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episode48・主神とヒーロー

 アウラの乗る機体、オーディンはEUCフィンランド領軍の技師たちが開発したフルオリジナル機だ。吹雪や陸奥のように後継シリーズは存在せず、装甲やフレームだけでなく、ブースターやCユニットにネジの1本1本まで全てが新規製造されている。

 漆黒の黒いボディ、細くもなくゴツいわけでもない中間的なフォルム、片目に眼帯を模した装甲のついた特徴的な複眼の頭部、右肩は妙に長く、腰部から下に伸びるスラリとした細長い装甲はまるでロングコートのようだった。

 コートの両腰に当たる部位にはハンドガンがそれぞれ1丁ずつ収納、両膝にはサブマシンガン、背部にはバズーカとショットガン、右肩には通常のよりは明らかに大型のスナイパーライフル、左肩には大型のパーツが2つ、マウントされている。


「…………」


 オーディンがいるのは時計塔の近くにそびえ立つ複合ビルの屋上だ。戸田が兵藤と遭遇した時には既に彼女はここにおり、ずっとタイミングを狙っていた。

 絶好の機会を。

 仕留める機会を。

 それが今、やってきた。

 黒崎梨々香から送られてきた座標データ。現在黒崎がどういった状況かはわからないが、先ほどから周囲の戦闘状況を観察するに良好とは言えそうにない。


「…………」


 オーディンは指定された方角に目をやり、右肩のスナイパーライフルを取り出して片膝立ちで構える。

 さらに左肩にあるパーツの1つを外し、スナイパーライフルの銃床の上側に、もう1つのパーツを銃身の下側に接続する。

 そうして完成したのは、スナイパーライフルというよりは大型のキャノンだ。銃身の下側に接続したパーツをポンプアクションのようにスライドさせ、大型化した銃床を肩にかけて構える。

 コートの内側から左右1本ずつ細い支持脚のような物が展開され、支持脚の先端のスパイクが地にめり込み 固定する。

 眼帯に似たパーツが展開、ルーンと呼ばれる眼球のようなアイカメラが出現し、スナイパーライフルのスコープを覗く。

 増設された銃床からケーブルを伸ばし、右肩のコネクタに繋ぐ。これにて発射プロセスは終了となる。

 そのスナイパーキャノン、名をグングニルといい、機体名の原典である北欧神話の主神オーディンの持つ槍をモチーフとしている。

 黒崎が指定した場所には何もない。平坦なアスファルトが存在するだけだ。だが、そこに狙いを定める。

 黒崎は地下にいる。そんな所まで狙撃できるはずがないと、誰もが思うだろう。

 心配することはない。そう思うのが普通だ。だが残念ながら、これは普通ではない。


「…………」


 アウラは理解していた。黒崎が座標を指定したことで何を伝えたかったのか。

 理解していた。

 自身を賭け、アウラに勝利を繋いだことを。

 ゆっくりと、引き金を引く。

 それにより、やはりグングニルはライフルではなくランチャーであったと証明する。

 放出されたのは、機体を丸ごと飲み込めそうなほど膨大な口径のレーザー。

 最大射程20キロを誇る、全てを消し去る1条の光が、アスファルトを滅しながら迸る。


「…………」


 これは常々なのだが、アウラはこの機体に恐怖する。これほどの力、人間個人に与えていい代物ではない。女子高生となればなおさらだ。

 引き金を引く。それだけで全てが消えてなくなるのだ。

 なんとあっけない。

 なんと弱い。

 なんと儚い。

 肉片のほんの微小のカケラすら残らない。

 後世に何かを残すことすら許さない。

 兵器としては有能であることは確固たる事実だが、これはあまりにも残酷だ。

 グングニルの照射が終了し、銃床の左右からナイフの刃のようなフィルタが出現し、蒸気を排出することで排熱処理を行う。


「…………?」


 不可解だ。おそらくあの座標にいるであろうトリックは撃破したはずだ。手元のメンバーリスト見る限り、少なくとも黒崎は今の1射で脱落している。

 しかし、それならこの戦闘は終了するはずだ。対戦不能と機械が判断して強制シャットアウトするはずだ。

 疑問への返答はあった。どこからともなく、オーディンに向かい駆けてきたレーザーがそれだ。

 重量ゆえ枷(かせ)となるグングニルを放置して退避、レーザーをかわす。

 なんとか地表に着地し、移動を開始する。

 終始戦闘を観察したためわかるのだが、兵藤の戦法は15分かけて練りに練ったトラップ。その数は異常と述べても差し支えない。

 だが、よく考えてみよう。

 そんな無数の兵器を、バーバリアン1機のみで持ち運べるか?

