episode33・斬
場所は変わり『タイガ』の戦場。
ハルファスは地表を滑走しながら、ビルを遮蔽物にしながら基崎の機体……ビートルに対しグリフォンを連射し、ビートルは回避と外骨格型装甲によりダメージを無効化する。
『まったく……面倒はかけさせるなよ。余計な仕事を増やすなよ』
ビートルはゆっくりとした速度で背面飛行、ハルファスから距離を取りつつビルの上に着地する。
『武士道精神とか、騎士道精神とかってあるだろ? 俺、あぁいうのまったく理解できないんだよ。敵に塩を送ったり、万全の状態じゃないとライバルを倒さないっていう……な』
まったりとした口調で、基崎は語り出した。楽しそうにではなく、仕方なく話してやろう、という感じでだが。
『だから俺は、お前を疲労させることにした。 行け、お前ら』
ビートルが片手を振り上げる。
それを合図に、今まで上空で待機していた吹雪が一斉に突撃してきた。
即座にグリフォンを構え、針の穴に糸を通す精密射撃によって射出された弾丸は寸分の狂いなくCユニットの排熱口を再起不能にした。
「まず1機……」
目視できる限りでは、敵機の数はおよそ16。黒崎には遠くの敵機群の処理を頼んでいたため、その分のツケが丸ごときたという感じだろうか。
「……アレを使うか」
グリフォンを腰に仕舞い、手元のコンソールを操作、KERBEROSと入力する。
「ケルベロスシステム、制限解除」
直後、ハルファスの姿に変化が生じる。具体的には、ハルファスの右足の膝からつま先にかけて、細長く銀色で半円状の物質が生成された。
ハルファスは上空の吹雪を見据えながら、身を低くし、両手足を地につけて構える。
その仕草を例えるなら……そう。
獣。
跳んだ。
『飛ぶ』ではなく『跳ぶ』である。ブースターなどの推進機器を使わず、機体の足……脚力のみで、ハルファスは跳んだ。
砲弾のように加速するハルファスの延長線上にいるのは、地上から見据えていた1機の吹雪。
瞬時に吹雪の懐へ飛び込み、右足を振るう。
斬。
吹雪の体が、上下に切断された。
「2……」
計算された自由落下を行うハルファスは手近なビルの屋上に着地、一刻の無駄もなく再度跳躍、1機の吹雪に対し右足を振るう。
斬。
「3……」
自由落下中に実弾射撃を受けるが、最低限のブースターを吹かせて紙一重で回避、着地、跳躍。
斬。
「4……」
斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬、斬。
「5……6……7……8……9……10……11……12……13……」
13機目を両断した時、不意の衝撃が襲った。2機の吹雪がハルファスに密着、動きを拘束していた。
さらに、前方から1機の吹雪がハルファスに向かって急速に接近してくる。減速やカーブを行うようには見えない。
「特攻……」
焦りはない。確実に対応する。
機体を小さく揺すり、拘束を剥がした。
「……っ」
それだけでは解決しなかった。拘束していた片方の吹雪が吹き飛ばされ、そのままハルファスの右足に接触、切断された。
その時だ。斬られた吹雪の細かなパーツがバラバラに弾け、その中のいくらかがハルファスの右足の関節部に侵入、動作不良を引き起こした。これでは右足は動かない。加え、拘束を解いた時のこの体勢ではライフルまで手が届かない。
微弱なブースター点火でホバリングしたまま、ハルファスは振るう。
何を?
左足を。
左足から生成された、銀色で細長い半円状の物質を。
斬。
突っ込んできた吹雪はハルファスに触れることは叶わなず、斬り裂かれた。
「15……」
そのまま身を捻り、背後にいた吹雪に対し右足を振るう。
斬。
「16……」
両足の物質が消失し、地に両手足をつけるように着地する。
16機のバーバリアン部隊が、たった1機のバーバリアンに殲滅された。
要した時間は3分にも満たなかった。
その素早さはまるで閃光。
その鮮やかさはまるで蝶。
その猛々しさは……やはり。
獣。
「……凄いな」
地に着地した『タイガ』は、その圧倒的な性能に思わず感嘆の意を漏らした。
それを賞賛と受け取った室井は画面越しで胸を張る。
『このハルファスのベース機である叢雲の持つ供給粒子操作システム……通称SPAシステムを傷裏君用に最適化したもの、それこそがケルベロスシステムだよ。全身にバランスよく供給するはずのB粒子を脚部に集中させ、粒子ブレードのキマイラを用いた足技を主兵装とする。本来なら全部マニュアルで行う必要がある粒子操作を戦闘バリエーションを減らす代わり1パターンに限定することで粒子管理をAIに委ねることができる。まさに傷裏君専用のシステムだよ』
「……なぜ解説口調。てか長い」
『1度やってみたかったんだよ、こういう解説』
「誰に向かって喋ってる……」
『多分この様子は観衆に見られることになるだろうから』
「メタいなおい……」
室井が恍惚とした表情で語る。さすがは変態技術者、残念美人とはこういった人間のことを言うのだろう。
ちなみに、室井は『タイガ』の存在に気づいていないようだ。傷裏龍が二重人格であると知らない以上、当然なのだが。
小さくため息をつき、『タイガ』はビートルに視線を移す。しかし……。
ビートルはいなかった。既に移動したのだ。
どこへ?
