episode45・情報と下準備
『傷裏君、そっちはどう?』
「ダメだ、こんな街中だとレーダーは使えない。それに……」
傷裏はレーダーに目を向ける。レーダーがただ使えないだけなら光点が発生しない殺風景な映像が生まれるだけだ。
しかしそれではない。今傷裏の視界に映っているのはノイズ尽くしの画面、要は砂嵐の状態だ。
「ECMがかかっていちゃ結局どうしようもないね」
『こっちもまだ進展ないわね』
黒崎に次いで、戸田からも報告を受けた。戦闘開始から10分のことである。
ここはシミュレーション機によって構成された仮想の戦場。『戦闘後の荒廃都市』を想定している。
周囲のビル群は倒壊したものや無数の弾痕を持つものばかりで正常さは一片たりとも見当たらない。
アスファルトは抉れ、至る所では黒煙が上がる。たった今、損害に耐えかねたビルが粉塵をあげながら崩れ落ちた。
皆の機体はそれぞれの愛機だ。傷裏のハルファス、黒崎の陽炎、戸田のクイーンビー・NEXT。これらはUSBメモリにあらかじめ記録した機体データをシミュレーション機に読み込むことで使用可能としている。
「ここまで長時間かかるって……一体どうなってるんだ?」
『赤井の話だと、フィールドの範囲はそう広くないはずだからいつかは見つかると思うけど……こう時間がかかると集中力も鈍るわね』
「油断禁物ですよ、戸田さん。そういう時が1番危ないんですから」
『わかってるわよ』
問題は敵……兵藤だ。傷裏たちは彼の戦術、そして彼の機体を全く知らない。彼自身が戦闘前、トリックという機体名を教えてくれたがそれだけだ。それ以外はなんの情報もない。
高機動型か、重武装型か。
近接型か、遠距離型か。
戦闘というもので最も大事なのは、どれほどの力を有しているからでもどれほどの戦力を有しているからでもでもない。どれほど情報を持っているかだ。
情報はどんな場合においても絶対的に必要となる存在だ。戦闘だけでなく、情報の有無は万物の可能性を増減させる。
だから不安に駆られる。いくら死ぬことのないシミュレーション戦闘であったとしても、生死の面以外は本物の戦闘と大差ない。死の恐怖を錯覚しても致し方ない。
『傷裏君』
頭上に黒崎の顔が映ったホログラムモニターが展開される。映像通信だ。
『ちょっと変なものを見つけた』
「変なものを?」
『今画像を転送する』
目の前に黒崎が送ってきた画像が表示される。画像の中心にはプロペラのついた水色の球体がある。どうやらこれは浮遊し、その場で停滞しているらしい。
「これは……デコイだ」
『デコイ?』
「うん。レーダーを誤魔化す手法の1つで、それがあるとその地点に敵機の反応が出る。つまり敵からしたら自身の位置を錯覚させることができるんだ」
『つまり……レーダー専用の囮?』
「そういうこと。でも、こんなレーダーが使えない場所で配置する意味がわからない」
『破壊しておく?』
『いや、破壊したら向こうは気づいてこちらの居場所がバレる。触れずに放置しておいて」
『わかった』
『傷裏、こっちもデコイ見つけたわ』
戸田からも画像が送られる。同機種のデコイだ。
ちょうどそのとき、傷裏もまたデコイを発見した。どうやら配置されている数は少なくないようだ。
少なくともここでわかった情報は、兵藤の機体は多数のデコイを搭載していることだ。おそらくECMの原因もまたしかりだ。
「にしてもこのデコイ……」
傷裏の脳内には疑問が生じていた。
この機種のデコイを傷裏は知っている。しかし、傷裏の知識に存在するデコイとこれには若干の齟齬があるように感じるのだ。
「でも一体どこに……」
考えたが、答えは出なかった。『タイガ』に聞いても同様だ。
よって、それを無視して歩を進めた。
戸田もまた、見つめたデコイを無視して先に進んでいた。
それと同時に、やはり疑問に感じていた。ECMが起動しているこの戦域でデコイがなんの役に立つのかと。
そこで危惧したのが、デコイに偽装した爆弾だ。ある程度接近すると爆発する仕組みを想定した。が、傷裏や黒崎は接近しても何もなかったことを踏まえるとこの案は違う。
「……どっかに隠れてるのかねぇ」
ECM、デコイに似た何か。
この2つを搭載しているとなると、兵藤は知能派系の戦術を得意とするタイプだろうか。おそらく真っ向から向かってくることはない。この15分、兵藤は何か仕掛けていると思われる。
そうなると次に生じる疑問だが、兵藤はどういった手段でこの15分を逃げ延びているのだろうか、ということだ。レーダーが使えないこの状況……。
「え? ちょっと待って……」
物証の少ない勘だが、兵藤は何か下準備をしていると思われる。それこそ、以前戦った朝倉のように。
朝倉の場合もそうだったのだが、綿密な下準備を行ってから戦闘する場合、下準備の下準備が必要となる。
情報を集める必要がある。
この戦況において兵藤が必要な情報は、敵がどこにいるかをリアルタイムで確認するための情報。
繰り返すようだが、レーダーは使えない。
だが、何も位置を把握する情報を得るための方法は何もレーダーだけとは限らない。
監視カメラが代表例だ。隙間なく、多数の目を配置しておけば大抵の範囲は手中に収められる。
仮にだ。
今戸田たちが置かれている状況が、それと同質のものだったとしたら?
