episode49・対処と狂乱
今、表に出ているのは傷裏龍だ。この選択を取ったのは傷裏ではなく『タイガ』だ。『タイガ』は尋常ではない戦闘センスと思考能力を有しているが、性格は短気だ。そして『タイガ』のような人間は計算高い兵藤の策に落ちやすい典型的なタイプ。
よって、『タイガ』は冷静に周囲を分析できる傷裏に主導権を譲渡したのだ。
「さて……これでようやく2対1だ。これなら勝算は……ある!」
言い終えないうちに疾駆、ケルベロスシステムによって強化された脚力により、音もなくトリックの懐に入る。
「さぁっ!」
右足にキマイラを展開。
斬。
斬った感触はあったが、それはトリックの放ったデコイだ。その間にトリックは後退している。図体に似合わず、機動性はまぁまぁのようだ。
「逃がさない!」
障害物を利用して器用に動くトリックだが、ハルファスはビルの上に構える。ここからならレーダーはしっかりと機能する。
「そこ!」
獣のように飛びつき、トリックの右肘を切断する。
そこで、危機感を覚えた。
トリックの斬られた右腕には、4門の銃身が内蔵されていたのだ。
銃身が高速回転、数多の弾丸を吐く。
「くっ! 機体自身にもトラップをっ!」
跳躍、ガトリングを回避する。
その跳躍は、回避のためだけではない。
ビル群の隙間を縫うように現れた、ショットガンを抱えたオーディンをアシストするためでもあった。
既にポンプアクションは済んでいる。
数え切れない鉛玉がトリックを穿つ。
『…………!』
『甘い』
トリックの背後には網目状のワイヤーの壁が張られていた。それによって防がれた。これもまた想定内なのだろうか。
ハルファスは着地したと同時に再度加速、何度も蹴りを狙う。
対してトリックは、周囲に配置した数々のトラップを駆使してダメージを免れる。
そこで傷裏はグリフォンを構え、Cユニットの廃熱口を狙う。
それもまた防がれる。何発撃とうが防がれる。トリックに触れることなく防がれる。周囲にワイヤーを張っているのだろう。
しかしなぜだろうか。先ほどから弾丸は『弾かれる』ではなく『両断される』という防がれ方をしているように見える。
「落ち着け……落ち着け……冷静だ、冷静に観察するんだ。別にあれは超能力のそれじゃない」
文字通りトリックだ。
虚偽だ。
工作だ。
だから冷静に分析し、トリックのサブマシンガンの乱射をかわしつつ接近する。
キマイラを振るう。
『よく見てるな。だが惜しい』
断。
懐に侵入したと思っていた時には、既に左腕が肩から切断されていた。
「……え?」
片腕を失ったことで重心が大きく崩れ、直進がグラグラになったハルファスの胴に強い蹴りが入れられる。
「ぐぁっ⁉︎」
衝撃による苦痛など大したことではなかった。問題は、今の攻撃は何かということだ。
今見た、今感じた現象を文字で簡潔に説明すると、『気づけば左腕が切られていた』という一言で決着する。これは先ほども言ったが、実際問題そうとしか言えないのだから仕方ないだろう。
そうなると脳内に浮かぶのはカマイタチという現象だろうか。いやしかし、そんなはずはない。それはさすがに現実的ではない。
だとすると、なんだ?
