episode46・罠と罠
戸田機が撃墜された。
その情報が流れてきたのは、時計塔から500メートル離れた地点で謎の爆発が起きた数分後だった。
爆発は3度あった。1度目と2度目は小さな爆発。火力から察するに戸田の放ったミサイルだ。
そして3度目。あの爆発は戸田を撃破した要因だろう。
その時傷裏は、爆発地点の近くにいた。その場所に辿り着いたその時、戸田のクイーンビー・NEXTが撃破された。もう少し早ければ、なんとかなったかもしれないが。
兵藤のトリックはこちらに気づき、足元にある機体の残骸を適当な方向へ蹴り飛ばす。
『蜂の次は悪魔か。想定内で助かる』
兵藤は安堵するように言った。
「……兵藤さん、あなたは今演算ソフトと脳を直結させているんですよね? これは単純な疑問なのですが、どういう気分なんですか?」
『俺の感覚としては普通にコックピットで操作している気分なんだが、赤井が言うには実際は違うらしいな』
「なるほど、ありがとうございます」
話しながら、傷裏は隙を伺っていた。しかし、兵藤はなかなかそのような様子を見せない。
(ならしかけるか、『タイガ』)
『あぁ、いつでもいける……が』
(ん?)
『タイガ』は言葉の最後に煮え切らない逆説を加えた。彼らしくない。
(どうしたんだい?)
『あ、あぁ……正直な話、俺あいつ苦手だ。なんかわからないが、嫌な雰囲気を持ってやがる』
(嫌な雰囲気?)
『詳しくはわからねぇが、あまりアレと相対したくねぇ。ケルベロスでとっとと決める。異論はあるか?』
「大丈夫、君の好きなように」
『了解だ』
『タイガ』にバトンタッチし、操縦を任せる。
表に出た『タイガ』は外の空気(機内であるが)を堪能するように数回深呼吸を行い、目を鋭く光らせる。
コンソールの上で指を軽快に走らせる。
戦闘……。
「ケルベロスシステム、制限解除!」
開始。
ハルファスは前傾姿勢で構え、無駄な時間を要することなく跳躍する。
右足のキマイラを展開し、空中で身を鋭く捻りながら回し蹴り。
傷裏は防ぐにしろ回避するにしろ、兵藤の対処を対処するつもりでいた。
回避行動を行うそぶりすら見せないトリックに疑念を覚えながらも、足を振るう。
直前、ピンッという音をハルファスの右足付近から聞いた。何か、強く張った糸を引っ張って弾いたような。
聞こえた直後、ハルファスの体は左に大きく吹き飛ばされた。
「クソがっ!」
空中で体勢を修正し、ビルの上に着地する。
周囲を見渡すと、ビルの側面にバズーカが括りつけられていることを視認した。
括りつけられている、ということは、それを固定しているものがある。見えづらいが、極細のワイヤーだ。それがバズーカとビルを固定している。
だが、あのタイプのバズーカはワイヤレスではない。遠隔操作できるようにはできていない。
ならどうやって……。
「そうか……ワイヤートラップ!」
右足に起きた糸を弾いたような音。あれはまさしく糸だったのだ。きっとそこら中にワイヤーが張り巡らされており、何かが触れると衝撃がワイヤーを伝ってバズーカの引き金に到達、発射される仕組みだ。
それと同時に確信した。あの空白の15分は、このトラップを仕掛けるための時間だったのだと。
「機体ダメージは……よし、まだ軽微だ」
バズーカを受ける直前、『タイガ』はギリギリのタイミングでBバリアを展開していた。急だったため衝撃は中和できなかったが、それでも大損害は免れただけ儲けものだ。
「とりあえず現在の目標は……デコイカメラの破壊、ワイヤーの撤去……面倒だな」
とりあえず駆け出す。バズーカの射線から抜けるように、かつ周囲に細心の注意を払い。
ワイヤーはあの1本だけではないはずだ。それと同時に、設置された武器も1つだけではないだろう。それらも叩く。
「あんにゃろぉ、ちょこざいな戦い方しやがって」
『異常に理にかなってるよ。怖いくらいに』
「否定する気はねぇ……よ!」
垂直跳びのように、助走をつけながら地を踏み込み、跳躍。ワイヤーが届かない空域に出る。
後に『タイガ』は、この選択を激しく後悔する。
考えてみれば、ステルス地雷、浮遊改造型デコイカメラがある時点でが考慮するべきだったのだ。
「ちょっ、あっ!」
ハルファスが到達した高度に、それらはあった。