 それは無理だ。トリックの背部にそれだけの物を運搬できるラックは存在しない。

 おそらく、トリックは大量の武装を運搬するためのキャリアーを所持している。ワイヤーや地雷、設置用銃器など。

 そしてECM発生装置もそこにある。これほど広域に展開できるということは、バーバリアンに搭載できる程度のサイズなはずがない。

 アウラはそれを考え、今の今までずっとそれを捜索していた。地上だとトラップに、上空だと兵藤本人に視認されるため(もっとも、デコイカメラがある時点でそれは意味を成さなかったが)、ずっとあのビルから探していた。あの位置とオーディンの長距離用アイカメラのルーンがあればフィールド一帯は見渡せる。

 しかし、見つけることはできなかった。それを踏まえると、キャリアーは自走、もしくは兵藤が遠隔操作していると思われる。

 とはいったが、ほぼ前者で確定だろう。ブレイン社は演算ソフトの大企業。キャリアーに演算ソフトを搭載し、自走用の思考プログラムに変えることは造作もないだろう。


「…………」


 探せ。

 ECMを潰しても、このビル群ではレーダーは機能しないためメリットは多いとは言えない。

 探せ。

 キャリアーに残っている武器はおそらく残りわずか、もしくは皆無。これもまた同様にメリットが多いとは言い難い。

 それでも探せ。

 兵藤映司。彼は凄まじい男だと認識した。まともに対面していないのでどうとも言えないが、計画性の高い人間だと思った。

 アウラが兵藤を攻撃せずにずっと観察していた理由は戦法の対策を立てるためでもあったが、実際は戦いたくなかったからに他ならないかもしれない。

 怖いのだ。あの男の相手をすることが。


「…………!」


 見つけた。

 4輪で地を走るトラックだ。トラックといってもそのサイズは既存の車とは比較にもならず、バーバリアンが1、2台積めそうなほどの大きさだった。

 そんな荷台(?)の中央に、台形のような形をした大型の機械があった。あれがECM発生装置だ。

 ならば対応は即座に行う。両手にサブマシンガンを取り、周囲のワイヤーに気を配りつつ加速、一気にキャリアーの真上に飛ぶ。


「っ!」


 乱射。

 ECM発生装置を破壊。それだけに留めず、キャリアーの車輪を全て粉砕。

 サブマシンガンをジョイントに再接続、今度はバズーカを構え、無造作に撃ちまくる。

 やがてキャリアーは黒煙を上げながら膨大な爆発を起こした。同時、レーダー画面からノイズは消えた。

 それだけではない。今まで戸田や傷裏や黒崎が暴れてくれたおかげでいくつもの遮蔽物が倒壊し、トリックやハルファスの現在位置がレーダーにくっきりと映った。

 だが、トリックの位置を見て悪寒がした。

 レーダーの中央に映るオーディンの光点と、トリックの光点が、寸分の狂いなく。

 重なっていた。


『さすがに計算外……だ!』


 パワーのある拳がオーディンの顔面を捉え、地に叩き伏せられた。

 起き上がろうとするも馬乗りの状態で乗られてしまい動けない。背部のサブカメラで確認しようとしたが、馬乗りにされた直後に潰されて機能を失った。


『君の機体が狙撃を重視しているとは見た感じで理解していたが、あれは狙撃ではなく殲滅兵器ではないか。予想を徹底的に裏切ってくれる……』


 兵藤の声に余裕を感じさせる雰囲気はなかった。彼にとって『計算外』とはそれほどに精神を不安定にさせる存在なのだろうか。


『残るは悪魔の少年か。彼の機体はもうボロボロ、舐めている気はないが、難題ではないだろう』


 サブマシンガンが押しつけられる。普通の戦場ならここでもう死ぬだろうが、そういうことにならないのは、互いに命を懸けて戦っていないという安心感が原因だろう。

 安心感といえば、アウラは心底安心している。

 負けないという安心感。

 なぜなら。


『はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』


 突如あがる咆哮。

 それと同時に、背中の重圧が消えた。

 トリックが吹き飛ばされたのだ。

 トリックを蹴り飛ばした紅い機体。

 彼は優し気に手を差し出す。

 オーディンはその手を握り、起き上がる。

 本当にうっすらとだが、微小だが、アウラに笑みが生じた。

 だってそうだろう。ギリギリのピンチでヒーローが現れて自分を救ってくれれば、誰だって嬉しくなる。


『さぁ、反撃開始だよ、アロラさん』


 ヒーロー、傷裏龍の復活だ。

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