episode38・仲介人
最初に思ったことは、動けないということだった。
少なくともうつ伏せに倒れている。何かで拘束されている。目隠しをされているため摂取できる情報が少ない。
「あぁ、目を覚ましましたか」
声をかけられた。透き通った若い声。拘束された男はその主を知っていた。
「なぜ俺を殺さなかった?」
拘束された男……基崎は少年に尋ねる。例の紅い機体に乗っていた少年だ。
「あなたにはまだ聞かなければならないことがある。それを話してもらうまでは殺しません」
少年が聞きたいことは大方想像がつく。
それより、基崎は自身の状況を聞く。
「ここはどこだ?」
「国防軍東京基地内特A級犯罪者収容所、って言えばわかると思いますが」
「特A級……あぁ、テロリスト規模の奴らを入れるあれか。名前ぐらいなら」
「その中にある治療室です。ビートルから連れ出したあなたは全身8箇所を骨折する怪我をしてましたから」
「誰のせいだ」
「僕のせいですね。まぁ、自業自得です」
そこで気づいた。少年は戦闘時と比べると口調が違う。後半は仲間を撃たれた怒りによるものだろう。
問題はその前だ。紅い機体の運動性能(おそらく脚力を重点的に)が飛躍的に上昇した直前辺り。あれ以降の動きは別人と言ってもいいほどの変貌ぶりだった。
「一応言っておきますが、あなたが死刑に処されることは延期……というか未定になりました」
「何?」
「あなたは自身に複数回のチューナーを掛けました。それにより、その体は貴重なサンプル資料となりました」
「……えげつないことをするな」
「人間ですから」
不満も不快も混じらない言葉を淡々と告げる。
それが当然なのだろう。結局、基崎のやっていたことは子供の見る夢のようなものだったのだ。
机上の空論とは言わないが、叶わない憧れだったのだ。
回想。
ヤマタが結成されてある程度の歳月が経った日のこと。基崎はある国直属の施設を2人のメンバーを引き連れて襲撃した。
その施設はかの道具、チューナーを所持、研究を繰り返していた。
問題は研究の経過だ。それは道徳的とは言えず、行き場を失った子供……要は孤児を引き取り、モルモットとしていた。
それゆえ、ヤマタはその施設を潰そうとしていた。純粋に、子供たちを救い出そうとしていたのだ。
最初はうまくいっていた。生身で施設に侵入し、根源であるチューナーを強奪した頃だった。
外部から基崎や朝倉の侵入をサポートしていた阿津也から異常な情報が舞い込んできた。
施設の情報をヤマタに奪われることを恐れた政府により。
施設のある街ごと焼き払われた。
そこまで大きな街ではなかったが、それでも数万という人々が暮らしていた街だ。
それが一瞬にして、紅蓮に染まった。
施設付近に自身の機体を準備していた基崎と朝倉はなんとか街から逃げ出すことができたが、施設や政府の闇を暴くための資料は焼失した。
それがきっかけだった。
基崎の心に底なしの絶望を植え付けるには十分過ぎた。
本当に、十分過ぎたのだ。
人間そのものに絶望した。
極端と思うだろうが、そうでもしないと基崎は自我を保つことができなかった。
基崎はチューナーを回収してしまった。
聡明ゆえに、気づいてしまった。
人間の罪を、消す方法を。
どうせ自分は無期懲役という名目のモルモットとなる。意志を継ぐ仲間もいない。ならば計画を続行することは不可能。
ならば語ることに躊躇はない。いつも基崎の言う演出どうこうとは無関係。自らの持つ情報を渡し、彼らなりの方法で人間を幸福に導いてほしい。
「さて、何から聞きたい?」
「では外堀の疑問からいきましょう。ヤマタの構成員は8人、そしてあの時は3人しかいなかった。だとしたら、あの無数の吹雪や陸奥は誰が操縦を?」
「それは君が言う外堀の内側の議題だ。後で教えるから先に進もう」
ふざけている気はないのだが、基崎はどうにもこう話に時間をかける節がある。故意ではない。昔から阿津也に「面倒だ」と言われていたことを思い出す。
「なら次です。テラーは今どこにあるんですか?」
「それもまた核心の話だ。先に進め」
「……では1つだけ」
少年は核心を問う。
「9人目は誰ですか?」
それはまさしく核心だった。
「……なぜわかった?」
「最初に疑問を感じたのは、群馬基地で上宇治兄弟と遭遇した時です」
傷裏含め国防軍は基地を手当たり次第に潰していた。傷裏たちが来るジャストタイミングで彼らが待ち構えていたのは、どうも都合がよすぎる。
「あの時の防衛設備の展開の形は、侵入者が現れるのを想定していたようでした」
「……それで?」
「あれはおそらく、軍に内通者がいて、ヤマタに情報を提供していたためだと思うんです」
「それだと、それ以前の5件の襲撃に対策を施していない理由にはならない」
「その5件には、僕がいなかった」
それが理由。
自意識過剰、思い込みではない。
「僕は思うんです。その9人目というのは仲介人と名乗っていたのではないかと」
「…………」
