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episode60・狙撃と信頼

 そもそも、戸田はこんな運に任せたご都合主義の作戦で勝てるなどとは思っていなかった。それほど戸田はバカではない。

 だから、表面に貼ったこの作戦というシールの下にもう1枚、セカンドプランを貼っていた。

 これは運任せではないが、単調というがふさわしい。

 戸田と黒崎で傷裏を足止めし、アウラが狙撃する。

 単純すぎるゆえに、読まれにくい。

 並の策士ならこのようなセオリー中のセオリーを使う。そのため気づかれやすい。

 だが戸田は並ではない。そのため何か特殊な策を弄するだろうと敵は思う。

 逆なのだ。物事は基礎が大事というが、戸田はその言葉を誰よりも重んじている。

 基礎。

 セオリー。

 だから、この作戦を決行するに至った。

 遥か遠くにそびえ立つビルの上。

 そこから、一迅の光が迸る。

 それは文字通り光速。

 目で追うことはできない。

 避けることなどできない。

 ゆえに必中。

 ゆえに必殺。

 パンッ。

 シュンッ。


『なっ⁉︎』


 ハルファスの装甲を抉り抜けた。

 ただ、それはアウラが想定していた事象には至らなかった。

 コックピットではなく、右肘を貫き、溶断した。


『ど、どこからっ!』


 傷裏が慌てて周囲を見渡す。この挙動から、傷裏が今の狙撃を回避したという異常現象が発生したわけではないと理解できる。

 ならば、アウラが外したということ。それしか考えられない。

 認めなくないが、それ以外に説明がつかないのだが、その推測は正当ではなかった。

 アウラから2人に対し、文面通信が送られてきた。その内容は以下の通り。


『2人目の対象がこちらの狙撃を狙撃で妨害。敵側も狙撃が可能。注意』


 そういえば、思い出す。グングニルが照射される直前、謎の発砲音を聞いた。きっとそれがトリックの狙撃であり、オーディンは妨害を受けた。文面に損傷の2文字がないところから被弾はしていないと思われる。


「アウラちゃん、向こうは任せた! 私たちはこっちを……っ⁉︎」


 戸田は途中で言葉を呑んだ。

 ハルファスが見当たらない。逃がしたか、まだそこらにいるか。


『潰します』


 いた。

 戸田の背後。

 右腕を損傷した時にグリフォンも一緒に貫かれ、例の武器が右足に展開されて。

 キマイラ。


「まずっ……⁉︎」


 振るう。

 直前。

 キマイラが消失、攻撃は単調な蹴りのみに終わった。

 そのままハルファスは蹴りの勢いで後退、遮蔽物に紛れて場を逃走した。


「え……何?」


 唐突にいなくなられた戸田としては、文字通りぽけーっとした様子で、驚き交じりに首を傾げた。

 今、傷裏は確実に戸田を仕留められる場所、タイミング、手段を有していた。

 しかし、そのチャンスは行使されなかった。それが何を意味するかはわからなかったが、ここでただ突っ立っているわけにもいかない。


『戸田さん、どうします?』


 黒崎が問いかけるが、戸田は思案に耽(ふけ)る。

 ここで傷裏を追うべきか。それとも傷裏は一旦放置してアウラの援護に回るか。どちらにしても、既に傷裏たちの術中であるとしか思えない。ついさっきの包囲がとっくにバレていのが証拠だ。

 となると、大事なのはその先だ。相手の予測を超えた予測。

 戸田や黒崎、それにアウラは傷裏に真っ向勝負では勝てない。

 それを理解することは大切だ。

 そして、理解だけでは足りない。問題は、一手先なのだ。

 思案する必要がある。あの化け物を相手にどうすれば勝てるのか。


(考えるのよ戸田恵実。私はこのメンバーのブレイン、脳なのよ。脳が不全になってしまえば全てに支障が起きる。それはダメよ。私がなんとかしなければ……私が……)