改造処置を施された、無数のステルスデコイが。
それぞれがワイヤーで結ばれ、網目状の陣を構築していた。
ハルファスは跳躍を続けたまま、接触。
次のアクションは単純明快だった。
全てのステルスデコイが、爆発した。
紅蓮の炎がハルファスを一瞬にして飲み込んだ。
「傷裏君!」
時計台の元にある広大な庭園に陽炎は立っていた。
その目は上空を見つめており、延長線上では無数の爆発が連鎖的に生じていた。
黒崎が見た範囲で現状を説明すると、ふと爆音を聞いて視線を移すとビル群からハルファスが跳躍した姿を見つけ、天高く空に上がり、爆発した。
爆煙が晴れたのちに場に残っていたハルファスは全身がボロボロだった。
やがて、その体はガクンと垂れ、光は失せ、落下していく。
「まずい!」
急いで機体を加速させる。目的はもちろん、傷裏の救出だ。あの高度から防御なしで落ちれば確実に潰れる。ここで戦力を失うのは惜しい。
言ってしまえば、この戦闘は質の高いゲームだ。負けたとしても死ぬことは当然ながら、ペナルティは何もない。
それえでも、負けたくないと傷裏は思った。
純粋に、勝ちたいと思った。
結局、黒崎も赤井の挑発に乗っていたのだ。戸田のようにあからさまに乗るようなことはなくとも、プライドがいたく傷つけられたと憤慨していたのだ。
だから、負けられない。
「届けぇぇぇぇぇぇ!」
SHININGで進路上の障害を全て消し去りつつ右腕のサブアームを展開。
平行移動にのみ特化した脚部のブースターをなんとか調整し、数個のブースターを自壊させながらも、陽炎は空に舞う。
そして、掴んだ。
その手を、しっかりと握った。
その後はなんとかブースターで角度修正、不時着に近い形で地に足をつける。
ハルファスの損害を確認、各部が痛んでいるが、時間をかけて再調整すれば戦闘は可能になるはずだ。
あの爆発の中心にいたにも関わらずこの損害は軽過ぎる。おそらく寸前でBバリアを張って直撃は回避したのだろう。だとしたらなんという反射神経だろうか。
ハルファスを引きずって安全そうな場所に隠す。周囲に敵影もデコイカメラもない。トリックが来ないうちは安全だろう。
「傷裏君、私が時間を稼ぐから、その間に戦えるようにしておいて」
傷裏は何も答えなかったが、黒崎は背を向けて移動する。
悪いことに、現状黒崎は兵藤の戦法を何1つ把握していない。彼女は未だ彼と相対していないのだから仕方ないのだが、不安が募る。
戸田が撃破されていることは手元に表示されている戦域メンバーリストから知っている。それはきっとあの数回の爆発が原因だろう。
となると、トリックの武装は高火力のミサイル系だろうか? いや、おそらく違う。それでは上空でハルファスが爆発受けた原因とは結びつかない。
そもそもあの爆発はどうやって起きた? ミサイルはおろか、実弾やレーザーの姿も見なかった。
だとしたら、残る可能性はトラップ系だろうか。現に、先ほどから市街地を走れば走るほど足元にはステルス加工された地雷のようなもの、そしていくつものワイヤーがそこら中に巡らされている。加えてECMやデコイの数々。これで仮決定だ。
さて、そこまで思考すればあとは対策の思案だ。
ここで脳裏をよぎったのは、あの男の戦闘スタイルだ。
朝倉士郎。戦いの理由を求めたが成果を得られず、戦闘を快楽と認識することで罪悪感から逃げた狂気の男。彼は狂気であるが計算高い男で、ホログラムを利用した撹乱戦法で敵を翻弄していた。
あの時だって冷静に考えれて解決策を見出したのだ。今回だってできるはずだ。
そんな根拠のない自信で恐怖を偽った。
そうでもしないと、勝てるとは思えなかった。
そんな思考を回していた時だ。
現れた。
『少年はまだセーフのようだな。これは少し計算外だ、誤差の範囲外だ。少しだけ、不安になる』
兵藤映司。
その機体、トリック。
「戸田さんの分まで、頑張りますよ」
『その意気だ、黒崎の娘よ。ところで俺は1年半のブランクがあったのでな、いささか本調子ではなかったのだが……心配するな、そろそろコツも思い出してきた』
戸田と傷裏を負かしておいて、この男はまだ本気ではないと言う。
ここまでくると、乾いた自信ではどうしようもない恐怖が滲み出てくる。
「じゃあ、行きます」
『あぁ、来い』