『君は最上の恐怖だ。俺の計算した確定事項をとことんまで狂わせてくる。運を作る。人を惑わす。君の機体名に該当させるとしたら、まさに悪魔だ』
「チッ!」
度々斉射されるサブマシンガンはさほどの脅威ではない。
だが。
「ぁっ⁉︎」
断。
グリフォンを構えたその時には、銃身がスルリと落ちた。切断されたのだ。
「…………!」
そこに乱入してきたのはオーディンだ。2丁のハンドガンで射撃。
断。
ハンドガンが2丁共切断。
それを投げ捨て、これまた2丁のサブマシンガンを構えて乱射。
断。
サブマシンガンは機能を失う。
それも捨て、背後をとってバズーカ。
断。
最後にショットガン。
断。
「…………」
オーディンは全ての武器を失った。さすがに不利と判断したか、背を向けて後退する。
トリックの背後からハルファスが駆け出す。キマイラを振るう。
『むっ!』
今度は切断されなかった。
代わりに、防がれた。
何もない、空中で。
「これはっ⁉︎」
ハルファスはバク宙をしながらトリックと距離をとる。
そして、ニヤリと口元を緩ませる。
「わかった。あのカマイタチ、ワイヤーをつかってるんですね」
『…………』
「その腕についたガントレット、そこからワイヤーを出せるんだ。しかも何本も同時に。きっと今その銃口からは何本ものワイヤーが拡散状に吐き出され、ここら一帯にフィールドを形成している。あとは兵藤さんが僕たちを誘導すればいい。あなたならそれが可能なはずです」
『…………』
「アロラさんのグングニルを受けても無傷でいられたのもそれが原因でしょう。射線上に幾重にも交わらせたワイヤーの盾を構築して威力を分散させる。多分そのワイヤーにもレーザー加工を施しているんでしょう?」
謎解きをわざわざ口頭でする必要性はない。ならなぜか。
傷裏の感情にも、勝ちたいという感情があったからである。
基崎風に言えば、演出的な問題だ。
「さて、行きます!」
戦術を変える。
今まではワイヤーを回避することを念頭に置いていた。
しかし、それではどうやっても回避に集中してしまい、思考が分散してしまう。それは同時に、回避んための複雑な操作を要することも意味していた。
だから、変える。
具体的に述べれば、進路上の全てのワイヤーを破壊するという、考えも何もあったものではない戦術に切り替えたのだ。
「ハァァァァァァァァァァァ!」
そのため、表の思考は『タイガ』に任せた。こういった強硬手段は傷裏より彼の方が適任だ。
胴体にかかるワイヤーはBバリアの正面展開によって消滅、足元のワイヤーはキマイラで同様に排除。
そうして、時間を要することなくハルファスとトリックの距離は詰められた。
『それでもまだだ』
キマイラによる溶断は叶わなかった。
トリックの右腕をワイヤーが囲み、一種の手甲を構築していた。
『近接戦闘ができるのは君だけではない』
キマイラとワイヤーがぶつかり合い、つばぜり合いが生じる。
『戦闘において最も大事なのは確実性、そしてあらゆる不足の事態への準備だ。確かに近接戦闘は実戦で活用される機会は少ない。だが0ではない。ならば対処を施すことは無駄ではない』
彼は本当に聡明な男だ。現実の理念に囚われず、多彩で柔軟な思考を持つ。
それゆえに、『タイガ』の感情は果てしなく高揚していた。
強い敵と戦いたいという欲求。
打ちのめしたい欲求。
だが、今はそれを抑える。
個人の感情は、今は抑えるべきだ。
これは傷裏1人の戦闘ではない。戸田、黒崎という2名が繋いだ戦いだ。
だから、正攻法を使う。
ズッ……。
『……なっ⁉︎』
驚愕の声を上げたのは兵藤だ。
なぜか? 単純な話だ。
トリックのコックピットを、2本の粒子ブレードが貫いていた。
その得物を持つのは、トリックの背後に立つ漆黒の機体。
オーディン。
「彼女の台詞、一応翻訳しておきます」
『タイガ』ではなく傷裏の頭上のモニター、そこに映るアウラの表情を見て、傷裏は述べる。
「近接戦闘ができるのは、あなただけではない」
勝敗が決し、傷裏はシミュレーション機を出た。機外では戸田と黒崎が待ち構えており、出たと同時に詰め寄ってきた。
「傷裏君ナイス! マジでナイスだったよ!」
「最後の台詞、あれマジでカッコよかったわ! さすが傷裏よ!」
異様にテンションが高かった。それはきっと、ホールの中央で顔面を蒼白にさせていた男にしてやったりという思いがあるからだろう。
その男……赤井は目の前の大きな機材を力強く叩く。
「どういうことだどういうことだどういうことだどういうことだどういうことだどういうことだどういうことだどういうことだどういうことだどういうことだどういうことだどういうことだ!」
何度も機材を叩き、真上を仰ぐ。
「僕のシステムは完璧だった、僕のシステムは完璧だった、僕のシステムは完璧だった。兵藤さんにミスはなかった、兵藤さんにミスはなかった。ならっ!」
アウラが機内から出たちょうどその時、赤井は叫んだ。
現実を信じたくないと言わんばかりに。
「なぜだ! なぜだなぜだなぜだ!」
「おい、赤井!」
その様相に周囲が恐れおののいたが、ただ1人、兵藤は怯むことなく赤井の肩を掴む。
「赤井のシステムに問題はなかった。あれは俺のせいだ。俺の敗北する運を予測できていなかった俺が悪いんだ。だから落ち着け」
兵藤にそう言われ、赤井はやがて平静を取り戻した。
「……皆さん、お見苦しいところを晒してしまい申し訳ありませんでした。今日の仕事はこれで終わりです。ありがとうございました」
絞り出すように言葉を紡ぎ、赤井はホールを去っていった。




