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episode54・トランプとラブコメ

 女は絶命した。謎の狙撃(狙撃かどうかも不明だが)も以降はなかった。

 あの後、傷裏はアウラや戻ってきた黒崎たちの手を借りて病院まで足を運んだ。バスやタクシーが動いていないため、1番近い病院に向かうだけで30分もかかった。その病院にはちゃんと人がおり、適切な処置を受けることができた。

 幸いなことに怪我は大事には至らず、その日のうちの手術で完治、入院の必要はなかった。


「傷裏君……アレは一体なんなの?」


 ここは傷裏たちが泊まるホテルの一室。そこで5人は集まっていた。

 ちなみに彼ら彼女らの道徳的配慮から申し上げておくと、部屋は男子サイドと女子サイドの2部屋を取っているため、万が一の『そういう』危険はない。

 そんな場所で、黒崎は神妙な面持ちで尋ねる。その表情には傷裏が無事だったことを喜ぶ安堵と未知の敵に対する恐怖が混ざり合っていた。


「……僕にもわからない」


 そうとしか言えなかった。推測もまた述べようとは思わない。下手に期待を煽ることは慎むべきだ。


(まぁ、何かくるだろうとは思ってたけど)

「ん?傷裏君、どうかした?」

「あ、いや……別に」

(あの情報はアタリだった、ということか)

「まぁ……なんとも言えないわよね。このホテルも安全とは言えないわけだし……」

「いえ、多分大丈夫です。少なくとも、このホテルにいる間、僕たちの生命は保証されています」


 今回ばかりは能天気に話をそらせない戸田の意見を、傷裏はあっさりと切り捨てた。


「このホテルは市原さんの管轄のホテルです。あの人が安全性100%をうたっているのであれば、まず大丈夫でしょう」


 傷裏も詳しくは知らないが、市原は世界各地にコネクションを持つ『何か』らしい。BP機関を創設する時も彼は設立資金の何割kqを投資したとされ、その他にも幅広く資金援助を行っている超大物らしいのだが、その正体は未だ謎だ。


「一応市原さんには今回の事件を話しています。もう情報収集に明け暮れているでしょう」

「仕事が早いわね」

「それが市原さんだからね」


 とにかく、ここの無事は確保されていると一同は理解した。

 そんなこんなで、皆はホテルの中にあるバイキングで夕食を取ることになった。ちなみにこの費用もブレイン社持ちだ。


「……ファミレスの代金も払ってもらおうかな……」


 遠い目をした神野が何やらとんでもないことを呟いていたが、本気ではないと信じたい。


「さて、こっからどないしましょうかね」


 きっかけは戸田のそんな一言だった。


「明日にはまた仕事があるけどさ、今日の残った時間をどう使うか」

「とっとと帰って寝ます」

「それが妥当です」

「はい」

「…………」


 傷裏、黒崎、神野、アウラの4名の意見は合致した。

 面倒。

 その一言で済んだ。



 そうは問屋が卸さない、いや、卸させないのが戸田恵実という女性である。


「トランプでもしましょうや」


 戸田の半強制的な要望(命令)により、夜の9時、5名は女子部屋に集まってババ抜きをすることになった。

 ババ抜き。スペード、ダイヤ、ハート、クラブの4種類のカードが各13枚ずつ計52枚のカードにジョーカーの1枚を加えた53枚を使い、プレイヤーは手札に回ってくる同じ数字のカードを捨てる行為を続け、最終的にジョーカーを手札に持っていたプレイヤーが負けという単純明快なボードゲーム。

 現代でもこのようなボードゲームは衰退しておらず、トランプ、人生ゲーム、すごろく、将棋、チェス、オセロなど、こういったゲームは大ブームを起こすことはなくとも無くなることはない。そういうものなのだ。


「じゃ、私から時計回りでいくわよー」


 戸田から時計回りに神野、黒崎、傷裏、アウラの順にローテーションが回っていく。


「じゃ、スッタートォ!」


 神野がトランプの山札(なぜか戸田が持ってきていたもの)を切り、皆に配る。それぞれが手札にあるダブり札を捨てて手札を減らしていく。自分の所にババはないと傷裏は理解した。

 まずは戸田がアウラの手札からカードを引き、そのカードと手札の1枚を取って捨て場に置く。

 そして手札を神野に見せるのだが、戸田の表情は果てしなく嗜虐性に満ち満ちていた。


「課長?」

「はい、なんでしょう?」


 喋りながら神野は戸田の手札に触れるが、そこで動きが止まる。

 いや、止まったというよりかは止められたと言うべきか。神野は札を取ろうと引っ張っているにだが、戸田の握力がそれを阻止する。


「あの……戸田さん? 取らせてもらっていいですか?」

「……コレ」


 神野の要望になど聞く耳を持たず、戸田は手札の中から1枚のカードを上に押し上げた。


「これ、取ってくれない?」

「え?」

「これなら取ってもいいけど、それ以外はアウト。オッケー?」

「いやいや、オッケーなわけないですよ。バカ言ってないで普通に取らせてくれませんかね?」

「ね? お・ね・が・い?」


 戸田が官能モード全開でおねだりする。かなり誘惑的であるが、神野はこの程度で意思を曲げるような人ではないと傷裏は知っていた。彼は一見ひ弱そうに見えるがそうではない。彼には彼なりの信念があり、強い意志がある。この程度のトラップに引っかかる彼ではない!


