episode47・地下と4人目
最初に動いたのはトリック。もはや何がなんだかわからないほど複雑に配置されたワイヤーの1つを小さく引っ張り、遮蔽物を活かしてすぐに姿をくらました。
「逃げたか! ……っ⁉︎」
追おうとしたが、とにかくその場を去るという思考に切り替えた。
移動した直後、直前までいた地点に大量のミサイルが四方から迫ってきたのだ。
さらに後方。『1つの』ビルにワイヤーで括られた『3つの』バズーカが何者にも触れられることなく発砲される。これはSHININGでバズーカと弾頭をまとめて薙ぎ払う。
再度、四方からのミサイル。同時にどこからともなく高密度レーザー。機体を360度旋回させながらSHININGでミサイルを一掃、レーザーは首を横に傾けて紙一重で回避した。
『いい判断だ。それに、いい機体だ』
音もなく、トリックが目の前に現れる。サブマシンガンを構え、ロスタイムを作ることなく撃つ。
『だが俺の方が上だ』
「ヤバイ!」
回避、SHININGによる直接攻撃は余裕を持って回避される。
『そしてそこ、足元注意だ』
「え⁉︎」
陽炎の足が、低位置に仕掛けられたワイヤーに触れる。
足元が爆砕した。ダメージはない。アスファルトだけを狙った精巧な爆弾だ。
それによって陽炎は足場を失い、奈落の底へ一直線に落下する。
黒道の説明は、前にもしただろう。テルメロイの乱を機に日本全国に作られた地下輸送ライン。
この仮想の戦場でも、それは寸分の狂いなく再現されている。地下鉄を思い起こす半円状の道。天井のライトは不気味に点滅を繰り返し、薄暗い雰囲気は恐怖を増長させる。まるでホラー映画のワンシーンのような。
前方500メートルの地点でアスファルトが同様に爆砕、生じた穴からトリックが現れる。
『君のその機体、見てるうちだと平行移動能力は高いが垂直移動は不得手なんじゃないのか? あの奇跡の大ジャンプ以降、推力が落ちている。ブースターが死んだか』
気づかれていた。だからここの誘い込まれた。垂直移動をしなければ脱出できない、この場所に。
「確かに万事休す。でもね……」
不安に囚われる必要はない。
自由だ。今黒崎の心は自由なのだ。
よって、相手の策を利用する策を思いついた。
SHININGを構える。
「ここだとあなたも逃げられない!」
ここはバーバリアンが1体通れてかつ少しのスペースが生まれる程度の1本道。こちらが逃げられないように、向こうもまた逃げられない。真上に逃れればなんとかなるだろうが、この距離ではその余裕を与えない。
照射。
直進。
拡散。
そして霧散する。
「え⁉︎」
今のレーザー、黒崎は直進方向に設定していた。この状態で拡散させれば、全てトリックの周囲を走るのみと理解していたからだ。
だが、拡散した。
いや、黒崎の想定する拡散と現在起きた拡散は種類が違う。
今回の場合、レーザーは確実に直進した。直進して、その上で、切り裂かれたように霧散した。
「ということは……そこにもワイヤーがあるわけ⁉︎」
『お、ご明察だ。さすがだな』
蜘蛛の巣状か網目状かは知らないが、トリックの目の前にはワイヤーが展開されている。それも、かなり強度な対レーザー加工を添えてだ。それが8連レーザーを引き裂いた。
「つまり私を……ここまでおびき寄せるのも想定内だったってこと⁉︎」
『まぁ、そういうことだ』
「クッ!」
トリックに背を向け、全力で加速する。
あれに対応する術を、今の黒崎は持ち合わせていない。
1本道を走りながら、解決策を模索する。とにかくこの黒道から脱却を図る。
しばらく考え、個人でそれは不可能と考えた。陽炎の弱点がこうも利用されるとは。
仲間に通信をかけたが、どうやらこの地下では意味をなさないようだ。座標を転送して現在位置を知らせることはできるが、それだけで意図を伝えることは……。
「……やってみるか」
黒道は電車の運行システムと似通った点が多数ある。使用する運搬機器が列車を使っているので当然といえばそうなのだが。
そんな黒道にも、地上と同様に転車台がある。全国全てに物資を輸送できるように設計されているので、これは必須となる。
そんな転車台がある空間は、1本道ではなくやや広いホールのようになっている。広いとは言えないが、ここならある程度の戦闘は可能だろう。
「さてと……」
黒崎が進んでいった先に、そんな空間はあった。その入り口の真横に、陽炎は待機する。
