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episode36・計画

「黒崎さん!」


 陽炎の体が溶断され、上半身が地上に落下する。


「あ、あぁ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」


 バーバリアンの胴体が焼かれた。

 それはつまり、胴体にあるコックピットが焼かれたということ……。

 傷裏の顔が絶望に染まる。思考は正常に働くことを忘れ、ただひたすら、否定する。レーザーの光源がどこかなど、そんなことを考える余裕はない。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 発狂した。

 怒り狂った。

 崩壊した。

 自分に今できることを求め、叫び、もがいた。


「殺す! 僕が殺す! 殺す殺す殺す殺すぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

『そう、それだ』


感情を爆発させる傷裏に対し、基崎は平坦に言う。


『それが憤怒だ。他人のために怒ることができるというのは美徳かもしれんが、俺は違うと思う。怒るというのはそれだけで罪だ。どんな善人であろうとも、どんな悪人を責めることはできない。それは傲慢だ』


 だから、善人など存在しない。

 善が悪を責める限り、善人は存在しない。

 それゆえに、悪を生み出す因子、感情を消す。


『傲慢がなければ、怠惰がなければ、嫉妬がなければ、暴食がなければ、色欲がなければ、強欲がなければ、憤怒がなければ……』


 人は間違いを犯さない。


「でもっ! あんたはっ! 人を殺してる! 散々迷惑をかけている! それで完璧な人間を名乗れるのか!」

『お前、話を聞けよ。俺にはまだ怠惰と強欲がある。少なくとも、これがあるとまだ俺は完璧じゃない』

「あんたが完璧になれば世の中全て思い通りにいくと思っているのか! 例えあんた1人がそうなっても、世界の中心があんたにすり替わることはないんだ!」

『俺1人だと、誰が言った?』


 言葉が止まった。

 傷裏の怒りは治まることを知らない。しかし、言葉は止まった。

 恐怖にとって、止められた。


『俺の目的は、人類を浄化すること。全ての人間から、感情を消す』

「そんなこと……どうやって! 全人類にいちいちチューナーをかけるのか! あれは1つの電気信号を流すだけで多大な時間がかかる! だからあんたは未だ多くの感情を消せていない、違うか!」

『その通りだ。そのために、俺はあの人にテラーを請求した』


 久々に、その名を聞いた。

 某バイオ研究所で作られた、あらゆる障害を透過して人体を壊死させる細菌兵器。


『テラーは放出されれば否応なく人体に吸収される。それを利用する。テラーから毒素を排出、代わりにナノマシンを埋め込む。体内に侵入したテラーは脳まで到達するとナノマシンから電気信号を発信する。これは俺の感情パターンをそのままコピーした物だ。対象の感情パターンは俺と同質、つまり過剰な感情を持つことはなくなる。確実に感情を消すことができる』


 テロ……それ以上のとてつもない計画を、基崎はやはり淡々と語った。

 悪意などない。もはや善意もない。

 彼のことをロボットのようだと表現したが、それはやはり正しかった。

 彼はロボットだ。目的を完遂するためだけに動くロボットだ。


『きっと最初は問題や混乱が生じるだろうが、それは時間が解決してくれる。理由は単純だ。混乱するという感情すら、消えてなくなるのだから』

「でもそれは! そんな存在を! 人間と呼べるのか! 感情のないそれを! あなたは人間と言うことができますか!」

『できる』


 やはりと言うべきか、基崎の返答は即答だった。


『そもそも、生物は何を目的として生きる? より多く、自身の子孫を残すことだろ。だがしかし、人間はそれを行うに不必要なものを多く持ち過ぎだ』


 不要なものを排除する。

 それが悪だと?


