episode37・終結
「……市原さん」
『どうした、傷裏?』
市原に音声通信をかける。無数の渦巻くを抑え、声を震わせながら。
「街の敵はどれぐらい残ってますか?」
『心配はいらない。BP機関が総出で駆逐した。こちらでは2機分の機影を確認しているが、それはお前と黒崎だろ? お疲れ様だ』
「……いえ、黒崎機は大破。残っているのは僕と、敵のボスです」
『っ⁉︎ ……マジか……』
「だから、今から送る座標に今すぐ救護班を出してください」
『……了解した。先に言っておくが、今送られてきたその座標に向かうのは最低でも10分はかかる』
「問題ないです」
傷裏は首を左右に鳴らし、宣言する。
「それまでに、片をつける」
ハルファスが駆け出す。
地を踏みしめ、跳躍。
空中で身を捻りながらビートルの目の前に着地、鋭いハイキックをその頭に叩き込む。
ビートルが吹き飛び、空中を滑空している間にハルファスが地を蹴り高速滑空、すぐに追いつき、真上からドロップキック。
『……おいおい』
距離をとりながら姿勢を正すビートルは、ブレードをフェンシングのように構える。
対してハルファスは四つん這いの獣のような姿勢をとる。
装甲を取っ払った今、あのブレードを受ける手段はレーザーリフレクトのみ。しかし、あれは消費する粒子量が多大なため推奨できない。
なら、あれに触れずに蹴りを叩き込む。それが唯一で最大の攻撃手段であり、勝利条件。
駆ける。
瞬時。
足元を2本のレーザーが駆け抜けた。
跳躍により回避、そして視線をレーザーの光源に向ける。
その外観を例えると、カブトムシのようだった。6本の節足、外骨格、角を持つ鋼鉄で2匹のそれは、空中を飛んでいた。
さらに加えると、傷裏はそれに見覚えがあった。正確には、それの元々の姿を。
「あの色、それにデザインは……ビートルの盾か」
これで全て合点がいった。彼はあの外骨格型装甲を重荷だからパージしたのではない。分離し、自立兵器に変形させたのだ。あれがあればスパイダーのアンカーをビルに設置することもできる。
そして。
カブトムシの角の先端からレーザーが照射、傷裏を狙った。
それを回避し、跳躍、ビルの屋上に着地する。
「そいつなら……黒崎さんに不意打ちもできるわけか!」
再度跳躍、カブトムシの上に乗る。
ガション。
鈍い音が響き、カブトムシの胴体が抉り抜かれる。パイルバンカー……その名をユニコーンだ。
鉄杭を脚部に収納、空中で残骸と化したカブトムシを地表に蹴り捨て、新たなビルに着地する。
「潰れろ!」
もう1機に鉄杭をぶつけ、破壊する。
墜落していくカブトムシを傍目に見ながら、着地。
寸瞬後には駆け出していた。
ハルファスが距離を詰めた時。
既にビートルのブレードは振りかぶられていた。
回避し、蹴りを入れるが回避。
回避、回避、回避、回避、回避、回避、回避、回避、回避、回避、回避、回避。
ただただ相手を葬らんと、打ち消さんと、潰さんとする攻撃の応酬。
「あんたにだって、人間の可能性を信じていた時があったはずだ!」
『あぁ、あったよ。俺も昔は人間を信じていた。だから阿津也の誘いにも乗った。ヤマタの結成にも協力した』
ハルファスの右足が振るわれる。
ビートルのブレードが両断せんと迫る。
『だが途中で気づいた。仮にヤマタが政府の転覆に成功したとしても、次に人を統べるのは所詮は人間。罪を持つ人間だ』
ブレードの一閃。ハルファスの左腕が切り裂かれた。
対してハルファスは膝蹴り。ビートルのコックピットに衝撃を与える。
『だから俺は計画を進めた。お前が既に言ったように、チューナーは使用するのに面倒な時間がいる。ヤマタは俺の計画が完遂するまでの時間稼ぎのための傀儡と化した』
「なら、皆の死は無駄だったのか! ヤマタの、明日を夢見た皆の死は!」
上宇治阿津也は真剣に世の中のことを考え、『ヤマタの集い』を結成した。
しかし、死んだ。助かったはずの自分の命より、彼は同志への忠義を尊重した。
『無駄ではない。彼らの死は来るべき未来への架け橋となった』
