episode58・結束と指揮
そんなこんながありながら、傷裏一行はブレイン社に到着した。午前10時、時間ピッタリだ。
「やぁ、待っていたよ」
そう言って入り口で出迎えてくれたのは、赤井ではなく兵藤だった。
「すまない、赤井は今日のシミュレーションテストには立ち会わない」
先日同様のホールに着くと、兵藤はそう述べた。曰く、今はシステムの改善作業に追われていてこちらに手が回らないらしい。
一同の脳裏によぎったのは、兵藤が(というよりかは自身の作ったシステムが)負けたことを認められず精神を崩壊させたあの様。
彼は優れた技術者ではあるものの、精神が平常ではなかった。自身に、そして自身のシステムに過剰なまでの自信がある。
自信があるということは別に悪いことではない。自信を持つということは向上心に繋がり、回り回れば能力の向上も考えられる。問題はその度合いだ。
基崎風に言えば傲慢だ。
「そういうわけで今回は俺が取り仕切ることになった。ま、よろしく頼むんだが……すまないが1つ聞いていいだろうか?」
言葉を濁しながら、兵藤はアウラに視線を向ける。
「君は……常にその格好なのか?」
「…………」
今アウラが着ているのは、ロングスカートのゴスロリ衣装。表記が間に合わなかったため今語るが、実はアウラは昨日も同様のゴスロリ衣装を着用していた。
「アウラさんは年中無休でゴスロリ衣装キャラなんです。本人曰く、これが好きだから。それだけですから問題ないですよ」
「そうか……。あ、話を逸らしてすまなかった」
ここで会話は仕事に移る。
「ここに赤井がいたらまた4対1と言い出すだろうが、正直俺としては勘弁だ。俺1人で君たち4人はさすがに無理がある」
そこでだ。
「傷裏君をこちら側の陣営に加えた2対3形式はどうだろうか?」
「え、ちょっ、待った!」
いち早く反応したのは戸田だ。
「私と梨々香ちゃんとアウラちゃんの3人であんたと傷裏を? はっ、無理でしょ」
その笑いは嘲笑、ではなく呆れ。もしくは諦めに近かった。
「ぶっちゃけ言うとさ、このグループは傷裏を軸に作られたものなのよね。いわば大黒柱? 支柱? というか基盤? 別に私たちは仲が悪いわけじゃないんだけどさ……やっぱメインがいないとどうにもならないのよ。辛くないカレー的な?」
「あぁ、それは君たちを見ていて思っていたよ。皆がそれぞれ独立しているように見え、実際は傷裏君を主格として成り立っていることを」
だからだ。
「その上で、主格を抜いた状態の君たちとの戦闘を試してみたい。心配するな、大人気なく一方的になぶるなんてことはしないさ。トラップの数も前回の半分に抑えておく。これで戦力差は均等だろ?」
兵藤の頬が小さく釣り上がる。これは完全に挑発を目的としたものだと理解できた。傷裏も、皆も。
「……やってやります」
喧嘩を買ったのは戸田ではなく、意外なことに黒崎だった。彼女は1歩前に出る。
「今の台詞、カチンときました。舐められたままってのは、私の性分に合いません」
挑戦的な眼差しだ。憤怒とまではいかなくとも、確実に怒りを覚えた目だった。
そして。
「梨々香ちゃん、よく言った。ここまで言われて黙ってるわけにはいかないわよ」
「…………」
戸田とアウラもまた好戦的な意思を兵藤に伝える。
「……面白くなってきた」
兵藤は楽しそうに頬を緩ませた。
考えてみれば、こうなるのは仕方のない話だ。彼女たち3人は確かに傷裏を中心に構築されたコミュニティであり、中心がいなくなれば瓦解する可能性もある脆い間柄だ。
だが、彼女たちはその関係性を結束させるための共通点が存在する。
趣味も性格も違うというのに、同質な点がある。
皆一様に、負けず嫌いだ。
(もしかしたら……)
傷裏は思う。これこそ兵藤の狙っていたことなのではないか。
先日の戦闘で傷裏たちの弱点……結束力が脆いことを。
感づき、修正を図る。
自身のテストだけでなく、周囲の矯正にも意識を配っているということだろうか。
「それでは、始めるとしようか」
フィールドは前回と同様の廃都。ただし今回は夜という時間と豪雨という気象が追加設定されている。前回と比べれば敵機の目視がより困難な状況である。
そんなビル群を、ハルファスはトリックに追随するように歩いていた。
歩きながら、トリックの行いをジッと観察していた。
トリックの前を走るのは大型のキャリー。その荷台にはECM発生装置や地雷、ワイヤーにバズーカといったトラップ機器がこれでもかと載せられていた。
『傷裏君、君は自分の欠点が何か理解しているか?』
トラップを仕掛けながら、ふとそんなことを聞いてきた。ちなみに、今ここは女子チームのいる場所を把握した上で作業をしているため、セット中に見つかることはない。
