episode35・大罪
『あぁ……それは俺の仲間だ』
時は再び現在に戻る。
黒崎は朝倉との一件を傷裏(本当は『タイガ』であるが黒崎は知らない)に報告すると、基崎は一言そう述べた。
『朝倉士郎。「ヤマタの集い」の構成員にして御三家の1人。あいつは……よくわからないやつだった。ヤマタ結成時に戦力確保として阿津也がどこかからスカウトしてきたやつだが、あいつには信念がなかったな。好める性格では、なかったな』
やつの機体名はスタッグ。俺が直々にチューニングを加えた超スピード重視機体。少なくとも、俺はあんな暴れ馬の手綱は握りたくないな。
そう告げた。
意味のない、無駄な事実を、基崎は懇切丁寧に教えてくれた。
『あいつ……嫌いだわ。戦う理由がないとか、ふざけているとしか思えない。だから殺した。肉片1つ残さず燃やし尽くした』
『あぁ……そうか。まぁ、あいつに目をつけられたお前が悪い。責任者として覚悟は……しないぞ。面倒だからな』
苛立ちをぶつける黒崎に、基崎は淡々と告げる。当然、悪びれもなく。
『俺はあいつを苦手としていたが、あいつの心情を否定する気はないな。信念ではない、心情だ』
『理由もないのに戦うことが?』
『理由がないからこそ、戦うんだろう』
『……どういうことよ』
『そのままの意味だ。戦う理由がないから、戦う理由を求めながら戦うというのも1つの理由ではないか?』
『……理解できないわね』
『する必要はどこにもない。心配はいらんよ』
『えぇ、そうね。だから手早く死ね!』
SHININGを発砲、レーザーが人間の認識を超えた速度で照射される。
標的はビートル。レーザーはそのまま駆け抜け……。
ビートルが居合い切りの要領でブレードを構え、振り抜いた。
結果、レーザーは真っ二つに両断され、霧散した。
『俺は阿津也の光断を見てきた。教えを乞う時間は十分にあった。面倒だったがな』
それより、と基崎は話を整理する。
『4つ足のパイロット、お前も知りたくはないのか? ヤマタの真意を』
『……正直に話すわけ?』
『話す。今はそういう演出が映えるタイミングだろうからな』
『演出?』
『いや、気にするな。こっちの話だ』
基崎は任意でビートルのブレードの展開を解除し、残った柄を腰に差す。交戦の意思がない表れだろう。
『お前たちは、人間の可能性というものを信じるか?』
基崎の第一声はそれだった。
『俺は信じない。人間は考えることができる唯一の生物というが、実は逆だ。人間は考える力を得てしまったゆえ、堕ちるに堕ちた生物なのだ』
「どういう……ことですか?」
今、傷裏龍の体の主導権を握っているのは『タイガ』ではなく龍。『タイガ』は戦闘時以外では表に出ない。
もっとも、いつでも戦闘を行えるように心得てはいるが。
『言葉通りだ。人間の感情というものは害悪でしかない。感情があるから絶望し、感情があるから疑い、感情があるから裏切る』
「でも、感情があるから人は喜びを知ることができるし、幸せを感じること、人のことを思いやることができます」
『それも一理ある。だが、本当の意味で正しい人間とは世の中にどれほどいる?』
そんなもの、存在しない。
絶対に人を裏切らず、絶対に人を信じ、絶対に正しい意思を持ち、絶対に正しい行動を行える存在。
『そんなもの、いるはずがない』
だから基崎は。
『感情を捨てた。綺麗さっぱり』
「それは、あくまで考えようによって、じゃないんですか。あなたの心のどこかには、普段は表に出ない感情が、確かに存在す……」
『ない』
傷裏が言い終えるより早く、基崎はその意見を否定した。
『言っただろ、俺は感情を「物理的に」捨てたんだ。手法は様々だから省略するが、今現在、俺は人間が持つほとんどの感情を有していない』
「感情を……捨てる? そんなの……」
そんなもの、普通の人間の思考ではない。
『やはり7つの大罪が最も不要だと俺は考えた。大罪という名を冠するほどだからな、人間にとって有益とは思えない』
基崎は嫉妬を知らない。誰かを疎ましく、妬むことがない。
基崎は色欲を知らない。異性に対して性的な欲求を抱くことはない。
基崎は傲慢を知らない。意地になったり人を見下すことはない。
基崎は暴食を知らない。必要以上に食欲を持つことはない。
基崎は憤怒を知らない。何かに対して無用な敵意や逆恨みを抱くことはない。
『嫉妬、色欲、傲慢、暴食、憤怒は捨てた。あとの2つ……怠惰と強欲はまだ残っている。2つしかないせいで、この2つは余計に自己主張する。だから常に俺は、倦怠感と物欲に支配されている。本末転倒というやつだ』
強欲を持たなければ目標を叶えるという意欲が喪失するから必要なのだが、と小さくつけ加える。
怠惰気味に。
『俺の最終目的は、不要なものを最大限排除した完璧な人間になることだ』
そのため、不要な感情は捨てた。
削いでいく。
選別していく。
修正していく。
『憎悪を捨てた、絶望を捨てた、悲哀を捨てた、懐疑心を捨てた、軽蔑心を捨てた、同情心を捨てた、好奇心を捨てた、優越感を捨てた、劣等感を捨てた』
そして。
『優しさを、捨てた』
優しさは、時に人を狂わせる。
基崎の言葉に覚悟や信念、それ以前に感情は感じられなかった。当然だ。そんなもの、既に捨てられているのだから。
『次に捨てるのは怠惰だ。強欲を捨ててしまったら、俺は目標を叶えるという意欲を失ってしまうからな』
「そのことは……戸田さんと関係あるんですか?」
『あぁ。あいつは俺にとって最大の脅威を持っている。というより、持たせてしまった』
「鍵?」
『知っているんだろ? 俺たちが彼女を仲間に引き込む際に何を使ったか』
「……チューナーか」
『正解だ』
脳に電気信号を送ることで記憶の改ざんを行う機能を持つ魔の道具、チューナー。
「なるほど……。チューナーの応用か」
『その通りだ。感情という現象そのものが発生するには、やはり脳が働く。なら、その脳に細工をすればいい。記憶改ざんの場合とは別の電気信号を送ることで、俺は感情を捨てた』
普通に考えればありえない話だ。特殊な電気信号によって脳に細工をするなど、非現実的だ。
だが、信ずにはいられなかった。
基崎の言葉は最初から最後まで、感情を感じることができなかったからだ。まるでロボットだ。
『戸田はな、俺の計画を知ってしまったんだよ。口封じに殺そうかと考えたが、ダメだった。あいつは必要だったからな』
「必要?」
根本的な議題であるが、そもそも『ヤマタの集い』……というより基崎はどうして、記憶改ざんを行ってでも戸田を引き込もうとしたのだろうか?
