん這いの体勢を作り、脚力で加速する。
『くそっ、舐めやがって!』
始め、戸田の言葉の意味を理解することはできなかった。舐める?傷裏はハルファスのリミッターであるケルベロスシステムを起動しているではないかと。
しかし、傷裏の戦闘を見てすぐに明らかになった。
「ちょっ、え?」
ケルベロスシステム。その最大の特徴といえば、両足から展開される粒子ブレードのキマイラだ。傷裏が肉弾戦で得意とする足技を存分に振るうための武器だ。
だがどうだろう? 今、黒崎の視界に映るのはキマイラを振るうハルファスではなく、クイーンビー・NEXTの周囲を走りながらグリフォンでヒットアンドウェイを繰り返すハルファスだ。
主兵装を使っていない。これは確かに、舐めているのだろうか。
いや、それは違う。戸田は見たことがないわからないだけで、射撃もまた傷裏の常軌を逸した戦闘スタイルを確立させる1つだ。
「戸田さん、とにかく動いて! 全力で!」
警告する。
それはギリギリセーフだった。
クイーンビー・NEXTの胴体下腹部、そこにある弾丸1発分の穴のわずか1センチ横を、グリフォンの弾丸で被弾した。
「やっぱりそれか!」
傷裏の特技である、超精密射撃。Cユニットを直で狙うという、通常なら異常、傷裏なら平常な事象。
警告を発したことで、黒崎はようやく思考を現実に呼び戻し、戦線に参加する。
『梨々香ちゃん、2方向から畳み掛ける!』
「了解!」
陽炎は右手のSHININGを腰部にマウント、背中のバックウェポンから出るサブマシンガンの1つを掴み、傷裏の周囲に弾幕を張って退路を絶つ。
戸田もまた数多のミサイルを連続発射、同様に傷裏の退路を塞ぐ。
これで傷裏の逃げ場はない。
残す作業は1つ。
『今よ!』
「ここ!」
2人が声を張る。
3人目に。
アウラに。
この戦いの切り札に。
呼ばれるその時を、アウラは黙って待っていた。
一瞬たりとも、緊張を緩めてはいない。
一瞬たりとも、意識は揺らいでいない。
感情がない、ではない。
「…………」
オーディン。その手に握るはグングニル。
ただし、今回は追加ユニットを装備してはいない。単純にスナイパーライフルとして。
こちらの方がいい。
こちらの方が、物理的に軽い。
こちらの方が、精神的に軽い。
音もなく、痛みもなく。
一瞬にして。
「…………!」
撃つ。