「…………はぃ」


 神野はその指示に従い、飛び出たカードを手札に迎え入れた。


「……………………あれ?」


 あれあれ? これは一体全体どういうことだ? 神野、簡単になびいてしまったぞ? 恐ろしいほどあっけなかったぞ。なんだというのだ、あの長文はフラグだったということか。

 ふと横を見ると、黒崎の体がプルプルと震えていた。どうやら笑いを堪えているらしい。

 聞くと、どうやら傷裏があの異形と戦っている間、以下のような出来事があったのだとか。


 回想。

 それは傷裏たちと別れ、とにかく安全な場所へと思いひたすらに走っていた時だ。


「戸田さん、どこへ向かえば!」

「あんなの相手だとどこに隠れたって一緒よ! とりあえず走って! そんで人探して!」


 息を切らしながら問いかけて走る神野に戸田は叱責に似た声を発する。

 この時、傷裏も戸田も携帯を開いていなかったため気づいていなかったが、この一帯は電波障害をかけられており、警察に連絡するという手段を取ることはできなかった。

 もっとも、極限の緊張状態にあった傷裏たちはそこまで思考を回すことはできなかった。


「なんで人っ子1人いないのよ! ここはゾンビタウンか! この後大量のゾンビが襲いかかってくるフラグか!」

「ちょっ、戸田さん! わけのわからないこと言ってる暇あったら走って!」


 数世紀前は一世を風靡したゾンビ作品であるが、近年ではそんな波は極度に冷め、「ゾンビ? あぁ、そんなの昔あったね。なんだっけ、死体が飛ぶんだっけ?」という惜しいようで完全なる的外れな言葉が返ってくるほど認知度が低い。


「悪いか! 私がゾンビもの大好きなカオスウーマンで悪いか! 女子力ないか!」

「なんでそういう話にシフトしてるんですか! ていうか別に女子力ないとは言ってませんから!」

「お?」

「え?」


 戸田が立ち止まり、神野をジッと見つめる。


「今の言葉……」

「え?」

「あれですか? 告白ですか?」

「え?」

「告白ですかぁぁぁぁぁぁ⁉︎」

「なぜそうなるっ⁉︎」


 戸田が盛大にジャンプ、神野にタックルまがいの抱きつきをかます。

 神野は最初はバタついて抵抗していたが、やがて湯気が生じそうなほど顔を紅く変容させ、そのまま停止した。


「え? ちょっ、課長⁉︎ 大丈夫⁉︎」


 戸田がその体を揺するが、反応はない。別に脈がないわけでもないしどこか怪我をしているわけでもない。生きている。

 生きているが、故障したロボットが如く様相で活動を停止している。

 戸田は不安になった。もしかしたら神野はなんらかの内面的な病を抱えており、抱きつきの衝撃でそれが発生してしまったのではないかと。

 だが、実際そんなことはないと横で見ていた黒崎は知っていた。

 これは誰から見ても明らかな事実であるが、神野は戸田に対して一定ライン以上の関係になりたいと思っている。要は恋仲である。

 神野は押しに弱い男であるが、それは戸田を相手にした時最も顕著に見られる。そして大抵恥じらう。

 加え、神野は事あるごとに戸田の近くにいた。飛行機内しかり、ファミレスしかり、徒歩しかり。

 だから、神野は戸田に対して強く物事を言うことができないというわけであった。

 回想終了。


「え、神野さんってそういうのだったの⁉︎」

「しー、声でかいよ傷裏君……!」


 傷裏は衝撃の事実を告げられて大声を発し、戸田が慌ててその

 口を押さえる。幸い、戸田も神野もこの会話は聞こえていなかったようだ。


「ていうか傷裏君、気づいてなかったの?」

「うん、まったく」

「まったく……だから傷裏君は朴念仁だって言われるんだよ……」

「朴念仁?」

「……いや、なんでもない」


 これは私が言うべきことじゃないから、と黒崎は小さく呟いた。

 それに首を傾げていると、アウラが傷裏の裾を小さく引っ張る。その表情はこう言っていた。


『気づいてなかったんかーい』


 なぜかエセ関西弁かつ語尾が伸びていた。なぜそんなアクセントまで読み取れるかは不明である。

 総合的に考え、傷裏は小さくため息をつく。


「ラブコメかよ……」


 絶対的に人のことを言えた義理ではなかった。

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