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episode31・ハルファス

 紅い機体はまっすぐこちらに近づいてくる。

 ただし、何十機もの陸奥を後ろに従えて。街に侵入する際に振り切れなかったようだ。

 紅い機体の動きはどこか不安にさせるものがあり、フラフラとした運転だった。


「……ん? 運転?」


 それはつまり、あの機体に誰かが乗っているということだろう。それは想定外だ。傷裏は「射出して」と言った。その言葉には「無人飛行で」という暗黙の了解を含んでいたのだが……まぁいいだろう。

 傷裏は左手でコンソールを操作し、右手で手元のレバーを引く。

 するとJ型の背部装甲がスライド、中から人が1人入れる程度の正方形の物体が射出された。脱出ポッドだ。

 正方形の四隅にはブースターが埋め込まれており、傷裏はそれに乗ってJ型から離脱する。

 それと同時にJ型を遠隔操作、今まで静観していたカブト型に向けて一直線に飛ばす。

 当然、カブト型は回避するがそれで数秒の時間を稼ぐことができれば。


「黒崎さん! あのカブト型を引きつけておいて!」

『わかった!』


 陽炎はカブト型にガトリングを浴びせながら突撃していく。

 その間に傷裏は紅い機体へと向かう。

 黒崎グループ製吹雪シリーズ5番機、叢雲。それを室井が改造した機体だ。

 不慣れな動きながらも紅い機体は脱出ポッドを両手で覆い、コックピットの前まで運ぶ。

 コックピットのシャッターが開き、傷裏はその機体に乗り込む。

 意外だったのは、コックピットには人が1人もいなかったことだ。

 その代わり、コックピット内のモニターによく知る人物が映っていた。


『やぁ、傷裏君』

「室井さん、これは……遠隔操作ですか?」

『あぁ。どうにも遠隔操作だと難しいな。さっきからフラフラだ』

「まぁ中に乗ってなくて安心しましたよ」


 コックピットに搭乗、室井の指示に従って動作チェックを行う。


「システムチェック、粒子供給率平常値、各部稼動状態確認完了……」

『機体操作権限をコックピットに譲渡』

「了解」


 傷裏が要請した機体。

 傷裏のための機体。

 傷裏の余りある力を最大限有効活用する機体。


「叢雲……名を改めハルファス、飛翔!」


 ハルファスが飛び出す。

 背中に備えた銃身の長い実弾ライフル……グリフォンを構え、陽炎と交戦中のカブト型を狙撃する。

 不意打ちだったためか、カブト型は回避ではなく外骨格型装甲による防御を選択、それによりカブト型の動きが鈍った。


「ハァッ!」


 その隙に空中から、カブト型の背中にドロップキックを叩き込み、カブト型はビルに背を預ける形で叩きつけられる。


「黒崎さん、こいつは僕がやる。だから黒崎さんは周りの陸奥と吹雪の駆除を」

『でも傷裏君、そいつ強いよ!』

「大丈夫、僕に任せて。黒崎さんは街を守って」

『……わかった、死なないで』

「うん」


 陽炎が戦域を離れ、敵機群へと向かって行く。

 傷裏は起き上がれるはずにも関わらずビルを背に倒れているカブト型を見据える。


「……さて」


 音声通信を開き、グリフォンを構える。

 冷徹に、無感情に。


「今全てを話してもらえれば、特別に死罪は裁判まで引き延ばせますよ、基崎翔太郎さん?」

『…………わかっていたのか』

「えぇ。戸田恵実から全て聞いているので」

『……そうだったな』


 カブト型のパイロット……基崎は嘆息する。間違いない、例の路地裏で戦った男の声と同質だ。

 基崎もまた、目の前にいる人物が路地裏で戦った少年だと気づいているようで、どこか親近感をもてる優しく、しかし倦怠感に満ち溢れた口調で語りかける。


『戸田恵実……か。随分と他人行儀な呼び方だな』

「当然です。彼女は情報を引き出すためだけの駒であり、それ以上の価値はないですから。僕が子どもだかって、慈愛に満ちた人間ではないんですよ」

『だから情報を吐かせた上で、殺した?』

「えぇ」

『ご冗談を、だ』


 基崎は断言した。

 それは嘘だ、と。

 傷裏は平静を装い、慎重に言葉を選ぶ。


「……どういう意味ですか?」

『言葉の通りだ。戸田恵実は死んでいない。むしろ逆、懐柔しているんじゃないのか?』

「なぜ……そう思うのですか?」

『先に言っておくが、別に俺はお前の言葉から矛盾点を見出したわけではないぞ。単純な作業をしただけだ』

「作業?」

『街の監視カメラをいくつか洗い、君と戸田が一緒に歩いている姿を度々見た。それだけだ』

「あぁ……だから戸田さんがあの街にいるとわかっていたのか」


 唐突に映像通信が開かれた。基崎の姿を見た時、傷裏はしばし言葉を失った。

 以前雑誌で基崎の特集を見た際は男性アイドルを思わせる美的で整った容姿だったが、対して今は、髪は無雑作に伸びて痛んでおり、顎には無精髭、目は生気を失っているようだった。