「欠点……ですか。そりゃあまぁ、欠点なんて大雑把に言い出したらキリがないですよ」
『あぁ、いやいやすまない。俺はそんな哲学的な話をしようとしていたわけではないんだ。では質問を変えよう。君がこと戦闘において他者より劣っていることはなんだと思う?』
「戦闘で、ですか。そうですね……やはり射撃武器を使う上で苦手意識はあります。僕の得意分野は格闘戦ですから」
『……Cユニットを撃ち抜ける技能を持っている人間が射撃は下手なはずがないと思うんだがな』
傷裏の眉がわずかに動く。
「兵藤さんの前で披露した覚えはないんですがね」
『あぁ、不安を覚えさせてしまったか。すまんな、昨日の君たちと戦ってから、ネット上に上がっていたあの戦闘を見させてもらったよ』
「あの戦い?」
『オロチ狩りの決戦』
それは傷裏の街で起きたあの戦い……基崎と決着をつけたあの戦い。死傷者は奇跡的に0で済んだが物的被害は甚大であり、畏怖の念を込めて人々はそう呼ばれている。
「……あの戦い、ネットに上がっていたんですか?」
『どこの誰が撮影していたのか知らんがな。いやはや、君の凄さには目を見張ったよ』
「……それで?」
『あれを見て思ったんだが、君の戦い方はどこか本能に任せている節があるように感じたんだ』
「本能……ですか?」
『いや、君が無策で敵に突っ込むような人間ではないとは思っている。周囲に目を配ることができ、理解することができる』
だが、と。
兵藤はつけ加える。
『だが、それだけなんだ。君はその卓越した戦闘技術と鋭い洞察力で敵を圧倒できるが、あくまでそれだけだ。本能、という言い方はいささか誤解を生むな』
妙にまどろっこしい言い方をする、傷裏はそう思った。未だに何を言いたいのかわからない。
『まぁ簡単に言えば、君は単独で戦うワンマンプレーは得意だが集団のチームプレーは得意ではない。違うか?』
「…………」
何も言い返すことはできなかった。それは傷裏が常々悩んでいたことだからだ。
集団戦というもの自体を経験していないわけではない。ただその上で、チームプレーを行ってはいない。
傷裏、戸田による上宇治兄弟戦では各個撃破を旨としていてコンビネーションなど思考の範疇にはなかった。
オロチ狩りの決戦でもまた各個撃破、以下同文だ。
先日の4対1戦での最後、傷裏とアウラによる2対1はコンビネーションと言えなくもないが、あの時ですら 傷裏は単騎撃破をメインとして頭に置いており、アウラがうまく傷裏の動きに合わせて連携していた。
『君をこちらの陣営として戦わせるのは、何も彼女たちの結束力を高めるためだけではない。君の連携指揮能力を高めるためでもある』
「指揮?」
『あぁ。先ほども言ったが、君には優れた洞察力、ひいては周囲をよく見ることに長けている。これは部隊を指揮する上で必須スキルだ。むしろ適役と言ってもいいだろう』
「……しかし、僕の戦闘スタイルは単独戦の方が……」
『それは、得策なのか?』
最善とは言えない。
万全とは言えない。
有効とは言えない。
「得策とは……言えません。でも、このスタイルなら、仲間を守ることができます」
仲間に戦う時間すら与えない。
単騎で。
短期なら。
仲間の手を、汚さずに済む。
『そんなこと、何を今更なことを言っているんだ。彼女たちはどのような手法であれ、既にその手を血で染めているだろう』
「だからって、これ以上汚させたくはない」
『その感情を悪いとは言わない。だが、それは君の傲慢ではないか?』
傲慢。
まただ。
傷裏は何かしら、傲慢が該当する。
『彼女たちは戦っている。自らの意思で戦っている。そうだろ? 彼女たちは覚悟を決めて戦っている。その意思を君が捻じ曲げていい理由はない。君がやっていることは、彼女たちの汚れた手を綺麗に見せようと、いや、見ようしているだけではないか?』
メッキを貼っているだけではないか?
間違っていない。
傷裏は、正しくない。
『いや、何度も言うが君は間違っているわけではない。仲間を守りたい。それは至極正しい戦う理由だ。守りたい人がいるというのは、それだけで人を強くする』
人の心。
外見に似合わずメルヘンチックなことを話すものだ。
『だが、その自己犠牲意識は控えた方がいいだろう。彼女たちが聞いたらきっと怒られるぞ?』
「……あなたは何を知っているんですか? 僕たちの何を……」
『俺は何も知らない。テレパシーでも予知能力者でもないんだ、俺の見ていないものや聞いていないものは知らんよ』
ではなぜそう思うか?
そう聞こうと思った時、兵藤は小さく補足した。
『ただの勘だ』