作戦はこうだ。おそらく兵藤は逃走した陽炎を追いかけて黒崎の通った道を辿ってここに着くはずだ。この入り口を通るその瞬間を狙う。
陽炎が構えているこの位置は、入り口から入るまで視界に入らない。ゆえに、不意をつける。入ったその瞬間、0距離からSHININGを撃って撃破する。
音をたてず、自身の小さな吐息の音にも警戒を払い、ジッとその時を待つ。
やがて、金属同士が擦れ合う音を聞いた。その音は絶えず、だんだんと近づいてくる。
「来た……」
心音が高鳴る。これはリアルでないと理解しつつも、一方でリアルと同等の緊張感がその身を覆う。
ここには電球がないため姿は見えない。しかし、音で場所を把握することは可能だ。
どんどんと、ペースがズレることなく、等速で近づいてきて、そして……。
「っ!」
今、ここに。
そう判断した瞬間、SHININGを突きつけて照射、集約された熱の牙が空間を抉り喰らう。
「やったか⁉︎」
『その台詞はフラグだから使う時は細心の注意を払うことだ』
声をかけられた。
その直後には、鋼鉄の肘打ちが陽炎の顔面を襲った。
「え、何⁉︎」
驚くのは必然だ。ついさっき破壊したはずのトリックが、目の前にいたのだから。
『君は音を頼りに現れた標的を倒した。これはいい、いい才能を持っている。しかし、君はもう少し用心するべきだった。例えば……』
トリックが手近な壁を探るように触れると、一帯に電気が、明かりが灯る。
視界が晴れたゆえに、認識した。
トリックの周囲を旋回する、無数のデコイを。
『君が破壊したのはこいつだ。俺は君がこの場所で待ち構えていることを事前に読んでおり、 ここに向かいながらデコイを目の前に飛ばしていた。俺がデコイを追随していた形だな。そしてここに入る直前、俺は停止、デコイだけを進ませた。君は俺が等速で進んでいたから、それ以降も等速だろうと誤解した。だから敵の姿をろくに見ず、先入観のみで行動してしまったのだ』
急いで距離を取る。ここなら左右移動が可能だ。
『その対応の早さは悪くない。誇ってもいい。だが、なんだよ』
明かりがなかったため、気づけなかった。
このホール一帯には、いくつものワイヤーと武器が設置されていたことを。
『君の動きを読んでいた、と言っただろ?』
トリックは入り口に陣取っており、そこに群がって行くように何十本ものワイヤーが張られている。
『だったら、事前に準備していても普通だ。俺の場合ならなおさら、な』
右手側のワイヤーに衝撃、陽炎の頭上から散弾の雨。
左手側のワイヤーに衝撃、陽炎の足元が爆砕して土とレールの追い打ち。
右肘近くのワイヤーに衝撃、陽炎の四方から拡散レーザー。
左肘近くのワイヤーに衝撃、陽炎の八方からこれまた散弾の雨。
「まずい!」
全方位から襲いかかる異常以外の形容を許さぬ圧倒的物量の攻撃。豪雨と呼ぶべきか、敗北を与える絶望の雨と呼ぶがそれらしいか。
よって、いくら高い機動性を有している陽炎といえど、回避するスペースのない攻撃にまでは対応できなかった。SHININGとバックウェポンでできる限りの攻撃を相殺するのが精々だ。
攻撃が止んだ頃、陽炎のダメージは限界に近かった。いや、そんな言葉では生ぬるい。もう限界だった。機体として形を保っているのは胴体と数本の足のみで、もはや自力で立つことは叶わなかった。
『悪いとは思っている。君がここに来ることを、俺は15分の準備時間のうちに既に読んでいたのだから』
死への恐怖。黒崎はそんなものを何度も経験してきたが、今ある恐怖はそれらとはベクトルというかカテゴリが違った。
今の今までを全てシミュレーション通りと語る兵藤。これはまるで……。
「未来予知……」
ここで恐怖するなという方が無理な相談だ。彼はもはや人間を超えている。
『さて、これで2人目脱落か』
兵藤が何気なく呟いたこの言葉を聞き、黒崎の頬は恐怖を忘れて緩んだ。
彼は気づいていない。
想定外の出来事が存在することに気づいていない。
それを理解し、黒崎はエンターキーを力強く押し込んだ。
さて、皆は気づいているだろうか。
改めて確認してほしい。
この戦場にいるのは5人だ。そのうち戸田は撃破され、黒崎も戦闘不能。傷裏及び『タイガ』は機体の調整中だ。
さて、戦闘が始まってから今までで。
5人目は出ていただろうか?
そう、やっと。
ようやく。
「…………」
5人目、アウラ・アロラの登場である。