戦力として? いや違う。確かに戸田は優秀な操縦技術を有しているが、それだけでわざわざ引き込むことはないだろう。
ならば戸田の持つ家の力か? これも違う。戸田はごく普通両親の元に生まれたごく一般の人間だ。特殊なルートがあるとは思えない。
ならば……。
「……待てよ? 操縦……技術?」
小声で呟きながら思考を回すうち、傷裏はある推測が生じた。
記憶を遡る。
思い出したのはスパイダーのパイロット、浪原大樹の情報。彼は元は雑誌記者だった。普通の雑誌記者だ。
ならばだ。
なぜ、浪原は『バーバリアンを操縦できた』のか?
以前、戸田に聞いたことがある。「戸田さんはヤマタの人たちに操縦技術を教える仕事をしていたのか」と。
それに対しての戸田の返答は、「ヤマタの構成員は皆、ある程度の操縦技術を持っていた」と。
「確信……したよ」
『……何がだ?』
「あなた……」
この時ばかりは、傷裏は焦っていた。そして祈った。自身が辿り着いたこの推測が外れてほしいと。
「戸田さんの記憶を、メンバーにトレースしましたね?」
チューナーの持つ機能は、なにも記憶を改ざんするだけではない。
別の機能として、接続した人物の記憶をコピー、別媒体に上書きすることもできる。
今回の例で語ると、戸田の持つ操縦技術の記憶を『ヤマタの集い』メンバーに移転することで、本来扱えないはずのバーバリアンを操縦可能にした。
ここだけを聞けば、チューナーはなんと便利な物だと思うだろうが、そうではない。
「チューナーは万能の神器ではない。記憶をコピーされた被験者には、多大な副作用がある」
『副……作用?』
怯えた声で聞き返す黒崎に小さく頷く。
チューナーの副作用。それは……。
「あれは……被験者の体を蝕む毒素を排出するんだ」
それはゆっくりと、当事者に違和感をも感じさせずに進行する。
ここ最近の戸田に起きている頭痛がその前兆だ。今思えば、あれはチューナーによる副作用だったのだ。
「基崎さん、あなたは仲間を求めていたが、有能な人材はそう多くはいなかった。せいぜい御三家と謳われている3人がせいぜいでしょう。その時、あなたは反乱活動に賛同する人間を適当に集め、チューナーによって操縦技術を矯正することを思いついた」
本来は基崎本人の記憶を使えば手っ取り早いが、それだと基崎はチューナーの毒素に汚染されてしまう。
「だから探したんでしょう。操縦技術が高く、少人数で動く部隊を」
そこで白羽の矢が立ってしまったのが戸田というわけだ。
「あなたは戸田さんという格好の餌を手元に置いておきたかった。だから殺せなかった。だから離脱した時、自ら赴いてまで探した」
それでも見つからなかった。
だから、最終手段に出た。
計画が暴かれることを恐れ、今回の作戦に打って出た。片っ端から消し去るローラー作戦だ。
『……今の君の言葉には矛盾がある。俺は彼女の記憶を改ざんしたんだ。今更世に放たれても、俺の計画が流出することはないはずだ』
「僕はさっき言ったはずです。『チューナーは万能の神器ではない』と。チューナーは改ざん時と同質の電気信号を流すことで、記憶の復元が可能です」
『…………』
無言。
それは肯定と同義だろう。
『少々……語り過ぎたか』
その言葉がスイッチだった。
シュン。
そんな音が2度。
なんの音か?
レーザーが照射される時だ。
陽炎か? 違う。あれの音はこの程度ではない。
ならば何か。
いや、実際は既に理解している。ただそれを受け入れていないだけだ。
述べよう。
陽炎の胴体を、2本のレーザーが貫いた。




