episode57・警報とプレゼント
「あぁ、それは避難警報が原因ですよ」
クーシは傷裏にお茶を出しながら、いとも簡単に疑念の正体を開示してくれた。
店外では皆が待っているが、呼ばなくてもいいだろう。そうぞろぞろ来られても店側の迷惑だと思った。
「避難警報って……昨日何かあったんですか?」
「九州ではよくあることです。ここは他国との貿易拠点であると同時に他国からの不可侵絶対防衛線である、ということは知っていますか?」
「まぁ……常識程度には」
日本は永世中立国であるとはいえ、他国から侵攻されないというわけではない。むしろ永世中立国であるがゆえに、少人数のゲリラ的戦法を多用される。侵攻する主犯格がどこからなのかを突き止めさせないため だ。
そして最も狙われるのは九州。他国との貿易を断てば国力が低下する=攻めることが容易になるという事象に帰結するためだ。
「日本は、現代では珍しく国単体がある程度独立できている。その理由は、日本が世界有数のB鉱石産出国であるため。だから狙われる。ついでに言えば、九州はB鉱石産出量が国内2位という点も襲撃の理由に適しているのでしょう」
「ということは……昨日もどこかが攻めてきたんですか?」
「昨日の避難は誤報だったそうです。ま、身構えないよりは安全性があったいいですよ。それに、もし誤報じゃなかったらあなた方、死んでいたかもしれません」
「誤報……ですか」
だから人はいなかった。
そして、何事もなかったかのように帰ってきた。
情報を頭で整理していると、クーシは恐る恐るという感じで近づいてきた。
「あの、避難警報を知らないということは、あなたはこの街の……というよりここ一帯に住んでいるわけではないんですよね?」
「えぇ、僕、先日から夏休みが始まったんですけどね、友達と旅行に来てるんですよ。太宰府天満宮とか行ってみたいですね」
「太宰府天満宮ですか。いいですね、学問の神様ですし」
さすがに、軍事的な仕事とは言えなかった。
「クーシさんはいつからこの街に?」
「僕は1週間前です。日本の文化というものに興味がありまして、生活費を稼ぐためにここでアルバイトを」
そういった理由で日本に在住する外国人が
多いのはいつの世も常である。
「……なるほど、ありがとうございました。おかげで謎が吹っ切れました」
「それはよかったです。あ、もしよければ何か食べていきませんか? 今日はシャケ定食がオススメですよ」
「いえ、申し訳ないですが、人を待たせているので」
「そうですか、残念です。今度ぜひ客としていらしてください。サービスしますよ」
「ありがとうございます」
クーシは最後まで丁寧だった。
ちょうどその時、店の奥にある小さなテレビではローカルニュースが流れていた。どうやらこの地域の特性上、他国との貿易情報が盛んに放映されているらしい。
『今日の午前9時、EUCからのタンカーが3隻搬入してきたとの情報が入ってまいりました。EUCとの物資貿易は近年増加の一途であり、より一層の良好関係を築くことが期待されています』
そんなニュースに耳を傾けながら店を出ると、皆がいないことに気づく。先にブレイン社に行ったとは思えないが。
と、そんな疑問はすぐに払拭された。視界の端に映る男性1女性3の一団を見つけたからだ。
一団は小さな雑貨屋の前にいた。その中の官能系の女性が綺麗なネックレスを掲げて喜びの表情を表し、柔和な男が恥ずかしさと嬉しさの間のような小さな笑顔になる。
その官能系女性……戸田は傷裏に気づき、男性……神野の手を引っ張って駆け寄る。
「ねぇねぇ聞いてよ傷裏! 課長が私にこれ、買ってくれたんだぁ! どう、似合うでしょ?」
「えぇ、とてもお似合いですよ。よかったですね」
年甲斐もなく感情を見せ、喜びを表現する戸田。傷裏は微笑んで返す。
しかし、今さっき傷裏が言った「よかったですね」は戸田に対しての言葉でもあるが、同時に神野に対して言ったものでもあった。
好きな人の気を引くためにプレゼントをするというのはいつの時代でも常套手段だ。
そんなことを考えながら神野を眺めて楽しんでいると、ふと気づく。
(あれ? これって僕もやるパターンじゃね?)
好きな人。好意を持つ相手。気になる人物。
傷裏が黒崎に対してこのような感情を有しているのは明白。
だとしたら、何かするべきではないか?
