↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
56/110

episode55・表情とラブコメ

 黒崎にローテが回る。先ほど戸田が行った戦術(の名を被った横暴)から察すると、ゲーム開始時のジョーカーの位置は黒崎に、その後神野に流れたと考えるが妥当だろう。なのだが……。


「ま、どれ引いても一緒だしなぁ」


 なんと黒崎はその事実に気づいていないらしく、神野の手札から適当に1枚を引く。


「あ…………」


 引いて、あからさまに絶望の表情を見せた。どうやら引いてしまったらしい。

 改めて思い返せば、神野は手札を煩雑に構えていたように見せ、実際は1枚だけ自然と取りやすい形に配置していた。自然とそれに乗っかってしまった黒崎はジョーカーを自身の手元に加えてしまったというわけだ。

 神野、戸田に対しては極端に弱くなる性質を持つが、その点を除けばかなりの策士だ。特に、黒崎のような純真無垢な人間を相手にすればなおのことだ。


「さ、さささささささささぁぁぁ…………傷裏君が引く番だよぉ? さぁ、どぅぞぉ?」


 もはや一周回って面白く見えるほど、黒崎は動揺していた。傷裏に手札を突き出すが、その手は小刻みに震えている。

 ポーカーフェイスなどあったものではない。きっと黒崎の思考には動揺を外界に出さないためのフィルターがないのだ。動揺が純度100%で排出される。

 黒崎の手札に触れる。

 しかしだ。なぜか1枚だけ不自然に飛び出ている。それはもう電気も通っていない古い集落の中に1つだけ東京スカイツリーがそびえ立っているようなものだ。


(まさか……これで僕を罠に嵌めたと思っているのか……⁉︎)


 だとしたら、どれほど純粋な少女なのだろうか、黒崎は。

 そんな様子が可哀想に思えてしまい、それ以上に、たまらなく可愛いと思った。この必死さが、この天然さが、頑張っている感が、果てしなく可愛いのである。

 やはり、傷裏こそ真のラブコメキャラであるのだが、本人がそんな事実に気づくはずがない。

 試しに飛び出た1枚に触れてみると、黒崎の顔が清々しく晴れ渡る。

 その横に触れる。一気に萎えたような表情に変化する。

 また飛び出た1枚。また嬉しそうに。

 またその横。また悲しそうに。

 何回もその動作を繰り返し、黒崎の表情も同様にコロコロと変わる。


(可愛すぎないっ⁉︎)


 黒崎から顔を逸らし、カードを持っていない手で高揚して思わずニヤけてしまい顔を覆う。


(可愛いよね可愛いよね可愛いよねっっ⁉︎)

『ダァー! もうお前うるせぇ! こっちにその感情筒抜けなんだっつぅの!』


 ぞっこん程度ではなかった。これは好き過ぎやしないだろうか。それはもうただの自問自答がフィルターを突き破って相棒に丸聞こえになってしまうほどに。


(べっ、別に僕は黒崎さんのことが好きとかそういう……そういうんじゃないんだからね⁉︎ そこんとこ勘違いしないでよ、『タイガ』!)

『男のツンデレとか聞いてて気持ち悪いだけだから今すぐやめろゴラ。あと、それで感情隠せてると思ってるなら一回死んどけ。あ、やっぱ死ぬな、俺も死んじまう』


 予想以上のドスボイスでツッコミを入れられた。傷裏としては感情がモロバレなのが恥ずかしくてたまらなかった。


「傷裏君?」


 ずっと顔を背けていたためか心配されてしまった。「大丈夫」と答え、再び対面する。

 さて、どうしたものだろうか。傷裏少年が今取るべき選択肢は2つ。

 1つ目、黒崎には悪いが飛び出ていない方のカードを取る。

 2つ目、黒崎が可哀想なので飛び出たカードを取る。

 傷裏は迷った。普通なら前者を選ぶだろうが、面倒なことに相手は黒崎。黒崎に対して引け目を感じてしまうことはあまり好ましい行為ではない。

 このままではババ抜きというゲームが成立しないわけであり、傷裏がこの飛び出た1枚を取らない限り、このゲームは永遠に終わらないわけであり……。

 悩んだ。真剣に悩んだ。周囲から見れば「それババじゃん」と一目瞭然のこの状態であるが、傷裏の場合は相手のメンタルも考慮しなければならないのだ。

 傷裏は現状を呪った。この相手が黒崎以外ならと。戸田なら、神野なら、アウラなら、市原なら、青島なら、柳沢なら、唐沢なら、室井なら、獅童なら……。

 黒崎が相手でなければ、傷裏は下劣に、狡猾に、冷徹に、極悪に、醜悪に、残虐に、この1枚を避けて通れるのだろう。

 その末、傷裏の出した決断は……!


(黒崎さん、ごめん!)


 飛び出たカードの1つ右横のカードを掴み、勢いよく引っ張……。

 直前、黒崎の目尻に涙が溜まっていく様を、傷裏はスローモーションのような感覚で視認した。

 それはまるで走馬灯。過去の情景が1つ1つ思い起こされるかのように。

 カードが手札から離れ……。

 ちょっとおい、待て。

 これは、この状況でこの長ったらしい文を挟むということは……。

 そういうことなのだろう。


(メンタルダメージ高すぎだろぉぉぉぉっ!)



 寸前で、傷裏はカードを手札に戻し、飛び出た1枚を掴み、その手を天に突き上げた!