「以前、僕は学校の行事で黒崎グループ本社に赴きました。その時、仲介人に唆された3流ゴロツキによって本社は占拠されました。後で話を聞いたところによると、彼らは『僕たち生徒を殺せ』と言われていたそうです」
基崎の口は動かない。
それは肯定である。
「そして僕が初めてヤマタと接触したスネークバイト作戦。あの日、あなた方は仲介人から『BP機関所属のテストパイロットを殺せ』と言われていたんでしょう?」
「……あぁ」
「この3つの作戦、全て対象に僕が入っているんです。理由は知りませんが、仲介人……または演出家の標的は僕ということになりますね」
加えてだ。
「あなたは戦闘時、仲介人のことを『あいつ』と言っていました。これは完全に推測でしかないのですが、あの言葉にはどうも親しみのようなものを感じました」
「……確かに、その感情はまだ捨てていなかったな」
「……八岐大蛇の伝説によると、八岐大蛇の尾の中には1本の刀があったそうです。『ヤマタの集い』が八岐大蛇の伝説を体現しているのなら、9人目はこの刀に相当するのでしょう」
少年の推論は終わった。
聞き終え、基崎は小さく笑った。これだけの微量の情報のみで核心に辿り着いた少年に敬意を表したのだ。
「……正直、俺は君が怖い。君のその洞察力、分析力が怖いよ」
「…………」
「いや、心配するな。別に君に真相を語らないと言ったわけではない。ちゃんと教えるさ。ちょっと耳を貸せ」
少年の耳元で、小さい声で教えた。
驚愕の真実というものを。
「……さて、全ての情報は聞き出した。あとはどうやって9人目をあぶり出すかだけど……」
基崎の事情聴取を終えた傷裏は、収容所の廊下を歩いていた。
世の中は本当に狭いらしい。まさかこれほど身近だったとは……。
長い廊下を歩く内、傷裏はあるドアの前でふと立ち止まる。
傷裏が聞くところによるとこのドアは地下に通じているらしいのだが、入れるのは収容所の最高責任者である東郷以外は立ち入りできないらしい。
慎重に、ドアノブに手をかける。
「お、傷裏君。間に合ってよかった」
直前、背後から声をかけられた。
「……どうかしましたか、東郷大佐」
「いや何、君の事情聴取はしっかりと監視カメラ越しに見させてもらった。実にいい情報が取れた。ありがとう」
「……どういたしまして」
「それで、最後に基崎が述べていたことの詳細を聞きたいのだが」
基崎を拘束していたあの治療室は一種の尋問室の役割も果たしており、隣の部屋からマジックミラー越しで様子を見ることができるし、音声も設置されたマイクを通して聞くこともできる。
しかし、当然ながら拾える音には限りがあり、囁く程度の声では拾えきれないのだ。
「……その件ですが、まだお教えすることはできません」
「……それはなぜかね?」
「9人目をおびき寄せるため、できるだけ情報を撒くのは避けたいんです。いつどこで情報が漏れるかわからないので」
「……確かに、な」
東郷がチラッと視線を向けた先には監視カメラと内蔵された小型マイク。今の会話程度なら間違いなく記録していることだろう。
「勝算はあるのかね?」
「……いえ。基崎の戯言として流されれば終わりなので、確証を得なければ」
「……そうか」
一言そう呟き、東郷は踵を返して道の奥へ引き返して行く。
「そういえば、大佐」
「……なんだね?」
呼び止めた傷裏に、東郷は背を向けたまま答える。
「少し脱線した話なのですが、大佐は昔、学問の道を志していたというのは本当ですか?」
「あぁ。人間の遺伝子について研究していた時期もあった。ある程度勉学にも勤しんだし、若い頃は大学の研究所に入り浸りの研究肌だったよ」
「それがなぜ……軍人の道に?」
「……別の目的ができたから。それだけだよ」
その言葉を区切りとし、東郷は再び足を進めた。
去って行く背中を見ながら、傷裏は携帯を取り出した。
その日の夜のことだ。彼女は1人、夜道を歩いていた。
騒がしい繁華街を抜け、混み合う人々の波をすり抜ける。
やがて辿り着いたのは、テロリストなどの凶悪犯罪者を拘束する収容所。
施設に入り、長い廊下で歩を進める。
歩きながら、彼女は自身の持つアタッシュケースを見た。どうにも物騒な品ゆえ、丁重に扱わねば。
ある一室の前で、彼女は歩を止める。ドアに掛けられた札には『治療室』と書かれている。
慎重に、音をたてないようにドアを開け、同様に閉める。
対象はそこで拘束されていた。対象が横たわるベッドと一体化させるように、数本の革ベルトでぐるぐる巻きにされていた。
対象は寝ていた。静かに寝息をたてている様は、まさに普通の人間と大差ない。
彼女は対象の服の裾を捲り、腕を露出させる。
そこでようやくアタッシュケースを開く。中には注射針やそれを差し込むポンプ、そして気色悪い緑色の液体で充満された瓶があった。
「…………」
慣れた手つきで部品を繋ぎ合わせ、液体を注入する。
対象の腕に優しく手を添え、注射針を……。
「そこまでだ」
背後から声をかけられ、彼女の動きが止まった。
注射針を手元の小さいテーブルの上に置き、振り返る。