するべきだろう。何もせずにどうにかなるはずがない。漫画やドラマの登場人物だって何もせずに恋愛フラグが立つことはない。
いや、それも違うか。漫画やドラマはフィクションであり、それは作者によって決められた世界だ。多少なりとも外界からの影響を受けて作品の性質が変化するもの……例えばキャラクター募集などで様々な変容を起こす場合もあるが、それも最終的には作り手によって全てが構築されていく。
そしてそれはキャラクターの恋愛事情にも該当するものであり、キャラクターが取る行動で対象がどのように感じ、どのように惚れるかも想定済みである。
つまり、傷裏が恋愛について学習するために見尽くした恋愛の質が高い映画100選(バラエティ番組曰く)は意味をなさない。
そうと決まれば、やるしかないだろう。
「く、黒崎さん!」
「うぉっ、何⁉︎」
こちらにゆっくりと歩いていた黒崎の前まで駆け寄ってその手を掴む。
「あの……えと、ですね……そ、のぉ……」
「ん?」
勢いで掴んだはいいが、さぁ、ここからどうする?計画は無し、度胸も無し。あるのは永遠に続くように感じる羞恥心と後悔だ。普通こういうものはさりげなく買ってさりげなく渡すものだろう。そこに認識が向かわなかった時点で、今傷裏がどれほどテンパっているかわかってもらえるだろう。
傷裏は助け舟を求めようと神野に視線を向ける。その時の彼の対応は……。
プイッという効果音が出るような感じで目を背けられた。お手上げ、という意味だろう。
そこで、万に一つも希望を見出せないが戸田にアイコンタクトで要望する。助けてくれと。戸田も傷裏の黒崎に対する心情を知っているならある程度は察してくれるだろう。
しかし。
「……ん?」
(気づいてねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!)
小首を傾げられた。あれは気づいていない。冗談抜きで部外者の地位に踏ん反り返っているではないか。もうダメだ、彼女はダメだ、色々な意味でアウトだ。
『おい龍、キャラ崩壊しかかってるから気をつけろよ。あと、うるせぇ』
相棒の声が耳に届かないことはもはや日常茶飯事となっていた。
そんなことより。
「あ、あの……傷裏君? 大丈夫?」
心配そうな顔で黒崎が覗き込む。このままでは余計に心配されてしまう。それは得策ではない。むしろ愚策だ。
そこで1つ、ある妙案が浮かんだ。
(じゃ、うまく切り抜けといて)
『うぉい!』
黒崎に対してはまともな思考が回らない傷裏であるが、それは龍が、であって『タイガ』がではない。
ということで表の使用権を『タイガ』に譲渡、この場を切り抜けさせることにした。
(おいちょっと待て龍! こんなクソ面倒でかったるい仕事を俺に押しつけんじゃねぇ!)
『ごめんね、でもなんとかお願いしますよ「タイガ」、いや「タイガ」様ー』
(様とか加えてんじゃねぇよ! あとその棒読みやめろ凄くうぜぇ!)
『あー、わかったわかった。今度パフェ買ってあげるから、それでいいよね?』
(マジで……っじゃっねぇよ! バカかお前は! 俺はお前のペットじゃねぇぞ! あとこの餌付けトークつい先日やった気がするんだがぁ⁉︎)
デジャヴ……ではなく本当に類似体験であった。詳しくはepisode41を参考に、である。
『わかってるよ『タイガ』、君はペットなんかじゃない。それは僕がわかってる。僕たちは傷裏龍であり、同時に『タイガ』だ』
2人という別個の存在ではなく、2人で1人。
3A=−2Bではなく、A=B。
周囲からしたら異様であり、2人からしたら当たり前の事実を、傷裏は改めて告げた。
(……今更だろ、そんなこと)
『うん、そうだね。僕たちは1つの人生を共有している。死ぬまで一緒だ。互いが互いの最大の理解者だ』
(……あぁ)
『だから僕は君の人生を快適にする義務があるし、君は僕の人生を快適にする義務があるんだ』
(……あ、あぁ?)
今、何かおかしくなかっただろうか?
『ということであとよろしくー』
(おい待てやゴルァ!)
結局これなのだ。今までの長い真面目トークは全てここで落とすための布石だったのだ。
『タイガ』は自身のいつもの領地(?)である裏側に戻ろうとするが、面倒なことに傷裏は精神的なシャッターをかけて完全にこちらをブロックしてくる。
というか、そんな機能あったんだなと『タイガ』はどうでもいいところで感心していたが、今するべきはそれではない。
傷裏はこのカオス状況を打破しない限り締め出し(というより引きこもり)は解いてくれないというのなら、どうにかするしかない。
『タイガ』は小さく深呼吸、黒崎を掴んでいた自身の手をスッと離す。
そして一言、傷裏の声に似せて告げる。
「何か、奢らせてくれ」
これは言葉が悪かった。
アクセサリーという修飾語がなかった。
その結果、傷裏は例のファミレスで最高級パフェを奢ることとなった。
そして、アクセサリーを買ってあげるという任務に失敗した『タイガ』は相棒に泣くほどどやされることになるのであった。