『お前……ホントにバカだな』

(なんとでも言えばいいさ。僕はこの先10年20年生きる中で、後悔しないと思ったことをやっただけだ。それが正しいかどうか、利益的か不利益的かなんて関係ない)

『……いいこと言ってます的な雰囲気出してるとこ悪いんだが、ちっともかっこよくないからな。言うほど話の規模でかくないことを1度理解しろよ、おい?』


 なんでもいい。傷裏の心は青空のように澄み渡っていた。

 今、傷裏は悔いのないことをした。それでいい、そう、それでいいのだ。

 穏やかな心で、傷裏は手にしたカードを見る。

 スペードの8。


「…………………………………………………………………………………………え?」


 スペードの8。

 スペードの8である。

 スペードカード13種の8番目である。

 色々な疑問を持ちながらも、傷裏は手にしたスペードの8を手札に加え、自分の手持ちと見比べる。そしてダイヤの8が手札にあることを確認し、8のセットを捨てる。

 今の行為は、別に間違ったことではない。ババ抜きとはそういうゲームだ。だから何もミスはしていない。

 しかしだ。

 間違ってはいないが、おかしいという事実を認識することは容易だった。

 なぜ、今引いたカードが『ジョーカー』ではなく『スペードの8』だったのか。


「ちょっ、え、えぇぇぇぇぇぇ⁉︎」

「うわっ⁉︎」


 少し時間を置いた驚愕の声に傷裏に黒崎が思わず後方に転がって一回転する。


「え、あれババじゃなかったの⁉︎」

「……うん」

「じゃあなんであの1枚を押し出した⁉︎」

「普通ならあんな飛び出たのは選ばないから……逆に付近のカードを取るだろうと思ったから……でもそんな私のお粗末な策をも見通すなんて、さすが傷裏君!」


 最初はこっぱずかしそうに解説していた黒崎だったが、途中からなぜか感情が高ぶったように目を輝かせながら拳を握りしめ、最後にはなぜか賞賛になっていた。


「いや……別に見通したってわけじゃないし……ていうか全て計算してやってたわけね……」


 もしかしたら黒崎は、傷裏の思い描くような純真無垢な天使ではなく、計算高き小悪魔系なのかもしれない。


(まぁそれもアリだけど)

『おい』


 日に日に相棒のツッコミがドス系に変質していっているのはイラつきからだろうか。友人が彼女のノロケ話を延々と続けるものと考えてくれればわかるだろう。


(……うん、ごめんね『タイガ』)

『やっと理解したか』


 少しこのハイテンションは控えようと心境を改めた傷裏だった。

 そんな中、自身に向けられた印象の変化を察したか黒崎は慌てて傷裏に詰め寄る。近い。


「誤解しないで傷裏君! 私は別にそんな悪女とか魔性とかそういうのじゃないから! 私がこの作戦を思いついたのは傷裏君に相対した時であってあの私自身も自覚してるわかりやすい反応は計算じゃなくて素であってそういうわけであってぇぇぇぇぇ!」

「わっ、く、黒崎さん近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い近い!」


 必死に誤解を払拭しようと黒崎は四つん這いで詰め寄り、傷裏はそんな彼女を意識せずにはいられず赤面しながら後退といった行為を続ける。

 その結果黒崎が前のめりに転倒、傷裏と頭が衝突する。

 するとどうなるか? 簡単な構図が生まれる。

 黒崎が傷裏を押し倒しているような簡単な構図が。

 硬直する2名。


「なんか……アニメでこういうシーンって定番よね」

「普通は男女逆だと思うんですけどね」


 戸田が情景を見て冷静に分析し、神野が苦笑いで返す。大人は非情である。


「あ、えと……ごめん」


 黒崎が面目ないというような表情で謝罪するが、今の傷裏はそれどころではなかった。

 目の前かつ超至近距離、もはや0距離といっても過言ではない位置に黒崎がいる。そして見つめあっている。彼女の長い黒髪は傷裏の顔のすぐ横にかかり、彼女の小さな息遣いが思考を乱し、彼女の心地よい香りが鼻腔をくすぐる。

 追記しておくと、一同の服装はホテルに置いてある浴衣のようなアレである。黒崎が馬乗り(仮)状態で近づくと、胸部の辺りが見えそうで見えないという男のメンタル破壊攻撃がさらに追い打ちをかけていた。

 これは……これは……これは……。


「あ」


 思わず呟いたのは戸田だ。彼女は見た。傷裏が顔面を果てしなく紅く染めながら、同色の液体を鼻の穴からツーっと流しているのを。

 漫画でおなじみの展開、ラブコメムードでよく起きる鼻血である。


「傷裏君大丈夫⁉︎ どこか怪我してるの⁉︎」

「あ、いや……これは……」


 急いで自らの鼻を押さえる傷裏だが、黒崎はそんなことお構いなしと急接近。『もはや0距離』が『完全に0距離』となる。


「あのロングコートの女にやられた傷がまだ残ってるのね? そうなのね⁉︎ 無理しちゃダメだよ! 辛いなら辛いって言わなきゃ!」

「いや、あの……だから……!」


 黒崎は鼻血の原因が怪我によるものと思っているらしい。これは不幸中の幸いか。

 いや、幸運中の不幸というべきか。なんの恥じらいもなく近づいてくる黒崎はついに、自らの額を傷裏の額に当てる。額で熱を計るというアレである。


「これもアニメで見るパターンね」

「これも男女逆ですよね」


 外野の会話など当事者たちの耳には入らない。特に傷裏には。


「あ、あ、あ…………」

「ヤバイ、凄い熱じゃない! もう今すぐ寝て休んで! やっぱあの女のせいね! 大丈夫、安心して。傷裏君のことは私が守るから!」

「課長、この台詞も……」

「はい、男女逆ですね」


 その末……。


「きゅぅぅぅぅぅぅ〜……」


 そんな謎の言葉(?)を吹き出しながら、傷裏は空気を失った風船のように力を失い、意識を失った。


「若いっていいわね〜」


 楽しそうに呟く戸田の台詞なんて、傷裏の耳に入ることは当然ないのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。