「……見る影もないですね」

『あぁ……この外見のことか。……これは進歩の代償だ』

「進歩?」

『まぁ、語る気はないがな。面倒だし。しかしまぁ、生きていたのならちょうどいい。お前を捕らえるとするよ』

「捕らえて戸田さんの居場所を吐かせるということですか」

『説明を省いてくれて助かる。というわけでだ、面倒だから早いとこ降伏してくれないか?』

「随分と自信満々ですね。そんな台詞、勝ってから言ってください!」


 ハルファスが駆け出し、再度ドロップキックを見舞わせるが回避される。

 角型ライフルのレーザーとグリフォンの実弾の応酬。互いが一定の距離をキープし、背中を見せない一進一退の攻防。

 傷裏は距離を離し、ハルファスの図体が隠れるサイズのビルに身を隠す。

 空になったマガジンを落とし、腰に備えられた新たなマガジンを装填しながら考察する。


(さて……彼らが戸田さんを狙っているのは確かな事実となったわけだけど……どうにも腑に落ちないな)


 傷裏には気になっていたことがあった。

 その謎が解決されない限り、基崎の話は辻褄が合わない。


(彼らの目的が戸田さんだとすると、なぜ街を焼き払うなんて手段を選んだ?)


 これでは、戸田を回収することはできない。当然ながら、戸田はあの虐殺行為に巻き込まれて死ぬという事象に帰結するからだ。

 となると、この前提自体が間違いである。そうなれば、答えは1つだろう。


(彼らの目的は戸田さんの抹殺か)


 詳細はまだわからないが、戸田は彼らにとって邪魔な存在であり、それを消すために行動していると考えるのが妥当な線であろう。

 存在するだけで邪魔な存在。それがデータか物品かは定かではないが、素直に応じていいものではなさそうだ。


(……『タイガ』、今は君に任せるよ)

『あ? どうした急に。怖いぞ?』

(戸田さんの生命が懸かっているんだ。僕の私的な感情がどうこうなんて言っていられない。だから頼む)

『……わぁったよ。ちょっと力抜きやがれ』


 相棒の返事を得た傷裏は、小さく深呼吸をすると共に頭を軽くげんこつで叩く。

 それを合図に交代。『タイガ』が表に出現する。


「……うし、行くぞ!」


 自分自身に、そして内側へ向かった相棒に言うように、『タイガ』は前へ出る。



 同時刻、黒崎が駆る陽炎の姿は閃光のような怒涛の勢いを見せていた。

 4門のガトリングはそれぞれ別方向に銃口を向け、過ぎ去る嵐のように無数の銃弾を吐いていた。

 銃弾は上空を闊歩する吹雪や地上を蹂躙する陸奥の体を抉り、貫き、爆発させていく。


「チッ、次から次へとキリがない!」


 陽炎に飛行能力はほとんど備わっておらず、機動範囲は前後左右に限定されていると言っても過言ではない。ガトリングは対空性能を有しているが、どうあがいても限界がある。


「真上から撃つなっての! ガトリングはそこまで可動しないのよ!」


 右腕の8連装レーザーキャノン……SHININGを真上に向け、砲身内部に仕込まれた8本の銃身のうち1本分だけを照射、レーザーは吹雪を撃破する。


「つーかこれ……さっきから数増えてるんですけど」


 傷裏は何か理解していたようだが、黒崎は敵が何者なのかを知らない。これはテロ行為か、クーデターか、何もわからない。敵が一体どれほどの戦力を有しているか、わからないのだ。

 生まれるのは恐怖。底知れぬ恐怖だ。

 黒崎は今現在、操縦できているといっても完治したわけではない。これは一種のやせ我慢であり、平たく言えば無理をしている。

 恩人を助けるという起爆剤によってなんとか操縦はできているが、絶対的に反応が鈍っている。


「もう……うじゃうじゃとしつこい!」


 180度旋回、後方から密集して迫ってくる陸奥をSHININGでなぎ払う。

 黒崎の精神は、もはや限界ギリギリまで磨耗していた。

 そのため、迂闊だった。

 背後から狙ってくる、普段なら余裕でかわせるはずの攻撃への対応が遅れた。

 なんとか直撃を回避したが、右肩部のガトリング2門を溶解された。


「な、何⁉︎」


 レーザーの光源である背後へ視線を移す。

 それを一言で表現すれば、クワガタというのが妥当だった。ベースは睦月、カラーは深緑。頭部にはクワガタのような2本の顎、背中には昆虫独特の薄く長い翅、両手にはクワガタの片方の顎を模したロングライフルを持つ。


『見つけた、ぜぇ』


 クワガタ機のパイロットが言った。

 その声は殺意で構成されていた。

 その声は濁り腐っていた。

 その声は聞くだけで心が侵されるようだった。


『見つけた……てめぇなら俺の獲物に見合う成果を出してくれるだろうなぁ』


 その声に聞き覚えがあった。かつて日本を震撼させた凶悪殺人鬼、朝倉史郎。3年前に捕まり、その半年後に脱獄したと聞いていたが……。


「あなた、朝倉史郎ね。まさか現代のジャック・ザ・リッパーと言われるあなたにこんなところで会うなんてね」

『ほぉ、俺を知るか。面白い、殺す』


 それを宣戦布告とし、クワガタ機が突っ込む。

 カブトとクワガタ。

 2機の死神と、2人は対峙する。

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