episode32・恐怖
ガトリングを斉射、回避地点を予測してSHININGを照射する。
『おせぇ!』
レーザーはクワガタ機にかすりもしない。回避され、レーザーライフルによる反撃を紙一重で避ける。
いつもの黒崎ならこの程度、容易ではないが苦戦することもない相手のはずなのだが、疲弊している今ではかなりの難敵だ。
『どうしたぁ!しっかり獲物をやり遂げろぉ!』
クワガタ機の恐るべき性能はその機動性。銃口を向けたその時にはすでに移動を完了している。
全方位からレーザーが、時間差で迫る。
敵機が複数機いるようだが違う。これらを全てあのクワガタ機が単独で行っている。それを可能とする機動性を有しているのだ、あの機体は。
『ダメだろぉ? 獲物は獲物らしく、もっと図太く、醜く、惨めに生きろよぉ! 言われた仕事はきっちり……きっちりこなせよなぁ?』
「あぁもう……あんたうっさい!」
ただでさえ精神磨耗のせいで正常な思考が働かないのに、朝倉の口調に対しての苛立ちがさらに思考を妨害する。
レーザーを連射するが、ろくに照準の定まっていない攻撃は全て回避される。
「なら……これで!」
SHININGの砲身内の8連銃身の角度を調整、8本の銃身をそれぞれ外側に向ける。
それにより、レーザーは極太の直線上ではなく極細の拡散状に照射された。
(これなら!)
しかし、それすらもクワガタ機は回避した。器用に体をズラし、針を縫うような精密駆動だ。
加え、かわしながら2丁ライフルによるレーザー照射。油断していた黒崎はこれを回避することができず、残った2門のガトリングも破壊された。
「くっ……でもまだ!」
陽炎に搭載された最後の武装、背部の大型コンテナが展開される。
中には大量の実弾ライフルやガトリング、それにオートリロード式ショットガンにバズーカが敷き詰められていた。さらにそれら1つ1つに接続されたアームがある。
サブマシンガン6丁、ガトリング2門、ショットガン4丁、バズーカ2丁の計14の火器が……正確にはアームが同時に稼動、全ての銃口がクワガタ機に向けられる。
「死になさい!」
一斉射撃。
これこそまさに怒涛の攻めというものだろう。その光景を例えるなら豪雨、その威力を例えるなら嵐。
今度こそクワガタ機を捉え、数多の弾丸がその体を突き抜けた。
「……嘘、でしょ……?」
クワガタ機の体に無数の穴が空いた。
それはまるで『雲を突き抜ける』ように。
クワガタ機は幻影……蜃気楼のように体を歪ませ、消失した。
分解も爆発も断末魔もない、無音の消失。
それは、あのクワガタ機が本物ではないことを示していた。
「え、何? 残像⁉︎」
『ご名答ぉ』
「っ⁉︎」
不意の敵意は後ろから。
コンテナウェポンが一斉に急速反転、弾丸を撒き散らす。
機体後頭部にあるサブカメラでその様子を見た黒崎は絶句した。
クワガタ機は弾丸が当たる直前、幻影を残し、中央に巨大な穴を穿って消失したのだ。それはまるで瞬間移動のように。
今度ばかりは、思考を放棄しかけた。
「ヤバイ…………ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!」
あれはなんだ? 未知の新兵器か? それとも超能力の類のそれか?
