episode44・AIと不随
「初めまして、国防特務課及びBP機関所属の皆さん、歓迎しますよ」
ブレイン社に到着した傷裏一行をその男は柔和な笑みで迎えた。
特徴としては袖を通さずに肩にかけた薄汚れた白衣、華奢な体、黒縁のメガネ、ボサボサの髪。身の回りを気にしている様子はあまり感じられず、同時に気の強い感じも見られなかった。
「私はブレイン社の技術開発部主任、赤井信吾です」
赤井は全員に握手を求めて、皆は特に気にすることなく応じた。
傷裏とは最後に握手を交したのだが、その時だけ、赤井の目が鋭く光った気がした。
「君、いい素材の雰囲気を持っていますね」
意味はわからなかったが、その言葉に謎の危機感を抱いた。
傷裏から離れると、赤井は先程と同じ柔和な表情に戻り、一同を案内する。
歩きながら、傷裏は赤井に気になっていたことを聞いた。
「赤井さん、あなたは一体どんなトンデモアイテムを作ったのですか?」
「……仕事の詳細は言ってないはずですけどねぇ」
「わざわざ国防軍上層部に代替人員を要求するほどのテストということは、既に社員とのテストはやり尽くし、それでもなおデータが欲しい代物。そこまでデータを取りたがるほどの製品となると、ただの演算ソフトではないのでしょう?」
「勘が鋭いですね。君みたいな社員がいればわざわざこんなので手間をかけずに済んだのですが」
頃合いですかね、と一言呟く。
「今回あなた方にご足労をかけたのは他でもない、私が開発した演算ソフト直結型思考操縦システムのテストの対戦相手になってもらいたいのです」
演算ソフト直結型思考操縦システム。
このシステムは人間の脳と演算ソフトを一体化させ、人間の肉体ではなく演算ソフトを媒体としてバーバリアンを操縦するためのシステムらしい。
これによって何ができるのかというと、パイロットはバーバリアンの脳となる。さらに言えば、パイロットはバーバリアンを自身の手足のように扱うことが可能となるらしい。
パイロット=バーバリアン。この式が文字通りシステムの全てを物語っている。
「もちろん障害はありました。人間がバーバリアンになるということは、視覚や聴覚などの感覚が通常の何十、いや、何百倍にも増幅します。そんな急激な変化、常人が耐えられるはずがありません」
例えばだ。とある人間がある日蟻と同じサイズになったとしよう。そうなると世界は通常より大きく見えるだろう。いつもなら悠々と越えられる道が果てしないマラソンと化す。
するとどうなるか? 今までの感覚が根底から覆されるのだ。違和感程度では収まらない。感覚と現実の結果に齟齬が生まれ、精神が通常以上に磨耗する。
「それを調整することが1番の苦労でした。結果的、人間がバーバリアンになるという現象はそのまま、パイロットの感覚的には肉体を有した状態でコックピットに鎮座しているのと同じになるようにしたのです」
ややこしい話だが、要は頭の中で思い描いた駆動をバーバリアンにさせられる、ということだ。
「でもさ」
戸田が疑問を挟む。
「そんなまどろっこしいことをしてまでその思考操縦システムを使う意味ってあるの? 確かにその方法ならいっぱいあってややこしい操縦機器を使わずに済むかもだけどさ、精神崩壊の危険性を伴ってまでやることじゃないでしょ?」
「理解が早くて助かります。私がこれを用いたい最大の理由は、物理的に操縦ができない人を操縦できるようにするためなのです」
「物理的?」
「まぁ、そこについては後ほど。あ、着きましたよ」
長い廊下を歩いて数分、一行はあるスライドドアの前に来た。赤井がドア横の認証システムで網膜認証、指紋認証、声紋認証という多くのロックを解除すると、ドアが開く。
室内は広いホールのようになっていた。複雑怪奇な電子機器が所狭しと並んでおり、コックピットを模したシミュレーション機がいくつもあった。
ホールの中心。男が椅子に座って待機していた。屈強な体、鬼を連想させる恐ろしい顔、ピシッと着こなした黒いスーツ。外見上の所見印象では、赤井と真逆の立ち位置にあった。
男の元に近づいて、傷裏はある勘違いをしていたことに気づく。
男は椅子に座っていたのではない。椅子には大型の2輪が備えつけられている。つまりは車椅子だ。
赤井は小さく咳をして、男の横に立つ。
「紹介します。彼は兵藤映司。ブレイン社の元テストパイロット職員です」
「よろしく頼む」
兵藤が手を差し出し、皆は背を屈めて握手する。分厚い手だと、皆が思った。
雰囲気としては鬼、または戦士。どちらにしろ強い、怖いというイメージで固められた。
「すまないな。なにぶん足が不自由なゆえ、君たちにはご足労をかけた」
怖そうな顔とは裏腹に、兵藤は優しい口調で傷裏たちの身辺を気遣ってくれた。一同の恐怖は徐々に取り除かれる。
皆の心境の変化を理解したか、赤井は微笑して話し出す。
「兵藤さんは、数年前は国防軍にも引けを取らないほどの強いパイロットでした。しかし、不運にも飲酒運転による追突事故に遭ったせいで下半身不随となり、やむなく退職したのです」
「おい赤井、そんな不幸自慢みたいに言わないでくれ。俺は運がなかった、ただそれだけなんだ。君たちも心配しなくていい」
今、皆は理解した。赤井が言っていた「物理的に操縦できない人」というのは、兵藤のような身体の不自由な人を指していたのだということを。
バーバリアンは高度な操縦技術を必要とする。そのため、身体のどこか1つにでも支障をきたせば操縦は困難を極める。両足となればなおさらだ。
だが、思考操縦システムがあればその問題も解決する。
バーバリアンという狭い空間に限定されるが、兵藤は自由を手にするのだ。
「皆さん、大体察していると思いますが、今から兵藤さんとそちらのシミュレーション機でデータを取らせて頂きます」
「わかりました。では最初は……」
「4人全員、いっぺんでお願いします」
神野の言葉を、赤井の思いがけない言葉が遮る。
つまりは、4対1。
「へぇ……結構ぶっ飛んだ話持ち出してくるじゃないの。私たち4人を同時に相手どって、それでも余裕ってわけ?」
「ちょっ、戸田さん。そんな言い方……」
「傷裏はキレないの? こんな喧嘩吹っかけるみたいな言い方されて」
「大変失礼なのですが」
再度、赤井は言葉を遮る。
微笑を保ったまま、優しげに。
それでいて、第一印象のイメージからは想像できないような誇らしさを有して。
「私の開発した思考操縦システム、操縦者である兵藤さん、そして私と彼の2人で考案した彼のための機体。この3つが揃った状態で、あなた方に勝ち目はありません。……話によると皆さんは優秀なパイロットだそうですが、それでも兵藤さんには勝てません」
明確な宣戦布告だった。
そのはずなのだが、不思議と敵意は感じられなかった。
感じたのは、自信に近い感情。台詞から察するに、自身の作り出したシステムに対する絶対的な安心感と言うべきか。予想以上に自己への自信があるようだ。
「……面白いじゃない」
面倒なことに、この自信に満ち溢れたゆえの悪意なき挑発に戸田が乗っかってしまった。
「いいわ、やってやろうじゃないの。徹底的に叩き潰す。それで敗北のデータを記録にぶち込んでやるのよ」
「……確かに敗北から学ぶことはあると聞きますが、私の場合は例外です。私の作品に不完全は許されない。……あなた方に、私の作品がいかに凄まじいか教えてあげます」
こうして、戦いの火蓋は切って落とされた。