見た。
ハルファスとビルを1つ挟んだ向こう側、ガラス越しに見た。
角ライフルをこちらに向けるビートルを。
「ばっ⁉︎」
地を蹴り、今度は上空へ逃れず市街地を駆けるように回避する。
射線上から逃れた直後、ビルが円状に溶解、直後にレーザーが通過した。
2……いや、3発のレーザーが次いで照射される。
「くっ!」
右足からブレード……キマイラを展開、迫るレーザーに対して振るう。
それにより、レーザーは中央から真っ二つに切断、霧散した。
「……意外とできるもんだな」
上宇治阿津也の用いていた技法、光断。見よう見まねだが、それなりに様になっていた。
『面白い武器を、持っているな』
姿は遮蔽物によって見えないが、確実にどこかにいる基崎が語りかける。
『ブレード……それも粒子ブレードか。今のご時世、近接戦闘兵装を用いるとは、珍しいな』
粒子ブレードは、ベルリオーズ粒子を刃状に圧縮して標的を溶断する武器。粒子の結合密度が安定かつ高密度なため外部からの影響を受けにくい。
しかし、ブレード兵器は物理系、粒子系共にパイロットからあまり好まれない。より遠くから一方的に射撃することが重要視される戦争で、近接戦闘というものは非効率的とされるからである。
『加えて光断をこなすか。確かに粒子密度の高い粒子ブレードなら大抵のレーザーは対象範囲に含まれるだろうが、理論上のできると実際にできるとでは話が違うよな』
「……よく喋るな」
『前座だ』
「前座?」
『面倒だが、何事にも整ったステージがいるんだよ。色々語った上で倒さないと、映えないだろう?』
「悪いが……舞台を演じてるつもりはない!」
ハルファスが真上に跳躍、遥か上空からビートルを視認する。両腕の外骨格型装甲がなくなっていたが、機動性を確保するためだろう。
ケルベロスシステムによってブースターにエネルギーが回らないため急加速ができず、微調整を繰り返しながら着地地点を探る。
ビートルもこちらを視認、角ライフルをハルファスに向けたと同時に照射する。
「2度目は……」
キマイラを振るい、レーザーを霧散……。
「クソがっ!」
レーザーはキマイラに接触、霧散せずに屈折に留まった。
光断が失敗したわけではない。『タイガ』は確実に、寸分の狂いなくレーザーの中央を捉えていた。
それを無視して失敗した理由となると……。
「レーザーの粒子密度が変化した? あのライフル……状況に応じて密度を再設定できるのか⁉︎」
ゆえにレーザーは霧散せず、屈折した。光断を行使できる粒子密度を超えていたのだ。
「でも……これで!」
光断は失敗したが、その失敗を利用する。
レーザーは光と熱の集合体と言えど、その根本はベルリオーズ粒子。それは、少なからず質量があることを示す。
そのごく微量の質量を細い壁……もしくはポールに見たて、壁を蹴るように、ビートルを見据え、加速した。
ビートルがライフルを再度照射する余裕など与えない。
距離を詰める。
「終わりだ!」
足を地につける時間すら惜しい。即刻キマイラを振るう。
しかし。
「ガァァ⁉︎」
衝撃。
気づいた時には、ハルファスは後方へ吹き飛ばされていた。
なんとか地に足をつけ、アスファルトを抉りながら減速、体勢を制御した。
「一体何が……っ⁉︎」
衝撃の正体を見た『タイガ』は驚き、小さく舌打ちをした。
「珍しいとか言いながら……てめぇだって人のこと言えねぇじゃねぇかよ」
ビートルの左手に持つのは角ライフル。
右手に持つのは機体色と同色の細いグリップのような物。その先端から伸びる、細長い光る物質。
粒子ブレードだった。
『この演出なら、映えるだろ?』
剣と銃を両手に持つその姿は、中世の剣士を思わせる凛々しさがあった。