「悪だ! あんたがやっているのは、人間の未来を奪う最低の行為だ!」

『その人間の可能性を信じた結果、どれほどの人間が絶望したと思う?』


 例えば原子力発電。あれが注視されていた時代では有力な発電手段であったが、事故などによって放射能を周囲に撒き散らす危険性を持つ。

 それを承知で作られた。都市部に影響がない地方に。


『もう十分語っただろ。殺すぞ』


 基崎が語っている間、傷裏はもがき続けた。しかし、スパイダーのワイヤーは緩む気配を見せない。


「くそっ! くそっ! 動け、動けよ!」


 駆動系をどう動かしても、この拘束から逃れることはできない。

 ……ジ、ジィ…………。

 小さなノイズが鳴った。

 ハルファスの不具合ではない。

 これは……音声通信が繋がった音だ。


『…………ら、く……ん』


 発信源はすぐそこ。

 陽炎からだ。


『傷裏……君』

「戸田さん! 大丈夫⁉︎ しっかりして!」


 声はかすれ、今にも消え失せそうな弱いものだった。

 それでも、なんとか、声は生まれる。


『焦らない、で、傷裏……君。あなたは……勝てる、から……』


 小さく笑う黒崎。

 しかし直後、黒崎の声がむせた。おそらく吐血だ。


「黒崎さん!」

『……私と、最初に、戦った時……あなたは、どうやって……勝っ、た……?』


 それを最後に、陽炎からの通信は途切れた。


「う、う……」


 絶望。

 傷裏の思考を埋め尽くすのはその単一感情のみ。

 それをなんとか押し払い、冷静な思考を手にする。

 思い出す。黒崎と初めて戦ったあの日……シミュレーション戦闘を行ったあの日、傷裏はどんな戦法で黒崎を負かしたか。


「……あぁ、そうか。そうだったね」


 天を仰ぐように、傷裏は上を見つめる。

 見えるのは、画面越しの空。今の惨状とは正反対に、雲ひとつない爽やかな空を、光り輝く太陽を見つめる。

 目尻に溜め込んだ涙を乾かしてくれと懇願するように。

 視線を正面に移す。ブレードを構えたビートルが1歩ずつ進んでくる。



「僕は!」


 ビートルがブレードを振り上げた時、行動を起こした。

 コンソールのエンターをダブルクリック。

 それにより。

 ハルファスを包む紅蓮の装甲が、一斉に弾け飛んだ。



 これは相当前に述べたことだが、バーバリアンという兵器は大きく分類して3つのパーツで構成されている。

 脳や目を司るヘッドユニット。

 筋肉を司るフレーム。

 鎧を司る装甲。

 たった今傷裏がやったことは文字通り、ハルファスの装甲をパージしたのだ。

 1つ残らず。

 残ったのは黒い人型。全身には幾重にも折り重なった筋が入り、さながら人体模型に描かれた筋肉のようだ。

 顔を覆う装甲もパージしたが、ヘッドユニットなる頭部は残る。

 2つの目が、正面を見据える。


 回想。

 傷裏と黒崎がシミュレーションで戦ったあの時。

 黒崎の駆る吹雪がライフルを構えながら接近してきた時。

 傷裏の駆る陸奥は、装甲をパージしたのだ。

 ただし、あの状態で全ての装甲をパージすると装甲に備わったブースターをも失ってしまうゆえ、ブースターのついた装甲……脚部や背部は残した。

 不意の装甲パージに虚をつかれた黒崎の動きは鈍り、その間に陸奥が懐まで侵入、0距離でスナイパーキャノンを撃って勝利したというわけだ。

 回想終了。


 至近距離で装甲パージを受けたビートルはその物理攻撃を直に食らい、衝撃で後方へ吹き飛んだ。

 攻撃の主であるハルファスは、装甲をパージしたことによりワイヤーから解放され、自由を得る。

 陸奥の時は機動性を確保するためにブースターを残したが、今はそれすらも不要。

 ケルベロスシステム。

 これによって、必要最低限のエネルギーを供給していたブースターはなくなり、余剰分のエネルギーは脚部の筋力に上乗せされる。

 さらに装甲という重荷を捨てたことで、ハルファスはさらに圧倒的な機動性を得ることとなった。


「さぁ……これでチェックだ」

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