 そうして命令を下す。


「私と梨々香ちゃんはこれよりアウラちゃんの援護に回る。傷裏は一回保留、まずはトリックの撃破を最優先とする!」

『りょ、了解!』


 2機は崩れ去ったビル群の中を駆け抜ける。




「…………っ」


 その頃、アウラはビルから離れ、移動を開始していた。

 狙撃を受けた時、アウラは数キロ先にトリックを視認した。

 そして、思わず顔を歪ませた。それは驚愕によるものだった。

 アウラは狙撃に関しては通常の兵士を軽く凌駕する技術を有しているが、当然、技能だけで数キロ先の標的を的確に撃ち抜くことはできない。それは不可能というものだ。

 例えばオーディンの場合、片目に高倍率望遠スコープのルーンを展開することで最大20キロ先を見通すことができる。

 それと比べ、トリックは。

 高倍率望遠スコープのようなものを、何も装備していなかった。

 要は、兵藤は持ち前の狙撃技術のみで数キロ先のアウラの妨害を成功させた。

 アウラの不可能を、あの男はさも当然のように行っていた。

 それに恐怖し、同時に高揚した。

 自分より強い人間がいる。特に狙撃に関しては、機体性能も合わさって自身の右に出る者はいないと、今まではそう確信していた。

 その自信が、根底から覆された。これほど面白い展開はそうそうないだろう。


「…………」


 相変わらず表情に変化はない。

 ただし、それでも。

 今のアウラは、かつてなく楽しんでいた。

 さて、それでは情報を整理しよう。

 トリックがいた地点からここまではそれなりの距離がある。加えてトリックはそこまで機動性の高い機体ではないことを考えると、対策を練る時間はまだある。

 不思議なことに、今の今までアウラはトラップの被害を受けていない。これも兵藤の策の内かもしれないと考えるのはさすがに杞憂だろう。トラップの数を半分に抑えると言っていたためきっとそれが原因だ。

 まず前提として、アウラはほとんど動いていないため、被害に遭っていなくても不思議ではない。現に黒崎と戸田はいくつものトラップを見つけたのだ。そしてアウラもまた、2人の周囲を見張っている間にトラップを視認した。

 だが細心の注意を払わなくてはならない。とにかく今は安全な狙撃ポイントの確保を。

 その時。


『見つけた』


 ビルの陰からハルファスが飛び出す。回り込まれたか。


「…………!」


 グングニルをマウントしながらもう片方の手でバズーカを持ち、バックしながら撃ち続ける。その爆炎に紛れて急いで撤退、別ルートを探る。

 これはさすがに想定外だ。傷裏の行動ルートは大体把握しているつもりだったが、こちらを狙ってくるとは予想外だった。


『逃がさない』


 ハルファスは無傷だった。あれほどの砲弾と爆炎を受けた上でだ。周囲に立ち込める黒煙を払い、再度駆け出す。


(……Bバリア)


 口にも表情にも出さないが、小さく苛立ちを覚える。あれがあっては弾丸も砲弾も効果はない。

 Bバリアの対処法。アウラは1度、傷裏に問うたことを思い出した。


『対処法? そうだね、当然大出力のレーザーでゴリ押しできるけど、単純に発生装置を潰せばシステムは停止する。発生装置は右足の爪先に搭載されている。そのわずかな1点を正確に狙い撃てばいいんだ』


 右足の爪先。

 精密射撃となればアウラのオハコ。問題はそのための準備だ。先ほどの狙撃のような十分な立地、傷裏をおびき寄せるために策、そしてアウラと同等以上の狙撃技術を有する兵藤への対抗手段。これらが必要となる。


「…………」


 傷裏の追撃を回避しながら考える。

 高層建造物が立ち並び、視界も悪く、なおかつECMのかかったこのエリアでは敵に悟られない狙撃ポイントを見つけることはそう難しくはない。重要なのはそこではない。

 アウラはどうにも、黒崎戸田の両名を完全に信じることができずにいた。傷裏と仲の良い人物というからとりあえず背中を任せてはいるが、それでも実戦となれば話は変わる。

 戸田の言う通りだ。傷裏という主格がこの関係の最重要ポイントであり、それがない今の状態というのはどうにも危なっかしい。

 そのため、アウラは2人に囮を要請してうまくいく気がしないのだ。先ほどの場合は戸田からの要請だったため受諾したが、今回はこちらからだ。

 要請する側とされる側。

 この2つには明確な意識的な差がある。


『僕は考えました』


 どこからともなく、傷裏の声がする。

 素早い足音が、近づく。

y

『戸田さんたちを倒す前に、アロラさんを排除しておくことにしました。あなたの狙撃能力は厄介ですから』


 見えないというものはホラー作品でも使われる定番の恐怖演出だが、それは戦場でも適応するらしい。


『兵藤さんによれば、僕は今まで直感で戦っている節があったそうです。直感というよりは本能ですが……とにかく目の前の障害を叩き潰すことを最優先としていました』


 周囲の敵影を探しながら市街地を駆け回る。

 そのため、1つだけ小さくひっそりと配置されたワイヤーに気づかなかった。

 ピンッ。

 直後、複数方向から数多のミサイルが迫る。


「…………!」


 バズーカを捨て、2丁のサブマシンガンで弾幕を展開、ミサイルを1つ残らず撃墜した。

 だが、これで明確に位置がバレた。


『だから、僕は見ることにしました。兵藤さんの、戸田さんの、黒崎さんの、アロラさんの戦闘スタイルを、戦術を、戦略を』


 上空。

 左手側に立つビルを軽々と飛び越え、ハルファスが姿を現した。


『あなたを最初に、叩きます』

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