頭痛や意識の低迷、吐き気といった症状が黒崎を襲う。
「あ、あ、ぁぁ……」
恐怖。
知らないという恐怖。
絶望。
勝てないという絶望。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
感情のままに、全ての火器を闇雲に斉射する。照準など定まっていない。ただ無意味に、無鉄砲に。
『どうしたぁ? 当たってないぞぉ? ただの畜生に成り下がるかぁ? その程度で……俺の前に立つなよぉ!』
クワガタ機はライフルを背に仕舞い、腰のホルスターからハンドガンを突き出す。どこかの国内企業が作ったセカンドという名で攻撃性に欠けて微弱な衝撃のみを与える。警視庁などに支給されるタイプだ。
『殺さねぇ。殺さねぇから……もっと俺を楽しませろよ! ギャハハハハハハハハハハハハハハ!』
甲高い奇声に似た笑い声を発しながら、ハンドガンの引き金を連続で引く。
ダメージは大したことない。しかし、永遠に続くかのような衝撃の連鎖は、黒崎の精神を余計に削いでいく。
始めは回避運動を行っていた黒崎だったが、やがて糸が切れたように、陽炎の動きは止まった。
「……嫌、嫌だよ。怖い、怖い、こわ……」
黒崎の脳内を占めるのはあの日……深雪の空中分解事件の記憶。
『機体各部に異常発生! 粒子供給ライン、次々と断裂していきます!』
『機体熱量なおも上昇! オーバーヒート、止まりません!』
『機体制御不能! 今すぐ脱出してください!』
そう、あの時、あの時だ。
黒崎は爆発の直前に脱出することで一命を取り留めることができた。
だがそれ以降、本物のバーバリアンに乗ることができなくなった。
また、あんな怖い思いは嫌だと。
死にたくないと。
「……あれ? 死にたく……ない?」
そうだ。これは矛盾だ。
死にたくないのなら、今この場で思考を放棄するのはおかしい。1秒後に自分が殺されてもおかしくないのだから。
生きるとは、戦うこと。
死にたくないのなら、トラウマを乗り越えなければならない。
トラウマから逃げて死ぬか、トラウマを乗り越えて生き残るか。
結論は、すでに見えている。
「もうちょっと……頑張ろう、かな」
小さく、ゆっくりと呼吸を整える。
弾丸の雨を食らいながら、冷静に周囲の機器を操作する。武装いくらかを失ったゆえ、バランサーを調整する必要があった。
黒崎を完全に舐めている今なら、不意打ちの1発なら当てられるはずだ。その1発でケリをつける。残像移動などさせない。
『おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい! どうしたどうしたどうしたどうしたどうしたどうしたどうしたどうしたどうした! かかってこいよぉ!』
朝倉はなおも挑発的に奇声を発し続けている。今なら……今なら……。
「……………………っ!」
狙うべき一瞬に精神を集中し、SHININGを照射した。腕を肩まで上げず、腰の高さまで上げて。
完全なる不意打ち。
疾駆する光の束はクワガタ機のコックピットへ向かう。その時間は、黒崎にとってスローモーションに感じた。
結果。
レーザーはクワガタ機を抉り抜けた。
幻影と化したクワガタ機を。
「チッ」
足を止めない。思考を止めない。勝利を求めて模索する。
『いいじゃねぇかぁ! そうだ、その調子だ! 戦え、戦えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!』
「もうマジで黙って!」
吐き捨て、上空にいたクワガタ機の2丁レーザーを回避する。
回避しながら、幻影の正体を探る。少なくともあれは、自然現象的に生じるものではない。鋼鉄の人型兵器の駆動性能は、そのような化学現象を起こせるほどの能力を有していない。
「アレの動きは確かに速いけど……それが理由じゃないよね……」
コンテナウェポンでけん制射撃を続けながら市街地を走り抜ける。ビルを遮蔽物にして、少しでも距離を取る。
数々の遮蔽物を無駄のない駆動で避けながら迫るクワガタ機が目の前に現れ、放たれたレーザーは陽炎の足元に着弾、地表を炸裂させた。
爆風で吹き飛びながらも、黒崎はなんとか体勢を制御、着地に成功する。
「うぅ…………ん?」
着地地点で偶然、陽炎の足元にある小さなトレーラーに気づいた。トレーラーの上部にはパラボラアンテナがある。アンテナの頂点には球状の装置が。
なぜそこに目をつけたのかと言えば、市街地を駆け抜けていた間に似たようなものを複数目撃していたからであり、黒崎がよく目にしていたものだったからだ。
「これって…………あ」
理解した。黒崎は理解した。
わかってしまえばあっけなく、思わず口元が緩む。今までの不安や恐怖が嘘のように消え去る。
「なぁるほどねぇ……。なんか、拍子抜けねぇ」
これで自信はついた。
理解もした。
ならあとは、行動するだけ。
「さ、反撃開始しよっかな」