「っ! ヤバイ! 皆、今すぐデコイを破壊して! それ監視カメラ!」
慌てて目の前のデコイを破壊するが、やはりと言うべきか、圧倒的に遅かった。
ビルによって視界を遮られた影から、見知らぬ敵が出現した。
ベースはヒノモトシリーズ2番機の陸中。全身をモスグリーンで塗装されている。右腕には銃口のついたガントレット、背部には大型のバックパック、頭部には円盤状レーダー……レドームが存在する。
『察するか、さすがだな』
「クソっ! 全部あんたの手のひらの上だったってわけね!」
距離を取りつつ肩部のミサイルを一斉射出、トリックの破壊を求む。
ミサイルは爆発した。
トリックに触れる直前で。
「ぁっ⁉︎」
ビルを遮蔽物にして身を隠し、全力で後退する。
「繰り返すわ! 全員デコイを見つけ次第破壊して! 映像が撮られてる! あと敵機と遭遇!」
危険だ。これは非常に危険だ。今やこちらの動きは兵藤に筒抜けと思って間違いないだろう。おそらく頭部のレドームは多数のデコイカメラの情報を収集、選別するためのものだ。
そうなると、やるべきことは味方機との合流。位置を知らせたいが、あいにくレーダーがこの調子ではそれも不可能。
「チッ! 皆今どこよ⁉︎」
『こちらだ』
不意に聞こえる横からの声。思わず停止、してしまう。
声で理解するべきだった。
声の主は、入り組んだ道を通って事前に先回りしていたトリックだった。
「あ……」
トリックはサブマシンガンを構える。この距離だ、無事では済まない。
「……って! まだやられるわけには!」
脚部のミサイルを数発発射する。
狙いはトリックではなく、足元のアスファルト。
着弾時の爆風を利用し、クイーンビー・NEXTの巨体は後方へ大きく退避する。トリックは無傷にしろダメージを受けたにしろ、爆発の際の爆煙、そして衝撃によって飛び散ったアスファルトの礫という2つの障害によってしばらくは動けない。
「惨めね……私がたった1機を相手に逃げ回ってるなんて」
これは戸田の直感だが、あの男に単騎で挑めば多分負ける。
攻勢に出る余裕もなく、やられる。
だから逃げる。戦略的撤退などカッコつけた誤魔化しをする気はないが、ただで逃げるわけではない。
「傷裏! 梨々香ちゃん! 現在位置示せる何かある⁉︎」
『あ、戸田さん! 大きい時計塔が見えますか? そこです!』
「時計塔……あった! 了解よ、梨々香ちゃん! そこで合流よ!」
通信を傍受されないよう注意をしつつ、黒崎と連絡を取った。これは同時に他のメンバーにも聞こえるようになっているから、これでなんとかなるはずだ。
「シミュレーションだからってね、遊びのつもりじゃないのよ!」
会話の内容の良し悪しは別として、戸田は赤井に倒すと宣言した。それを果たせずに負けるつもりはない。
改めて心に決めた、まさにその時。
足元が爆砕した。
「ぁぁあっ!」
クイーンビー・NEXTの体が宙を舞う。高層ビルよりも舞い上がり、重力の命令に従い落下する。
右足が大破していた。動けないことはないが、それを行えば他の部位にも被害が及ぶ。そう理解した。
それを再確認させるように警報ブザーが鳴り響き、目の前に出現したモニターが各部の損傷を伝え、機体の至る所から悲鳴に似た異音が発せられる。
何が起きた?
先ほど戸田が行使したミサイル爆風による緊急回避と似てないわけではないが、当然こんなタイミングでやるほどバカではない。
ヒントはある。ついさっきクイーンビー・NEXTが踏んだ直後に爆発した一点、爆発が起きたからそこだけが異様に黒く焦げているのは必然だがもう1つ、妙に大きな金属の破片がいくつも散らばっていた。戸田の記憶では、通る前にそんな物はなかった。
そうなると、だ。
理解する。
「地雷……それも不可視のステルス加工を施して……」
それに気づくと同時、恐ろしい発想が脳裏を駆け巡る。
「まさかあいつ……最初からこれを狙って……私がここを通ると予測して……」
地雷、しかもステルス加工により目に見えない代物。そんなもの設置し、万が一自分が被害に合わないとも限らない。地雷がいくつ設置されてあるかは不明だが、バーバリアンに担がせられる量なんて高が知れている。
加えて、戸田や傷裏が狙い通りのポイントを通るとは限らない。これは戸田の勘だが、兵藤は聡明でリアリストだ。こんな可能性の低いことはしないと読んだ。
そうなれば、戸田はここまでおびき寄せられたと考えるのが妥当だろう。
なんと恐ろしいことだろう。本当の意味で、兵藤の手のひらの上で踊らされていたのだ。
『驚いた、まさかここまで生き延びるとは』
うつ伏せで倒れるクイーンビー・NEXTの背に、硬い鉄の塊が乗せられる。トリックの足だとすぐに理解した。
『俺はな、運を信じない。いや……恐怖している。運とは可能性を広げるが、それは悪い場合も広げる。だから俺は、絶対しか信じない。負の可能性を潰す』
それは赤井の言っていた交通事故が原因だろう。まさに運が全てを決したのだ。恐怖を抱いても仕方ない。
だから、これほどのリアリストになったのだろう。
『だから言うのだが……』
ガチャっという音がする。背部のサブカメラで確認すると、サブマシンガンが向けられていた。
『君の行動は、全て誤差の範囲内だ』
戸田恵実、脱落。