「それはあんたの都合だ! 僕はヤマタの人たちがどんな思いで参加したのか、どんな信念を持っていたか知らない。でも、少なくとも!」
ブレードを回避、滑り込むように懐に侵入する。
「あんたほど、人間を嫌ってはいなかったはずだ!」
右腕で2発のボディブロー、動きが鈍ったところに膝蹴りを加える。
それだけでは終わらない。後方に飛ばされるはずだったビートルの真上に、既に右足が配置されていた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
容赦ない踵落としがビートルのコックピットを捉えた。
地に倒れたビートルの動きが止まる。不意打ちを考えたが、一向に動く気配を見せない。
「やっと……終わった、か」
傷裏は撃破ではなく戦闘不能を狙った。機体もそうだが、主要の目的はパイロットの戦闘不能だ。
そのため、傷裏は執拗にコックピットへの打撃を繰り返した。より詳細を述べると、打撃によりコックピットに衝撃を伝達させた。
それにより生じるのは脳震盪。脳へ与えられる強い衝撃は意識を喪失させる。
「……っ! 黒崎さん!」
急いで陽炎の元へ向かう。先ほどの声の弱り具合から考え、軽傷のはずがない。
あの自立式カブトムシの攻撃、偶然ながらコックピットの下を通り抜けていたらしく、幸いなことに無傷だった。
が、落下した際の衝撃、そしてコックピットの下ということは。
(Cユニットが跡形もなく破壊された……。放置していると誘爆の危険がっ)
着くや否や、傷裏はハルファスから飛び降りて陽炎の上半身のコックピット横にある数字の書かれたコンソールを操作、ロックを解除する。これで外部から開けることができる。
コックピット口にあるハンドル式レバーに手をかける。
「っぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
凄まじい痛みが襲った。シャッターには多量の熱が篭っており、触れただけで火傷しそうな熱さだった。
「でも、まだぁ……」
ハルファスのコックピットから携帯用の冷水を取り出して手にかける。これで痛みが引くわけではないが、メンタル的な補完だ。
再度コックピットに触れる。異常な痛みが腕を伝って駆け巡るが、それでも手を離さない。
「死なせない……」
力を入れ、固いハンドルを回す。新型であるはずなのだがキシキシと耳障りな音が鳴る。
「死なせるものか……」
彼女との思い出は少ない。
なぜそこまで彼女に拘るのか。
傷裏の仲間意識の感情が偏っているから。それもあるかのしれない。
それだけではない。
これは理屈で説明できない何か。
傷裏は何か、彼女に惹かれるものを感じていた。
彼女を失いたくない。
彼女との思い出が少ないなら、今から増やせばいい。
「死なせるものかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
力強く、ハンドルを回し切る。
ガチャンという音。
痛みを思考の隅へ追いやり、シャッターを開く。
「黒崎さん!」
コックピット内は凄惨だった。Cユニットが破壊されたせいか精密機器の数々は誘爆を起こして破損、一帯を紅く染める多量の血液が深刻さを物語っていた。
そんな空間の、周囲より一段と血液を吸い込んでいるソファに、黒崎は横たわっていた。
口には紅い吐瀉物の跡、落下の際に打ったのか右腕は奇怪な方向に折れ曲がり、右目は機器の破片が突き刺さり潰れていた。
「黒崎さん! しっかりして、黒崎さん!」
意識が朦朧としている黒崎の肩に手を回し、なんとかコックピットから脱出、機体から離れる。
直後に陽炎が爆発、黒煙を上げながら炎上する。
「死んじゃだめダメだよ、黒崎さん。すぐに救助が来るからね」
「……う…………ん、あ……りがと、う……傷裏……君」
その言葉を最後に、黒崎は意識を失った。
それと同時に、ローターの音と共に遠くの空から救急ヘリが向かってくるのが見えた。
ようやっと、街の不穏は去った。




